第175回芥川賞受賞 小砂川チト『ゾンビ回収婦』ってどんな話? VR世界でひたすらゾンビを回収していく女の哲学とは【書評】

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このほど発表された第175回芥川賞に選ばれた小砂川(こさがわ)チトさんの『ゾンビ回収婦』(講談社)。著者の小砂川さんは、これまでも『家庭用安心坑夫』(2022年)と『猿の戴冠式』(2023年)で芥川賞候補に選ばれてきた注目の作家だ。今回、受賞時のインタビューで「かっこよさと、かわいらしさを含んだ、純文学としては人なつっこい作品になればいいなと思って今まで書いてきた。これからもそんな作品を書いていきたい」と答えたが、AIやVRなど極めて今日的な世界で次第に露わになる「心の根っこにある原初的感情/承認欲求」を時にグロテスクに描く本作は、「人なつっこい」というより「人そのもの」のように生々しく時に痛々しい。
実はこれはVR空間での主人公のふるまいだ。現実のわたしは人工知能(AI)の進化する社会で夫婦同時に失業。「もう好きなことで生きればいいんだ」と早速旅に出てしまった夫に驚きつつ、わたし自身は仕事を失ったら自分に何も残っていないことに呆然とする。そこに天啓のように現れたのが、夫が自室に残していったVRヘッドセットだった。おそるおそる装着すると、いきなり乗っていたヘリコプターが墜落し「口唇期ホテル」に辿り着くわたし。最初こそVRゲームのリアルな実感に「客観的」に驚いていたが、ゾンビと遭遇したショックからVR空間の感覚が主体的な感覚と一体化し、最終的に辿り着いたのがNPC(ノン・プレーヤー・キャラクター)である「ゾンビ回収婦」としての自分だった。
三十余年「良い子」のまま大人になったわたしは、「余計なことを考えずにやること(仕事)がある状態」に心から幸せを感じ、これまでと変わらず懸命にひたむきに役割(ゾンビの回収)をこなしていく。感謝されず、褒められもしないのは当たり前――のつもりでいたが、本当は心の底の「認められたかった自分」を自覚して追い詰められていく。さらに終わりのない反復の中で呪文のように繰り返されてきた「圧」が次々に蘇り、心がのたうちまわる――。
するどくインサートされる様々な場面の意味にとまどう面はあるが、わたしの苦しみは現代人の多くが抱える心の叫びかもしれない。もしかすると彼女は、虚構の世界の中だからこそ、寝食を忘れる極限状態だからこそ、「剥き出し」になれたのだろうか? だが、一体この先どうなってしまうのか。その先はぜひ、あなたの目で確かめてみてほしい。
文=荒井理恵
