年金事務所「これ以上、繰下げできません」…〈年金42%増額〉を狙った68歳女性が絶句。夫の急逝で直面した「遺族厚生年金」の想定外のルール【社労士FPが解説】
老齢年金は通常65歳から受給開始ですが、長生きすることを想定し、年金額を増やそうと「繰下げ受給」を検討している人もいるでしょう。しかし、“予想外の事態”が発生した場合、繰下げ受給のルールによって、その恩恵を思うように受けられないケースも存在します。年金の増額を待っていた68歳女性の事例をもとに、社労士FPの五十嵐義典氏が「繰下げが打ち切りになるケース」とその注意点について解説します。
「70歳繰下げ受給・42%増額」を予定していた68歳妻
アケミさん(仮名)は、会社員である同い年の夫・カズアキさん(仮名)と二人で暮らしていました。子育て期間中は専業主婦でしたが、通算20年間厚生年金に加入していたことから、65歳以降は老齢基礎年金80万円と老齢厚生年金45万円、あわせて年間125万円(月額約10.4万円)を受給できることになっていました。
そんな折、テレビで「年金の繰下げ受給」の存在を知ったアケミさんは、受給開始のタイミングを遅らせて年金を増やそうと考えるようになりました。
繰下げ受給では、受給開始を1ヵ月遅らせるごとに年金が0.7%増額され、その金額が生涯続きます。アケミさんはカズアキさんと相談した結果、5年間受給を我慢し、70歳から42%増額した年金を受け取ることにしました。
42%増額すると、老齢基礎年金は約114万円、老齢厚生年金は約64万円になる見込みです。
「もう繰下げできないんですか?」…夫の急逝で知った“予想外の年金ルール”
しかし、アケミさんが68歳5ヵ月を迎えたころ、カズアキさんが病気により急逝。葬式などをひと通り終えて落ち着いたタイミングで、カズアキさんの他界により受け取れる遺族厚生年金の手続きをしようと、アケミさんは年金事務所を訪れました。
年金事務所の職員によると、すでに65歳を過ぎているため、自身の老齢基礎年金と老齢厚生年金、加えてカズアキさん他界による遺族厚生年金を併せて受給できることになっています。
ただし、遺族厚生年金は満額支給されるわけではありません。カズアキさんの厚生年金加入記録から、遺族厚生年金の額は126万円と計算されていましたが、ここからアケミさん自身の老齢厚生年金相当額を差し引き、差し引き後の額が実際の遺族厚生年金の支給額となります。
アケミさんは「夫は早くに亡くなりましたが、私はまだ長生きしたいと思っています。なので、老齢基礎年金と老齢厚生年金は70歳まで繰り下げたいのですが……」と職員に伝えます。
すると職員は「申し訳ありませんが、老齢基礎年金と老齢厚生年金はこれ以上繰り下げることができません」と、困った顔で答えました。
実は、遺族厚生年金を受給する権利が発生した場合、繰下げによる増額ができるのはその権利が発生した月、つまりカズアキさんが亡くなった月までと決められているのです。
アケミさんが68歳5ヵ月の時点では、65歳になった月から数えて41ヵ月(3年5ヵ月)が経過しています。つまり、老齢基礎年金・老齢厚生年金の繰下げは、最大でも41ヵ月分までしかできません。
「えっ、もう繰下げできないんですか?」
アケミさんは、3年5ヵ月までしか繰下げできないことに絶句。ショックを隠せないまま、職員の説明は続きました。
「ただし、65歳時点まで遡って、65歳開始として受給することもできますよ」
68歳5ヵ月で受給開始か、65歳まで遡るか…“損をしない”合理的な選択
アケミさんが68歳5ヵ月の現時点から繰下げ受給をする場合、老齢基礎年金と老齢厚生年金はそれぞれ0.7%×41ヵ月=28.7%増額した金額で受け取ることになります。増額後、老齢基礎年金は103万円、老齢厚生年金は58万円となります。一方で、いずれも繰下げをせず、65歳まで遡って「65歳開始」として受給することも選択できます。
ではアケミさんの場合、どちらを選んだほうが合理的なのでしょうか。
この点、老齢厚生年金を65歳受給開始とすれば、繰下げ分の増額は当然ありません。一方で、繰下げ受給を選んだ場合は、繰下げ増額分も含め、遺族厚生年金との調整が生じます。
つまり、老齢厚生年金が繰下げで増えても、その分の遺族厚生年金が減るということになります。
アケミさんが繰下げ受給をした場合、老齢厚生年金は58万円に増えますが、差額支給の遺族厚生年金は68万円(126万円−58万円)となり、合計は126万円です。繰下げしない場合は、老齢厚生年金は45万円で、差額支給の遺族厚生年金は81万円(126万円−45万円)となり、合計は同じく126万円になります。
つまり、繰下げしてもしなくても、厚生年金としての合計額は変わりません。ただし、繰下げ受給を選ぶと、これまでの待機期間である3年5ヵ月分の老齢厚生年金がまるごと受け取れないことにもなります。
そのため、老齢厚生年金は65歳開始として遡ったほうがいいということになります。
【社労士FPが解説】2028年には法改正…「繰下げ受給」は慎重に判断を
結局アケミさんは、老齢厚生年金は65歳に遡って請求し、遺族厚生年金との調整がない老齢基礎年金だけを繰下げ受給することにしました。
カズアキさん亡きあとの年金は、「老齢基礎年金(68歳5ヵ月繰下げ)103万円+老齢厚生年金(65歳開始)45万円+遺族厚生年金(65歳開始の老齢厚生年金を差し引いた額)81万円」の合計年間229万円となります。月額に換算すると約19.1万円です。
遺族厚生年金が受け取れるようになった一方で、当初考えていた70歳までの繰下げは叶いませんでした。
長生きを前提に、少しでも増額した年金を受け取ろうと「繰下げ受給」を選択することもあるかと思いますが、今回の事例のように配偶者が死亡した場合、遺族厚生年金の発生で制約を受けてしまうため注意が必要です。
もっとも、2028年4月からは法改正が予定されています。遺族厚生年金の受給権が発生しても引き続き繰下げが可能となり(※老齢厚生年金の繰下げは、遺族厚生年金を請求していないことが条件)、選択肢が広がる見込みです。
繰下げ受給を検討する際には、こうした最新の法改正の内容も踏まえたうえで、自身に該当する可能性のあるポイントをおさえてから慎重に判断することが大切です。

