在宅勤務の廃止は問題なのか?(kotoru / PIXTA)

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「データ上、時間当たりのPCタイピング数は確実に減少。トータルで在宅勤務はマイナス」--この一言が、日本中を巻き込む議論の火種になった。

IT大手GMOインターネットグループの熊谷正寿代表は7月14日、在宅勤務を13日付で完全廃止したとXに投稿。「人類最大の産業革命の真っただ中。負ける要素は排除する」と続けた。この投稿はYahoo!ニュースのコメント数・アクセス数1位を記録し、本人が「少々驚いている」と書くほどの反響となった。

その中には「AI時代にタイプ数減で生産性測る?」「こんな大変更をSNSでつぶやく?」など、否定的な声も多かった。

その7日後、熊谷代表は「『表現の過剰性』で誤解を生み、お騒がせしたことにつきまして、心よりお詫びを申し上げます」とXで謝罪した。ただし謝ったのはあくまで言葉の選び方で、原則出社の方針そのものは変えていない。

GMOだけではない。LINEヤフーも2026年4月から「原則週3回」の出社へ段階的に移行している。コロナ禍の2020年に旧ヤフーが打ち出した「ほぼフルリモート」から5年あまり、そこからの大転換はSNSで「話が違う」という反発の声を呼んだ。

コロナ化を端緒に広がった在宅勤務はいま、業務にAIが深く浸透しつつある中、出社回帰へと静かに、しかし確実に広がっている。この動きは法的にはどのような問題をはらんでいるのか。労働問題に詳しい向井蘭弁護士に聞いた。

テレワーク導入企業は約半数

まず数字で現状を確認しておこう。

総務省の令和7年(2025年)版情報通信白書によれば、テレワークを導入している企業は47.3%。コロナ禍の急拡大を経て、2022年以降は減少傾向が続いている。国際比較でも、日本を除く米国・中国・ドイツの3カ国でテレワーク等を「積極的に活用している」と回答した割合が前年度比で微減しており、オフィス回帰という社会的背景が世界規模で進行していることが伺える。

日本国内を年代別にみると、テレワークの利用率は40歳代(32.0%)が最も高く、一方で「生活や仕事において、必要ない」と回答した割合は年齢層が上がるにつれて高まり、60歳代では59.7%に達している。

こうしたデータが示すのは、在宅勤務が一部の世代・職種に定着する一方で、企業側の制度としては縮小に向かうという二重の動きだ。

「業務命令」か「不利益変更」か

出社回帰をめぐる法的議論は、しばしば「就業規則の不利益変更」という言葉で語られる。しかし向井弁護士はまず、この問題設定自体を整理し直すべきと指摘する。

「この問題は本来、就業規則の不利益変更の枠組みで論じるべきものではなく、個々の労働契約において勤務場所がどう合意されているかということです」

労働契約上、勤務場所を限定する合意がなければ、どこで働かせるかは会社の配置に関する裁量に属する。在宅勤務は、その会社の裁量の中で従業員が自宅で就業することを認めていたにすぎず、これを取りやめて出社を命じることは通常の業務命令だ--というのが向井弁護士の基本的な整理である。

では、「勤務場所の限定合意」があるかどうかは何で判断されるのか。

「労働条件通知書の『就業の場所』欄に自宅と記載されているだけでは限定合意とは言えません。この欄は雇入れ直後の就業場所を示すものにすぎません。見るべきは『就業の場所の変更の範囲』であり、これが自宅に限定されているのか、それとも会社の定める事業所などと記載され、出社があり得る建て付けになっているのかが分かれ目になります」

この一点に関する記載が、結論を大きく左右する。

「フルリモート前提」で入社した社員との契約トラブル

問題が複雑になるのは、求人票や採用面接で「フルリモート」を売りにして人材を集めてきた企業のケースだ。

「求人票に『フルリモート』と掲げ、面接でもそれを前提としたやりとりがあり、労働者がそれを理由に入社を決めたという事情があれば、黙示の合意が認定される余地があります」

裁判例上、求人票の記載はそのまま労働契約の内容になりうると解される傾向があるという。応募時のメールのやりとり、オファー面談の記録、通勤が想定できない遠隔地に居住したまま採用したという事実--これらがいずれも認定材料になり得る。

LINEヤフーの前身である旧ヤフーが2020年にSNSで発信した「コロナ終息後もずっとリモート」という趣旨の投稿が掘り起こされ、「言っていたことと違うのではないか」という声が上がったのは、まさにこの問題の核心をついている。

もし、社員が出社命令を拒否し、これに対し、会社が懲戒処分や解雇を行った場合、その効力はどうなるか。

「勤務場所に関する合意の内容が正面から問われることになり、会社側が限定合意の不存在を示しきれなければ、処分は無効となります」

ただし損害賠償請求となるとハードルは高い、と向井弁護士は釘を刺す。

「会社が当初からリモート廃止を予定しながらこれを秘して募集していたような事情があれば、労働契約締結過程における信義則違反として賠償が認められる余地はあります。ただ、そこまでの立証は容易ではありません」

