国内人口300万人減の衝撃 それでも人口を増やし続ける「地方都市」の原動力となった鉄道
総務省統計局が2026年5月29日に発表した国勢調査の結果が、自治体関係者を中心に大きな注目を集めている。国勢調査は1920年に開始されて以来、日本の総人口は常に右肩上がりで記録してきた。
2015年の同調査によって日本の人口は初めて減少へと転じ、衝撃を与えた。今回の調査も人口減は変わらないが、なによりも周囲を驚かせているのが2020年と比べて人口が約309万人も減少したという数字だ。この減少数は大阪府大阪市の人口よりも多い。
人口減少幅の大きさも衝撃的だったが、これまでは日本全体の人口が減少していても大都市では人口流入によって人口増を維持できていた。つまり、「まだ大都市は安泰」と楽観的に受け止めていた関係者も少なくなかったが、今回の国勢調査は政令指定都市でも人口減が目立ち、もはや大都市も危険水域にある。

なぜここは人口増?
政令指定都市でも人口減少に苦しむ中、1987年に発足してから一貫して右肩上がりで人口を増やし、今回の国勢調査でも前回比で約2万7000人増、伸び率にして11%超という人口増を記録した自治体がある。それが茨城県つくば市だ。
つくば市の人口増はさまざまな見地から語られるが、つくばエクスプレス(TX)が最大の功労者であることは誰もが認めるところになっている。
TXは東京・千代田区の秋葉原駅―つくば市のつくば駅間約58.3キロメートルを結ぶ路線で、東京都・埼玉県・千葉県・茨城県の4都県を貫く。
つくば市最大の功労者として周知されるTXだが、実現までの道のりは決して平坦ではなく、むしろ難産だった。長くなるが、TXを取り巻く環境をまず整理しておこう。
戦後復興が一段落した1950年代後半、東京は人口が急増して過密が都市課題として浮上した。政府は首都機能を分散することで東京一極集中を緩和することを検討し、東京近郊に研究機関・学術機関の移転を模索する。その有力候補として現在のつくば市が選ばれ、約2700ヘクタールにも及ぶ広大な筑波研究学園都市の建設が開始された。
研究機関・学術機関を集めるといった趣旨もあり、当初はお世辞にも交通アクセスが優れているとは言い難かった。筑波研究学園都市を目的地とする人の多くは学者・研究者に限られていたから、東京からの公共交通は高速バスで十分と認識されていた。
また、東京と筑波研究学園都市の途中に大きな都市がなかったことも鉄道整備は過剰という認識を強くさせていた。そのため、新たに鉄道を建設する計画が立ち上がっても具体化することはなかった。
筑波研究学園都市に大きく関与した都市基盤整備公団(現・都市再生機構)が策定した筑波研究学園都市の計画書などを見ると、交通面に関しては常磐線の土浦駅を中心にした道路の新規建設や改良などが中心になっている。そして、土浦駅からの移動はあくまでも自動車・バスがメインとされていた。
このような経緯で誕生した筑波研究学園都市は大きな求心力を発揮し、周辺にも大きな波及効果をもたらしていく。
政府が重い腰をあげた
さらに追い風となったのが、1978年に開港した新東京国際空港(現・成田国際空港)だった。日本の新たな玄関口を担う新東京国際空港は筑波研究学園都市からも近く、それは研究機関・学術機関からも歓迎される。
1985年には国際科学技術博覧会(科学博)が開催されて、これも筑波研究学園都市の発展を促していく。同時に周辺自治体の都市化も促す効果を伴った。
科学博は多くの来場者が見込まれていたことから、既存の高速バスや常磐線では輸送力が不足すると事前から予測されていた。しかし、つくば科学博のためだけに新たな鉄道路線を建設することは難しかった。
そこで、常磐線の牛久駅―荒川沖駅間に臨時駅の万博中央駅を開設することで凌ぐことになる。万博閉幕後、同駅の跡地は再整備されて新たにひたち野うしく駅として供用されて現在に至っている。
ひたち野うしく駅は実質的に筑波研究学園都市の最寄駅として機能することになるが、同駅から筑波研究学園都市までの徒歩移動は難しく、バス利用が前提になっている。乗り換えの手間などを考慮すると、アクセスに優れているとは言い難い。そうした思惑から、利便性の高い鉄道を求める声が強まっていく。
茨城県内では、科学博の開幕前後から新たな鉄道建設を模索する動きが出ていた。しかし、茨城県という一自治体だけで新線を建設することは荷が重かった。政府が重い腰をあげるのは、科学博が盛況に幕を閉じ、筑波研究学園都市が開発見込みの立つ有望なる地へと変わりつつあったことが大きい。こうして常磐新線という名称で、新線計画が本格的に始動した。
大きな恩恵を受けたのは…
