メンタルの調子を崩す人はどんな家に住んでいるのか。宅建士資格を持つ産業医の森しほ氏は「メンタル不調で受診される方に生活環境を伺うと、リビングにある共通点が見つかることが少なくない。もし同じような家に住んでいる場合、知らないうちに心の負担が増えている可能性がある」という――。
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■メンタルと深いつながりのある「住まい」

ゆうメンタルクリニックの医師、森しほです。産業医として、働く方のメンタルヘルス相談に携わっています。また宅建士の資格も持っており、「住まい」の視点からも心の健康について考えてきました。

うつ症状や適応障害などでつらさを抱えている方のお話を聞いていると、「病気そのもの」だけではなく、「帰宅してから休めない環境」に苦しんでいる方が意外と多いことに気付きます。

家は、本来なら心を回復させる場所です。しかしそこで毎日小さなストレスが積み重なっていると、知らないうちに心の回復を邪魔してしまうことがあります。

もちろん、うつ病や適応障害などの疾患は、住まいだけが原因で起こるものではありません。仕事のストレス、人間関係、体調や睡眠、考え方の傾向など、さまざまな要因が重なって起こります。ただ、毎日過ごす住まいが、知らないうちに心の負担を増やしていることがあるのです。

■住まいから「自己否定の連鎖」が起こる

たとえば「片付けにくい家」「動きにくい家」「家事のたびに小さなストレスが積み重なる家」に住んでいないでしょうか。こうした家にお住まいだと、

「帰宅した瞬間に散らかった部屋を見て、もう何もしたくなくなる」
「家族に申し訳なくて、心が苦しくなる」

といった自己否定につながりやすくなります。

そして、この自己否定の積み重ねがあなたの気力を奪ってしまいます。「片付けられない」→「自分はだらしない人間だと思う」→落ち込む→ますます動けなくなる、という悪循環に陥ってしまうのです。

もともと強いストレスを抱えている方の場合、こうした日々の小さな負担が積み重なることで、気分の落ち込みや意欲低下につながります。最悪の場合には、うつ症状などのメンタル不調を引き起こしたり、悪化させたりする要因になる可能性もあります。

実際に、うつ症状があり「自分は何もできない人間になってしまった」と自分を責めていた方のお話を詳しく聞いていくと、本人の性格や努力不足ではなく、住環境が大きな負担になっていた、というケースがあります。

では、メンタル不調を引き起こしやすい住まいの特徴と、心が疲れている時でも少しラクに暮らすための工夫についてお話ししたいと思います。

■「心の負担を増やす住まい」の特徴

まず、意外と見落とされやすいのが「ゴミの少ない家」です。

写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

ゴミの数はそんなに重要なことなのか、と思われるかもしれません。しかし、毎回ゴミを捨てるために家の特定の場所まで歩いたり、ゴミをいったんどこに置いておくか考えたりするだけでも、少しずつ心に負担が積み重なります。

「ゴミはゴミへ」と言われても、ゴミまでの5歩を歩くことすらつらい時期があります。元気な人には小さなことでも、疲れている脳にはその小さなことが大きな手間となって積み重なります。加えて、ゴミを後で捨てようと思うと、机や床に物がたまって部屋が散らかります。すると、散らかった部屋を見て余計に気力がなくなり、さらに片付けられなくなるのです。

パートナーなどの同居人がいる場合には、問題はより複雑になります。ごみを一時的に放置する人と、毎回片付ける人、という役割が固定されてしまうと、片付ける人のほうに不満がたまります。そのことで口論になると、放置する人も不満を抱き始め、結果的に双方にとってストレスになります。

ゴミは、リビング、机の近く、洗面所、寝室などのゴミが出やすい場所の近くに置くと、散らかりにくくなってストレスが軽減されるでしょう。

■「家事のしにくい家」が引き起こす負荷

家事動線」が悪い家も、知らないうちに負担を増やします。

動線とは、行動の流れのことです。人は、次にやるべきことは何かをその都度考えながら動いていると、心理的負担が大きくなります。家事に限らず「どこに何があるか」「どの順番で動くか」「途中で止まっても再開しやすいか」という流れが整っていると、行動のハードルはぐっと下がります。

逆に、この動線が悪いと、たった一つの家事でも何倍も重く感じられます。たとえば、こうした環境では、家事をする際の工程が増えます。

・洗濯機は1階なのに、干す場所は2階にある
家事に使用する道具の収納場所と使う場所が離れている
掃除道具が取りにくい場所にある
・物の置き場が決まっておらず、毎回探さないと見つからない

そして、心身のエネルギーが落ちている時には、その小さな工程のひとつひとつが積み重なって大きなハードルになります。

片付けが難しい時は、「しまう場所を増やす」より「戻しやすくする」ことが大切です。たとえば、以下の方法を試してみましょう。

・よく使うものは「定位置」を作って出しっぱなしにしておく
収納見た目よりも「取り出しやすさ」を優先する
・ゴミを、よくゴミを出す場所の近くに置く
・物の収納場所を細かく分類しすぎない
・一気に片付けず、1カ所だけ綺麗にする

