「一生遊んで暮らせる!」と早期退職も…資産2億円・57歳元部長のFIRE生活2年、〈妻の異変〉で大転落。元部下に「バイトでいいから働かせて」と泣きつくも、届いた“やんわりお断りメール”に自尊心ズタボロ
多くの会社員にとって、「FIRE」は一度は抱く憧れではないでしょうか。上司の顔色をうかがう必要もなく、満員電車に揺られることもない。「十分な資産」と「自由な生活」を手に入れた生活--。しかし、現実はそう甘くないようです。どれほど巨額の資産を築いてリタイアしたとしても、FIRE後の緻密な家計シミュレーションを欠いた計画は、当事者を「地獄」へと突き落とすリスクがあります。本記事では、資産2億円を手に早期退職した現在57歳のNさんの事例を通じ、FIREの実態に迫ります。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「資産2億円」への誤解
大企業で順調に出世し、55歳で役職定年を目前に控えていたNさん。彼は、長年の計画的な投資と、親からのまとまった遺産相続が重なり、2億円という一般のサラリーマン水準を遥かに超える資産を手にしました。
「これだけあれば、一生遊んで暮らせる」。そう確信したNさんは、会社に辞表を提出します。同僚からは羨望の眼差しを向けられ、送別会では「これからは毎日が夏休みですね」と祝福されました。
退職直後の数ヵ月間は、充実していました。平日の朝、アラームを鳴らさずに目覚め、高級なコーヒーを淹れる。混雑とは無縁の平日に旅行へ出かけ、現役時代にはいけなかった名店でランチを楽しむ。毎日のようにゴルフに行ったり、夜更けまで読書をしたり。これまで会社という組織に縛られていた分、手に入れた自由は格別なものに思えたのです。
しかし、このときはまだ、Nさんは自分が「大きな勘違い」をしていることに気づいていなかったといいます。
自由という名の孤独
FIRE直後の高揚感が薄れはじめた4ヵ月目、Nさんはある事実に気づきます。
「やることがなにもない。誰からも連絡がない」
現役時代のNさんは、平日は朝から晩まで仕事に追われ、携帯電話には部下から報告や上司からの相談でひっきりなしに電話が入っていました。出勤すると海外の支店からのメールが溢れんばかり。そのため、週末は疲労でぐったりして夕方までだらだらするのが日課でした。当時の「自由な時間」とは、仕事のための体力を回復する時間のこと。しかし、毎日24時間すべてが自由時間になると、その価値は一変します。趣味だったゴルフや読書も、毎日続けると単なるヒマ潰しに変貌したのです。
さらに、重大な誤算は「周囲の人間は誰もヒマではない」という点でした。平日の昼間に「いまから飲みに行かないか」と誘える友人はいません。夫と一緒にリタイアすることを選ばなかった妻は、パートの仕事や自分の友人たちとの交遊があり、1日中家でゴロゴロしている「無職の夫」に戸惑うようになりました。
比較的仲の良い夫婦だと思っていましたが、55歳という年齢で四六時中顔を突き合わせるようになったせいか、妻の表情から、どこか自分への鬱陶しさを感じるように。
「もしかして、俺は無職のおじさんか」。仕事をしていたからこそ、妻と適度な距離を保てていたことにNさんは気づきました。夫がFIREしても、妻は自分の仕事や人間関係から卒業するつもりはないようです。Nさんは、「自分がヒマで孤独なおじさんだ」という事実に気づいたときから、焦りのような気持ちを持つようになりました。
「俺はまだ55歳なんだが……。このままあと30年どうやって生きていこうか」
FIREをきっかけに「保険」を解約したワケ
FIREから2年が経つころ、異変が起きました。妻が早朝に突然倒れ、救急搬送されたのです。診断は脳出血でした。血圧が常に190と高い状態のまま、前日に友達と温泉に行ったのがきっかけかもしれません。
FIRE界隈には、ある種の「定説」があります。「生命保険は金融機関が儲けるための商品に過ぎない」「高額療養費制度があれば医療費は怖くない」「その保険料を投資に回せば資産は加速度的に増える」そんな論理です。「FIREしたいなら生命保険は無駄遣い。いますぐやめろ」という意味でしょう。Nさんもまた、FIRE系インフルエンサーの発信に影響を受け、10年前から家族全員の医療保険を解約していました。月々数千円の医療保険を切り捨て、その分を運用資金に回すことが合理的だと確信していたのです。
「医療保険に入るなんて情弱だろ」。そんな風に、保険に入る同僚をバカにしたこともあります。ところが、その“常識”が音を立てて崩れていきました。
高額療養費制度があるのに「大丈夫じゃない」
脳出血の治療は、急性期の入院だけで終わりません。手術、ICU管理、その後のリハビリ入院と、治療は半年にわたりました。そのようななかでもNさんは、「高額療養費制度があるから、自己負担は月に数万円で上限が来るはず、しかも4ヵ月目からはさらに負担が軽くなる」と高を括っていたのです。
