中川安奈さん「キャスター就任から丸3年で番組の降板を告げられ…」人気の元アナウンサーたちが明かした「私が退社した理由」

写真拡大 (全5枚)

アナウンサーの「退社ラッシュ」が収まらない。華やかな世界の裏側では、思わず気の毒になってしまうほどの艱難辛苦が待ち受けているのだ。

【前編を読む】「フォーマットが10年変わっていないことに疑問を抱いた」国山ハセン氏が明かしたTBSの局アナを辞めた理由

NHKだけは入らなくて良かった」

NHKの男性アナに限定すれば、さらに過酷な現実が待ち構えているという。

「同業の間でも、『NHKだけは入らなくて良かった』とよく話題になります。とにかく全国転勤が多いんです。入局したら誰でも地方に飛ばされるのですが、女性は2〜3年くらいで東京に戻れます。

ただ、男の場合は10〜20年は地方の支局を転々とする。定年まで地方にいる可能性まであります。理想と現実のギャップに押しつぶされても不思議ではありません」(キー局関係者)

NHKで『あさイチ』のリポーターや『サンデースポーツ』のキャスターを務めた中川安奈さん(32歳)は、'25年3月に退局している。パリ五輪の開会式当日に現地から中継した際、着ていたベージュのトップスが「裸に見える」と話題になったことを覚えている人もいるだろう。現在はフリーアナとして活動しながら、タレントとしてバラエティ番組にも数多く出演している。

キャリアの先行きが見えない

中川さんもまた、先行きが見えなくなったことが辞めた理由のひとつだと振り返る。

「学生時代は報道志望だったのですが、入局後、サッカーW杯やオリンピックなどの国際大会がある際に中継スタジオのキャスターを任せていただくことが増えて、『自分はこういう現場のほうが向いているのかも?』と思いスポーツ志望に変わりました。だから、『サンデースポーツ』のキャスターになることは大きな目標でしたし、実際にそれが叶うまでは順調にキャリアを積み重ねている実感がありました。

ただ、『サンデースポーツ』担当になったくらいから、次の夢や目標をイメージできなくなってしまったんです。そしてキャスター就任から丸3年が経とうとしていたときに番組の降板を告げられました。実は、その後にはバラエティ番組で進行役として出演することを期待していただいていたみたいなのですが、自分の中で「その先」が思い描けなかった。これが辞めるきっかけのひとつとなっています」

NHKアナウンサーも、民放と同じようなキャリアを辿る。スポーツ担当の場合、まずは国際大会などで応援キャスターを務め、『ニュースウオッチ9』などのスポーツコーナー担当、そしてスポーツ番組のキャスターを務めることがゴールだ。だが、やがては後輩にポジションを譲らなければいけなくなる。

「先輩アナを見ていると、いちばん輝いているのは担当番組のキャスターとして活躍しているときだと思いました。そして番組を離れたあとは、年齢もあってだとは思いますが、仕事と同じくらい家庭にも目を向けるようになる印象でした。その後、管理職の道を辿る方もいらっしゃいます。

ただ、私は第一線で働き続けたいという思いがありました。同時に『サンデースポーツ』のキャスターになってからは、番組を見てもらうために自分の個性をどう出すべきか試行錯誤していて、やりがいを感じていました」(中川さん)

「田中みな実さんが道を切り開いた」

また、局アナが大量離職している事態については、自身の見解をこう述べる。

「かつては、局を辞めても活躍できるアナは、有名な帯番組を長年務めたレジェンドクラスに限られると思われていた部分があったと感じます。そのイメージを崩したのが元TBSの田中みな実さん。

田中さんは若くして辞められましたが、芸能界でも大きな存在になっていらっしゃる。いまは神田愛花さんや森香澄さんもフリーになって大活躍されています。勇気をもらったアナは多いのではないかと感じています」

国山さんや中川さんのように、局アナとしての将来像が思い描けなくなったことを理由に辞める人もいれば、明確にやりたいことを見つけて局を去る人も少なくない。

昨年までフジに在籍していた永島優美さんもその一人だ。現在はフルーツに関するブランド「ORVIIA(オルヴィア)」を立ち上げて、いつか「日本のフルーツ文化」を変えたいのだという。

永島さんは、局を離れた理由についてこう明かす。

「入社3年目で『めざましテレビ』のメインキャスターに就任しました。そこで体調管理の必要性に気付き、フルーツを積極的に摂るようになったのです。おかげで、番組にいたときは一度も風邪をひきませんでした。習慣になるにつれて興味を持ち始めました。

市場に足を運んだり、生産者に会いに行ったりするうちに、日本の素晴らしいフルーツの魅力を伝える取り組みをしたいと考えるようになったんです。自分の人生でやりたいことに正直になった結果、会社を離れる道を選びました」

現在も言葉で伝える仕事を続けながら、オンラインストアやポップアップストアなども通じて、品種や個性を重視した、フルーツの新しい価値を届けるべく歩み始めている。

「外の世界に出て、本当に良かった」

テレ朝で『くりぃむナントカ』などのMCを務めた大木優紀さん(45歳)は、'21年に会社を辞めた元アナだ。退職後はインターネット旅行会社「令和トラベル」に入社。現在は執行役員を務めている。

大木さんがこう振り返る。

「コロナ禍で大好きな海外旅行に行けない日々が続くなか、『海外旅行をコア事業で創業する』という会社の記事を、たまたま読んだことが転職のきっかけです。そのとき、旅行の価値を広める仕事をしてみたいと思い、その会社に応募しました。

まったく違う業種ですが、人前で話す機会は想像以上に多いので、アナウンサーの『伝える技術』は役に立っていると思います。転職したことで、私の人生の幅が広がりました。これまでは『守られた世界』にいたのだと、外に飛び出してから気づいた。この道を選んで良かったです。昨年からはハワイの子会社代表として出向し、新たな挑戦の日々を過ごしています」

テレビ局は、アナウンサーにとって「安泰」と言い切れる職場ではなくなりつつある。時代の変化の波は、テレビ業界の象徴をも飲み込もうとしている。

(もっと読む→大谷翔平「二刀流復活」の裏で…《30億円ハワイ別荘計画》でまたもトラブル発生【リゾート会社と投資家が大揉め】)

「週刊現代」2026年6月8日号より

【もっと読む】田村真子でも、水卜麻美でもない…日テレが和久田アナの「再教育計画」で、モデルとした「人気女子アナ」とは