■「全部やる」「一気にやる」はNG

また、片付けは「全部やる」と考えると重くなります。

「机の上だけ」
「床の上だけ」
「1袋だけ」

と範囲を小さくしたほうが始めやすくなります。

そして洗濯は、「洗う」「干す」「しまう」を別々の場所で行うより、できるだけ近くで完結するようにすると、家の中を何度も往復する手間が省けてとても楽になります。たとえば、

・脱いだ服を入れるカゴを、脱衣所や寝室の近くに置く
・洗剤や柔軟剤を洗濯機のそばに固定する
・干す場所を洗濯機の近くに確保する
・ハンガーをまとめて手に取りやすくする
・畳むのがつらいなら、畳まずに「かけるだけ」の収納にする

などを生活に取り入れてみてください。

■小さな判断や行動が大きな「認知負荷」に

「ゴミが少ない」
「物の置き場所が決まっていない」
家事の動線が長い」

そんな小さなことが負担になるのか、と思われる方もいるかもしれませんが、精神医学的に見ると、こうした環境は「認知負荷」を高める要因になります。認知負荷とは、脳が情報を整理したり判断したりする際にかかる負担のことです。

人の脳は、毎日の小さな判断や行動でも、少しずつエネルギーを使っています。

「このゴミはどこに捨てよう」
「これはどこに片付ければいいんだろう」
「洗濯物をどこに持っていこう」

こうしたことは、ひとつだけなら大きな問題ではありません。しかし、毎日何十回も積み重なると、知らないうちに脳への負担になります。

特に、うつ状態や強いストレス状態では、以前なら何でもなくできていた判断や行動が難しくなり、「実行機能」と呼ばれる力が低下することがあります。

写真=iStock.com/Watto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Watto

実行機能とは段取りを組む力のことで、何から始めるか計画を立てる、優先順位をつけて取り組む、といった、生活を進めるために必要な脳の機能です。実行機能が低下すると、元気な時に比べて家事や生活に必要な行動のハードルが高く感じられるようになるのです。

2024年に『Journal of Clinical Psychology』に掲載された、ドイツの約8800人を対象とした研究では、自宅を「安心できる」「居心地がいい」と感じている人ほど、抑うつ症状が少ないことが報告されました。

もちろん、この研究だけで「住環境が悪いとうつになる」「家事動線を改善すればうつが治る」とまでは言えません。

ただ、家事の動線を整えることは時間の節約だけではなく、「何からやろう」といった小さな判断を減らし、脳の負担を軽くすることにつながります。そんな積み重ねが、「安心できる」「居心地がいい」と感じられる住まいをつくるのではないでしょうか。

■家族が多いほど抱きやすい「罪悪感」

加えて、お子さんやパートナーと暮らしている方の場合、「自分が家事をきちんとできないことで、家族に迷惑をかけている」と、より強い罪悪感を抱いてしまうことがあります。

特にお子さんがいる方は、「母親なのに」「父親なのに」と自分を責めてしまうこともあります。しかし、家族というのは誰か1人が皆を完璧に支えるものではありません。誰かが疲れているときは、家族全体で少しずつ負担を調整する時期があっていいと思います。

お子さんがいる家庭ほど、家全体を常にきれいに保ちたいと考えるかもしれませんが、

「危険な場所だけ整える」
「よく使う場所だけ片付ける」
「家族にも片付けやすい仕組みを共有する」

という考え方に切り替えてみるのもひとつの手です。どうすれば家族全員が無理なく生活できるか、という視点で考えてみましょう。

写真=iStock.com/visualspace
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/visualspace

心が疲れていると、人は「もっとがんばらなきゃ」と思ってしまいます。でも、疲れているときほど、頑張らなくても生活が回る仕組みを作ることが大切です。

もし、気分の落ち込みが続く、以前できていたことが急にできなくなる、家事や身の回りのことが非常に大きな負担になっている、という状態が続くようであれば、うつ病や適応障害などが関係している可能性もあります。

一人で抱え込まず、会社の産業医やメンタルクリニックに相談してみてくださいね。

----------
森 しほ(もり・しほ)
産業医・日本抗加齢医学会専門医・公認心理師
ゆうメンタルクリニック理事。精神医療と皮膚科診療に携わるほか、産業医として一般企業のメンタルヘルス支援や、企業の医療顧問として、サービスの医療監修や健康コンテンツの監修、職場の健康づくりにも携わる。記事監修・コラム執筆・取材対応の実績多数。日本皮膚科学会、日本抗加齢医学会所属。『発達障害ママの子育てハック』(飛鳥新社)監修。
----------

(産業医・日本抗加齢医学会専門医・公認心理師 森 しほ)