しかし、この制度には見落としがちなポイントがいくつも存在します。
まず、保険適用外の費用は制度の対象外だということ。脳出血の後遺症で排泄のコントロールが難しくなった妻は、尿カテーテルを装着し、大部屋での入院生活に強いストレスを抱えていました。おむつ交換のたびに周囲への臭いを気にし、恥ずかしさに耐えられない気持ちになったようです。可哀想に思ったNさんは個室への移動を決断しました。
その差額ベッド代だけで1日あたり約1万円、1ヵ月で30万円を超えます。これは高額療養費制度の対象外であり、全額自己負担です。
限度額適用認定証を事前に取得して病院に提示すれば、窓口での支払いは自己負担限度額までで済みます。しかしそれはあくまで「保険適用内の診療費」に限った話。差額ベッド代や食事代などは含まれず、パジャマやタオルなどの身の回り品は外部の業者から請求書が届きます。
退院後に必要となる介護用品や自宅改修費用といった保険外費用は、限度額適用認定証があってもカバーされません。リハビリ病院への転院後も、保険外費用の負担はリセットされることなく積み上がり続けます。また、退院後のリハビリを行うデイケアの施設や介護ヘルパーの事業所からも請求が……。
毎月届く複数の請求書を手にしたNさんは、ふとあのインフルエンサーの動画を思い出しました。「保険はムダ」「高額療養費制度があれば怖くない」と自信満々に語っていたあの男の顔。「あいつ、自分も家族も病気になった経験がないんだな」と、Nさんは思いました。「なんであんな若造の講釈を信じたのか」。
Nさんは医療費のリアルを理解していなかったことに気づきます。Nさん夫妻の場合、急性期から回復期までの数ヵ月間だけで、病院からの請求だけで300万円を超える支出が発生しました。月々数千円の医療保険を「無駄」と切り捨てた判断が、これほどの代償を生むとは想像すらしていませんでした。
2億円の資産があるとはいえ、妻にはこれからもお金がかかっていきます。FIREとは元本を切り崩しながら生活するという考え方です。切り崩しのスピードが早まることには、いいようのない不安を覚えるように……。
「給与ゼロ=所得ゼロ=税金ゼロ」ではない
予想外の医療費を前に、Nさんは確定申告で少しでも現金を手元に戻そうと考えました。「退職して給与収入はゼロになった。2年目からは住民税も国民健康保険料も大幅に下がるはずだ。確定申告をすれば、源泉徴収された税金の一部も戻ってくるかもしれない」。そう判断し、運用益の損益通算も兼ねて確定申告を行ったのです。
しかしここに、FIRE生活者が陥りやすい根本的な誤解がありました。「給与ゼロ」は「所得ゼロ」ではないという点です。
日本の税制では、株式の配当金や売却益も「所得」として扱われます。特定口座(源泉徴収あり)であれば、確定申告をしない限り、これらは住民税や国民健康保険料の算定に原則として影響しません。ところが確定申告を行った瞬間、その運用益や配当収入が税務署・役所に「所得」として届け出られることになります。
結果としてなにが起きたか。住民税は前年の運用益をベースに算定され、国民健康保険料も賦課限度額(年間約100万円)に固定されたまま推移しました。「2年目こそ税負担が軽くなる」と信じて待ち続けたNさんにとって、これは致命的な誤算でした。
初めて会社員じゃなくなったことによる誤解
Nさんは退職前、税金と社会保険料について楽観的に考えていました。「給与がなくなれば、天引きされていたあの重い負担もなくなる」と。会社員時代、給与明細に並ぶ控除の数字を見るたびに憂鬱になっていたNさん。FIREしたら社会保険料も住民税も低くなると信じていました。
本来、FIRE設計において税金と社会保険料は「変動する生活費」ではなく、毎年必ず発生する固定費として計画に組み込むべきものです。
住民税は前年所得をベースに翌年6月から請求されます。会社員時代は給与から自動的に天引きされていたため意識しにくいですが、退職の翌年は自分で納付書を受け取り、まとめて支払う形になります。国民健康保険料は所得に応じて算定され、上限は年間約100万円。会社員時代は会社が半額を負担していましたが、退職後は全額自己負担です。さらに国民年金保険料(年間約20万円)も加わります。知識としては知っていたはずなのですが、「労使折半で会社が払ってくれていた分」が丸ごと自分の負担になるという事実が、Nさんにはすっぽり抜けていました。
これらを合算すると、運用益が一定規模を超えるFIRE生活者の場合、税・社保だけで年間150万円を超えるキャッシュアウトが最初から発生することになります。
加えて、「医療保険は不要」という判断をするなら、その前提として高額療養費制度の適用範囲と適用外費用の両方を正確に理解しておかなければなりません。本当に医療費を自分の蓄えから支払えるのか。健康なときは、骨折や盲腸といった短期間入院をするような状況ばかり想像しますが、世の中にはNさんの妻の脳卒中をはじめ、延々と出費を余儀なくされる病気も存在するのです。