こうしてスタートした常磐新線の計画は、外野が思うほど順風満帆には進まず、運行事業者として名乗りをあげていたJR東日本が手を引くなど、紆余曲折もあった。
特に建設資金や安定的な運営をするための収支といった、金銭面による部分は大きな壁になっていた。
開業してしまえば建設資金の負担はなくなるが、ランニングコストは半永久的に発生する。不採算路線を新たに建設するわけにもいかず、需要を増やす施策を打ち出さなければならない。そこで政府は、宅鉄法という特別措置法を制定して計画・建設を推し進めた。
同法は強制的に沿線開発を進める法律で、TX以外の鉄道建設にも適用できるのだが、現在まで適用されたのはTX一例のみで、実質的に同鉄道のためだけに制定されたと言っても差し支えない。
国による側面的な支援も取り付けて開業したTXは、事前の不安要素を一掃して沿線自治体の人口・経済・産業を飛躍的に活性化させた。
TXの開業で、特に大きな恩恵を受けたのが千葉県流山市だ。流山市は“母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。”をスローガンに掲げ、子育て支援を充実させてきた。
また、ファミリー層が購入しやすい手頃な価格で戸建住宅が購入できるという不動産的な強みもあった。こうした要因から流山市は、子育て世帯に支持されて人口を増やしていく。
それまでの流山市は鉄道ネットワークが脆弱だったため、子育て世帯への訴求力が弱かった。TX開業前の流山市は、市内から東京方面へと通勤するのに総武流山電鉄(現・流鉄)に乗車し馬橋駅から常磐線に乗り換えるか、東武鉄道野田線で柏駅まで移動して常磐線に乗り換えるルートが一般的だった。
これでは東京までの通勤が一苦労になり、いくら子育てに適した戸建て住宅が手頃な価格で購入できる環境でも、簡単には手を出しづらい。そうした事情は、TXの開業によって一変した。そして、流山市の躍進は近隣自治体の関係者たちを刺激することになり、それがTX信仰の素地になっていく。
“TX信仰”の7市
TX信仰を顕著に表しているのが、茨城県小美玉市を中心に結成されたTX 茨城空港延伸議会期成同盟会に加盟する7市だ。小美玉市は茨城空港が所在する自治体だが、茨城空港は近年の訪日外国人観光客の増加を受けて首都圏第3空港の役割を担うようになっている。
茨城空港は東京からの距離が近いものの、空港に連絡する鉄道路線がない。小美玉市はそうした不便を解消することは茨城県全体、ひいては東京・埼玉・千葉といった広大なエリアにも恩恵があると主張した。小美玉市は近隣自治体と連携して、空港への連絡鉄道を建設するように呼びかけた。
小美玉市にはJR常磐線が走り、羽鳥駅も設置されている。本来なら、小美玉市としては羽鳥駅に接続するように空港連絡鉄道を建設するのが理想だろう。しかし、空港からの距離や利便性までを踏まえると、隣接する土浦市の土浦駅に空港連絡鉄道を建設する方が合理的だろう。土浦駅は常磐線の特急列車も停車するので、東京圏からの利用者を呼び込みに絶大な効果を発揮する。
小美玉市は常磐線よりもTXに期待を寄せ、期成同盟会の7市とともにつくば駅からTXの線路を茨城空港へ延伸させることに力を注いでいる。
TXより常磐線の方が茨城空港の近くを走っているので、その分だけ工費・工期は短くなる。そうした要因を小美玉市は一顧だにしなかった。昨今、建設資材も人件費も高騰していることを考えると、線路の建設距離が短くて済む常磐線につなげる方が得策のように思えるが、TXの名称を冠したことからも窺えるように、あくまでも期成同盟会はTXの誘致という目標を崩さない。
恩恵に与りたい?
期成同盟会が立ち上がった当初、筆者は期成同盟会者や茨城県の関係者にも取材を試みたが、それら関係者からTXを誘致する決定的な理由を聞くことはできなかった。
それでも関係者の話を総合すると、TXを誘致する狙いは経済的にも産業的にも勢いのあるつくば市とつながることで、その恩恵に与りたいということが伝わってきた。そうした思惑は近隣自治体の気持ちを反映していると思えるが、茨城空港の利用者目線で考えると、話はまた違ってくる。茨城空港利用者の多くは東京から短時間でアクセスできる点に魅力を感じることだろう。わざわざ、つくば市に寄り道したいと考える利用者がどれほどいるのか?それでも、関係者たちはTX誘致という初志貫徹を崩さない。
つくば市は、今回の国勢調査で県都・水戸市の人口を上回って県内一の人口を擁する自治体になった。その躍進を支えているTXは、以前から東京駅までの延伸計画が取り沙汰され、それは確定的とされる。
地方の救世主になったTXにあやかろうとする自治体は少なくない。つくばエクスプレスの快進撃は、どこまで続くのか?
小川裕夫/フリーランスライター
デイリー新潮編集部