遠方移住者・育児世帯への「一律出社命令」は通じるか

コロナ禍、会社の勧めで地方移住した社員や、在宅勤務を前提に子どもを産んだ社員に対して、ある日突然「来月から毎日出社」と命じることは法的に許されるのか。

向井弁護士の答えは、「限定合意がない場合でも、会社の配転命令権は無制約ではない」というものだ。

在宅勤務を前提に新幹線通勤圏や地方へ移住した社員に対し、猶予なく出社を命じるようなケースでは、不利益の程度が問題になり得ます。転居や単身赴任を余儀なくされる、通勤時間が片道数時間に及ぶといった事情があれば、通常甘受すべき程度を超えると評価される可能性はあります」

育児・介護については別途、法律上の縛りもある。2025年4月施行の改正育児介護休業法により、3歳未満の子を養育する労働者へのテレワーク導入が努力義務化され、3歳以上・小学校就学前の子を養育する労働者についてはテレワークを含む選択肢の中から2つ以上の措置を講じることが義務づけられた。全社的に在宅勤務を廃止する場合、この措置義務との整合性は正面から検討しておく必要があると向井弁護士は強調する。

合法的に出社回帰を進めるための6ステップ

では、企業が出社回帰を進めるにはどうすれば適切なのか。向井弁護士は実務上の手順を6つに整理する。

第一に、契約の棚卸し。社員ごとに労働条件通知書の「就業の場所の変更の範囲」がどう記載されているか、採用時にどのような説明をしたかを確認し、限定合意があると評価されるおそれのある社員を特定する。「ここを飛ばして全体に号令をかけると、後から個別に紛争が噴出します」

第二に、変更の必要性の言語化。生産性やコミュニケーションといった抽象論だけでなく、自社で何が起きているのかを具体的な事実で説明できるようにしておく。

第三に、十分な移行期間の確保。遠方移住者の住居確保や保育所の手配に要する期間を考えれば、6か月から1年程度は確保したいところで、3か月未満での完全移行は不利益への配慮を欠くと評価されるおそれがある。

第四に、代償措置。通勤手当の復活はもとより、育児・介護事由がある社員への在宅継続の例外承認や、段階的な出社日数の引き上げなどが考えられる。

第五に、限定合意がある社員への個別対応。この層については就業規則の変更でも一律の業務命令でも動かせない。個別に説明し、書面で同意を得る必要がある。

第六に、在宅勤務手当など賃金部分を廃止する場合には、その部分について不利益変更の手続きを別途踏むこと。「制度廃止に紛れて処理してしまうと、後日の請求につながります」

今後増える「法的リスクの死角」

向井弁護士が特に注意を促すのは、まだ十分に認識されていない三つのリスクだ。

一つ目は、募集時の説明と実際の労働条件の齟齬。「人材獲得競争の中で求人票に『フルリモート可』と掲げた企業は多い。この記載がどこまで契約内容を構成するかという争点は、今後増えるはずです」。職業安定法上の労働条件明示義務との関係でも、求人内容と実際の条件の相違は行政指導の対象となり得る。

二つ目は、2024年4月から義務化された就業場所の「変更の範囲」の明示ルールへの対応不足。「安易に在宅勤務とだけ書いていれば限定合意と主張される余地を残しますし、逆に実態と乖離した記載をすれば明示義務違反の問題が生じます」

三つ目は、出社命令拒否を理由とする懲戒・解雇。「会社としては、契約上の根拠を確認しないまま処分に踏み切ると、極めて分の悪い戦いになります」

在宅勤務は「廃止」へ向かうのか

最後に、今後の見通しを聞いた。向井弁護士の見立ては、「完全な廃止に向かうというより、二極化が進む」というものだ。

在宅勤務が労働条件の一部として市場価格を形成している以上、これを取り上げれば、その分は賃金なり他の条件なりで埋め合わせを求められる。ブランド力と処遇に余力のある企業であれば吸収できるかもしれませんが、採用力に余裕のない中小企業が同じことをすれば、人材流出という形で跳ね返ってくる可能性が高いと考えられます」

出社命令の有効性そのものが違法と評価されることは通常ない。「問題は進め方であって、契約の確認を怠り、個別事情への例外も設けず、猶予もないまま一律に号令をかけたときに紛争が起きます」

GMOの熊谷代表がXで公開した「世論の感情ダッシュボード」での推計値は、「支持・理解」が約2割、「批判・懸念・皮肉」が約6割だった。

今回の議論では「出社するのが嫌なのではなく、自宅より貧弱な環境で作業するのが嫌」という在宅勤務派の声が支持を集めていた。そこには、会社の環境投資への問いかけも含まれている。

出社回帰か、在宅継続か。その経営判断の是非を問う前に、企業はまず、改めて自社の契約書の中身を確認するところから始めたほうがいいのかもしれない。