数億円という資産規模があっても、毎年確実に発生するコストを正しく見積もれていなければ、FIRE計画は簡単に崩壊します。
延々続く介護費用
退職から1年が経つころには、Nさんの精神状態は限界に達していました。退院した妻は週4回デイケアに通いながらリハビリを続けており、回復の兆しはみえています。しかし在宅での介護生活は、Nさんが想像していたものとはまるで違いました。
介護のすべてをヘルパーに任せられるわけではありません。食事の管理、血圧や服薬の確認、複数の病院への通院の付き添い、体調の変化への気配り、そして毎日の家事。毎日の家事は妻が担ってくれていたため、料理も掃除も、慣れない手つきでこなすしかありません。妻の血圧の管理もあるため、野菜を多くし、なるべく出来合いのものは食べないようにと思うと、食費も高くなっていきます。
介護にかかる費用も、想像をはるかに超えていました。ヘルパーの費用に加え、「Nさんの息抜きのために利用しなさい」とベテランのケアマネージャーさんに勧められた3泊のショートステイ、車椅子や介護ベッドのレンタル、妻が自宅で安全に生活できるよう、手すりを設置したり段差を解消したりする簡易的なリフォーム……。一つひとつはそれほど大きな金額でなくても、積み重なると毎月相当な額になりました。
資産額はまだ2億円。しかし、されど2億円です。勢いよく元本が減っていきます。本来カバーしてくれるはずの生命保険が一切ありません。ただ一点、送迎のための自家用車の自動車税が減免になったのは助かりました。
いまはただの「無職」という現実
支出の大きさよりも堪えたのは、それを誰にも話せないことでした。職場であれば、ちょっとした雑談のなかで愚痴を零せる同僚がいました。しかしNさんにはもう、そういう相手がいません。
妻の病状への不安も、先の見えない日々への疲弊も、すべて1人で抱え込むしかないのです。思いどおりにならない不安と焦りの日々に苛立ち、妻にきつく当たってしまうことも。もし会社員だったら、「そんなときもあるさ」と笑って励ましてくれる同僚がいただろうな、と想像しては苦しくなりました。
優雅なFIREのはずが、気づけば孤立した介護者になっていました。一人で風呂に入っていると、「介護の合間にでも、どこかに所属したい。誰かと言葉を交わしたい」強烈にそう思いました。
しかし、いまのNさんは社会から断絶された無職の中年男性です。役所などの書類に職業名を書くときには困ります。年金生活者でもなく、経営者でもありません。「無職」と書くしかないのです。かつての輝かしいキャリアを誇っても、いまは「無職」です。
介護のストレスで疲労困憊、揺らぐプライド
追い詰められたNさんがとったのは、本来のNさんであれば絶対にしないような行動でした。
かつて自分が目をかけた元部下へ連絡をしたのです。その元部下は、Nさんの下で働いていたころに独立を決意し、いまでは急成長をとげる会社を経営するまでになっていました。品川の居酒屋に元部下を呼び出したNさんはいいました。
「週に3日のアルバイトでも、お前の会社で働かせてくれないか。俺が役に立つことがあるのならだが……」
元部下からは、「先輩、FIRE生活に少し疲れてるみたいですね」と返されます。
元部下の顔からは、「そりゃそうなるだろうよ」という哀れみのような表情を感じたそうです。その夜は、「アルバイトの件は考えてみます」といってくれましたが、後日、丁寧な断りのメッセージが届きました。表向きの理由は「ポジションがない」というものでしたが、Nさんにはその本音が透けてみえるようでした。
大企業の元部長という肩書き、かつて部下たちにみせた強引なトップダウンの仕事スタイル、そして疲れているのに身に染み付いたプライドの高さ。企業文化を構築するために苦労しているスタートアップ企業の現場でそれを持ち込まれたら、組織はひとたまりもないでしょう。昔気質の無職の中年を、アルバイトとはいえ参加させるわけにはいきません。
Nさんにもそれはわかっています。わかっていても断られるのはきついものがありました。Nさんは会社を辞めたときから、自分が求められる場所はもうないと認めざるを得ませんでした。今後の人生、精神的にも金銭的にもいまのまま妻と暮らしていけるのか。「会社を辞めなきゃよかった」と呟いても、後悔先に立たずです。
孤独への準備が必要
会社員という生き方をしていると、本当の孤独や孤立を味わうことは少ないでしょう。毎朝向かう場所があり、良くも悪くも話しかけられる相手がいて、面倒ではあっても自分の役割があります。それがいかに精神的な支えになっているのか、失って初めてわかります。
FIREを目指す人は、お金の計算だけに意識を向けがちですが、孤独と孤立のなかでも揺らがない自分の在り方を、現役のうちに育てておく必要があります。もちろん、万が一を織り込んでシミュレーションしたライフプランも。その準備なしに手に入れた自由は、非常に脆いものです。
長岡理知
長岡FP事務所
代表

