「これが俺の評価か…」年収1,000万円の55歳エリート部長、役職定年で突きつけられた「給与半減」の現実
人事院『令和5年民間企業の勤務条件制度等調査』によると、事務・技術関係職種の従業員がいる企業の16.7%で役職定年制が導入されています。また、部長級・課長級ともに役職定年年齢で最も多いのは「55歳」。定年延長や継続雇用が進む一方で、収入や立場が大きく変わる節目は、多くの会社員にとって現実の問題です。ある1人の男性から、役職定年の実態をみていきます。
「部長」の終わり、一般社員として再出発
「これが俺の評価か……」
そう口にしたあと、高橋雅人さん(55歳・仮名)は、人事部から渡された辞令をしばらく見つめたまま動けませんでした。都内の精密機器メーカーに勤めて33年。営業一筋で実績を積み上げ、50歳で営業部長に昇進しました。年収は約1,000万円。社内でも順調なキャリアを歩んできた1人でした。
55歳を迎えた春、人事部から役職定年を告げられます。制度は以前から知っていました。管理職は55歳で役職を外れ、専門職へ移る。または関連会社に出向する。それが会社のルールです。
説明は10分ほどで終わりました。新しい肩書は主任専門職。部下のいない、一般職です。後任の部長は48歳。これまで直属だった課長が上司になります。
給与も大きく変わりました。基本給は月52万円から30万円へ。管理職手当はなくなり、賞与も年間約360万円から200万円程度へ減る見込み。年収は1,000万円から560万円ほどと、半分とはいかないまでも、激減といってもいい水準です。
「制度の説明は以上です。何か質問はありますか?」
そのようなやりとりで、人事部からの面談は締めくくられました。特に質問はありませんでした。制度だからだ、と自分に言い聞かせるほかありません。帰宅後、妻に話すと「おつかれさまでした」とねぎらいの言葉が返ってきました。役職定年を迎えたとはいえ、まだ会社員人生は続きます。しかし、大きな区切りを迎えた気がしたといいます。
一方で、家計は一変しました。住宅ローンの残高は2,250万円。毎月の返済額は12万8,000円です。大学4年生の長男には年間約130万円を仕送りしています。高校2年生の長女は私立高校に通い、授業料と塾代を合わせると月約9万円がかかります。妻はスーパーでパート勤務をしており、月収は約9万円です。
役職定年前は、高橋さんの手取りが約49万円、妻を含めた世帯収入は月約58万円ありました。住宅ローン約13万円、教育費約20万円、生活費約18万円、保険料や通信費、車の維持費など約7万円。毎月5万〜8万円は貯蓄に回せていました。ところが、役職定年後、高橋さんの手取りは約29万円まで減少します。世帯全体でも約38万円。固定費を見直しても毎月7万円ほどの赤字です。
肩書と一緒になくした「自信」
人事院の調査では、役職定年制度を導入している企業の95.3%が「今後も継続する」と回答しています。また、役職定年年齢は部長級・課長級ともに55歳が最も多く、高橋さんが迎えた節目は決して特殊なものではありません。高橋さん自身も制度の存在は理解していました。
「役職が外れることはわかっていました。でも、ここまで生活が変わるとは思っていなかったんです」
そう振り返ります。
会社での立場も大きく変化しました。部長時代、自分が育ててきた社員から仕事の進め方を指示される場面があります。もちろん相手に悪意はありません。
「この資料、今日中にお願いします」
以前なら自分が部下へ伝えていた言葉でした。
「はい、わかりました」
返事をしながら、高橋さんは心の中でつぶやきます。
「俺は何十年働いてきたんだ」
役職がなくなると、仕事の中身も変わりました。経営会議への出席はなくなります。大口顧客との商談も任されません。若手社員から相談を受けることも減りました。机に向かって資料をまとめる時間だけが増えていきます。
人事院の調査では、役職定年後の部長級の配置先は「同格のスタッフ職」が42.1%で最も多く、「格下のスタッフ職」が34.4%となっています。管理職からスタッフ職へ移る働き方は、多くの企業で制度として定着しています。
しかし、高橋さんにとっては、その変化を数字だけでは受け止めきれませんでした。
「仕事はある。でも、自分じゃなくてもできる仕事なんです」
帰宅後も仕事の話はしなくなりました。妻は家計簿を見ながら、何やらつぶやいています。
「……厳しいわぁ」
高橋さんは聞こえないふりをしています。
定年まではあと5年。その後も働く意思はあります。しかし、今の会社に留まるか、さらに言うならば定年まで勤め上げられるか――最近、自信がなくなってきているといいます。

