まもなく「健康診断」はいらなくなるかも…!「目を見るだけ」で全身の病気リスクを予見、最先端予防医療「オキュロミクス」でわかること
毎年の健康診断。朝食を抜き、採血の注射針に顔をしかめながら、「結果は数週間後です」と言われて帰路につく。そんな当たり前だった光景が、近い将来、大きく変わるかもしれない。
「カメラを覗き込んで、ピカッと光るだけ」。たった1枚の目の奥(眼底)の写真を撮るだけで、あなたの現在の健康状態だけでなく、5年後、10年後の「脳卒中」や「心筋梗塞」、さらには「認知症」のリスクまでが、その場で判明するとしたらどうだろうか。
いま、AI(人工知能)の進化によって、未来の健康管理のあり方を大きく変える「オキュロミクス(Oculomics)」という新領域が大きな注目を集めている。この分野を牽引する大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学の川崎良教授に、そのメカニズムと将来性に関して解説してもらった。
目は「全身の健康状態」を映し出す透明な窓
「オキュロミクス」とは、「眼(オキュロ)」と「網羅的な解析(ミクス)」を掛け合わせた造語だ。端的に言えば、眼底の画像から、全身の病気のリスクを評価・予測する技術である。
だが、なぜ「目」を見るだけで「全身」のことがわかるのだろうか。
「眼の網膜は、カメラでいえばフィルムに当たりますが、透明なので血管や神経組織を外から目視できる『窓』になっています。そのため、眼の奥を覗くだけで、全身の神経や血管の状態がわかるというわけです」(川崎教授・以下「」内は同)
人間の体の中で、皮膚などを切開することなく、血管や神経を直接「生」で見ることができるのは、目だけなのである。そして、目の血管や神経は全身とつながっている。
「脳も心臓も腎臓も、全身に張り巡らされている血管は、目の血管と同じような状態になっていることがわかっています。写真に写る目の中の0.1〜0.2ミリほどの細い血管の状態を観察すれば、全身の同じくらいの太さの血管が今どうなっているのかがわかるのです」
では、具体的に体に異常がある場合、目の血管はどうなっているのだろうか?
「たとえば、目の動脈が細く硬くなっていれば、それは動脈硬化のサインです。全身の血管も同じように硬くなり、血の巡りが悪くなっていると考えられ、そのままでは血圧の変動に耐えきれずに出血したり、完全に詰まってしまったりする危険性があります。また、血液の帰り道である静脈が太くなっている場合は、糖尿病や肥満、喫煙などの影響が現れている証拠となります。つまり、目の血管の太さや細さ、出血の有無、血管の密度などをチェックするだけで、全身の血管のダメージや生活習慣病の進行度が手に取るようにわかるのです」
世界に先駆けて日本では取り入れられていた
実は「眼底から全身を診る」という発想自体は、最近になって突然生まれたものではない。
「元々その領域は、日本人がすごく得意だったんですよ。ドイツの医師が発見し、その後、米国の医師が体系化したアイデアではあるのですが、日本人はそれをいち早く健診、特に脳卒中の検診に50年以上前から取り入れていたんです」
1960年代から70年代にかけて、日本では脳卒中が死因のトップであり、血圧管理が国民的な課題だった。そこで白羽の矢が立ったのが眼底検査である。当時、公民館などで大々的に行われる集団健診に眼底カメラが導入され、脳卒中予防の強力な武器となった。
かつての名医たちは、眼底写真を見て、「動脈が細いから将来危ない」「血圧を下げましょう」と、職人技のような熟練の目でリスクを判定していたのだ。日本には、こうした「眼底から全身を診る」という予防医学の土壌が、世界に先駆けて蓄積されていたのである。
川崎教授自身がこの研究を始めるようになったきっかけは、眼科の臨床医としての葛藤にあった。
「最初は手術を究めたいと思って眼科医になったんです。でも、どんなに手術が上手になっても、病院に来てくれた段階で『もう手遅れです』という患者さんが結構いらっしゃった」
病気が悪化してからでは遅い。もっと上流に遡り、病気を未然に防ぐことはできないか。その強い思いから、川崎教授は「公衆衛生学」の世界へと足を踏み入れた。
そこで着目したのが、眼底写真の血管の太さや動脈と静脈の「交叉の具合」などから、病気のリスクを数値化する「オキュロメトリクス(眼の測定)」という研究だった。「オキュロミクス」という言葉が定着する前の2000年代初頭から2015年頃まで、川崎教授らはこの地道な研究を続けていた。
「たとえば動脈硬化が進んで血管が硬くなると、眼底の動脈が細くなったり、静脈をぐっと踏んづけているように見える『交叉現象』が起きたりします。こうした所見を人間の目で探しパソコンで測定していました」
当時は、画面上の血管をマウスでなぞって太さを測るというまさに細かな手作業だった。1枚の写真を判定するのに30分もかかり、アルバイトの力を借りながらの気の遠くなる作業だったという。
こうして「動脈が細いと脳卒中のリスクが高い」「静脈が太いと肥満や喫煙の影響がある」といった研究成果をひとつひとつ積み上げていった。しかし、診断にこれほどの手間と時間がかかるのでは、研究用としては良くても、日々の医療現場で実用化するのは難しく、社会への本格的な普及は長らく「お蔵入り」状態になっていた。
その状況を一変させたのが、AIの飛躍的な進歩だ。 これまでの「人間が目で見て探す」次元から、AIは画像を入力するだけで瞬時に、かつ人間以上の精度で全身の血管や神経の状態を解析できるようになった。
「写真1枚から、年齢、性別、BMI(肥満度)、血圧、タバコを吸っているかどうかまで予測できてしまうのです」
一般的な健康診断と同等レベル
では、その予測精度はどの程度なのだろうか?
現在、医療現場で使われている血液検査や血圧などのデータから将来の脳・心血管疾患リスクを予測するスコアの精度は「約0.72」だ。この数値は「将来病気になる人をどれくらい正確に当てられるか」を示す指標で、最高値の1に近いほど精度が高いことを意味している。そしてAIが眼底写真「だけ」を見て予測する精度は「0.70〜0.74」。すでに現在の一般的な健診レベルと同等の精度に達しているという。
このように、将来の心筋梗塞や脳卒中といった脳・心血管疾患のリスクが高い精度で予測できるようになっただけでなく、網膜の神経や血管の微細な変化を捉えることで、アルツハイマー病などの認知症、慢性腎臓病、さらには肝臓の代謝異常といった多岐にわたる病気のリスクまでもが予見できるようになってきている。
このオキュロミクスの領域に参入し、技術的なブレイクスルーをもたらしたのが、Googleなのだ。
後編記事『Googleが参入して革新的な進化…!「眼底検査×AI分析」で病気リスクを”超早期発見”できる時代がやってくる』へ続く。
【つづきを読む】Googleが参入して革新的な進化…!「眼底検査×AI分析」で病気リスクを”超早期発見”できる時代がやってくる
