若手社員の離職率の高い会社がある。ブラックならまだしも、定年まで勤められるようなホワイト企業も例に漏れない。現場で何が起きているのか。人材マネジメントに詳しいグローネクサス代表の小出翔さんは「一面的な理由ではない。そうした会社では人事制度が行き詰まり、組織の負のスパイラルが始まっている可能性が高い」という――。(第1回/全5回)

※本稿は、小出翔『誰もが成長し活躍する会社のしくみ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

人材不足の真因は「スキルのミスマッチ」

採用難、離職率の高さ、社員の高齢化……。

なぜ、人手不足は解消されないのか?

この問いを、皆さんはどう考えるでしょうか。本当に「人がいない」のでしょうか。それとも、「今、必要なスキルを持った人がいない」のでしょうか?

「社員はいるはずなのに、新しいプロジェクトを任せられる人が見つからない」
「DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進したいが、必要な知識を持った人材が社内にいない」

多くの企業が直面する真の課題は、単なる頭数の不足ではありません。「人はいるが、必要なスキルを持った人がいない」という状況、すなわち「スキルのミスマッチ」です。

写真=iStock.com/FatCamera
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FatCamera

■変化のスピードに追いつかない日本企業

背景には、かつてないスピードで進むビジネス環境の変化があります。

現代は、VUCA(ブーカ:変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれています。テクノロジー、とくにAI(人工知能)の進化は驚異的なスピードで進み、ビジネスモデルも顧客のニーズも絶えず変化しています。

このような環境下では、企業が競争力を維持するために必要な「スキル」もまた、急速に変化し、陳腐化していきます。昨日までの専門知識が、明日には通用しなくなるかもしれない。

私たちは、そんな「スキルの賞味期限」が短くなる時代を生きています。

たとえば、データ分析やAI活用といった新しいスキルへの需要は爆発的に高まっていますが、その供給は追いついていません。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の調査(2024年度)でも、DXを推進するうえで、こうした新しいスキルを持つ人材の「量」と「質」の不足が最大の課題として挙げられています(*)。

*独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「デジタル時代のスキル変革等に関する調査(2024年度)全体報告書」

この変化のスピードに、企業の人材育成や採用のしくみが追いついていない。これこそが、人手不足感が解消されない根本的な原因です。

■人事の現場と負のスパイラル

「スキルのミスマッチ」という課題に対して、日本の企業が長年採用してきた人事制度は、残念ながら有効に機能しなくなりつつあります。あなたの会社では、次のような“負のスパイラル”が起きていないでしょうか(図参照)。

日本企業では人事制度の行き詰まりにより、「負のスパイラル」が発生している。出典=『誰もが成長し活躍する会社のしくみ』(プレジデント社)

① 硬直的な評価制度により、従業員の納得感を欠き、意欲が低下
② 評価への不満から、成長意欲の高い優秀な人材が社外へ流出
人材流出と意欲低下により、社内の次世代リーダーが枯渇
④ 変革が停滞し組織は硬直化、市場での競争力が低下

これらは、私がこれまで多くの企業の人事コンサルティングの現場で目の当たりにしてきた、「現場の痛切な叫び」でもあります。

人材マネジメントのOSをアップデート

私はこれまで、デロイト トーマツ コンサルティングにて14年間、そしてグローネクサスにて1年間、様々な業界の大企業から官公庁、自治体まで、のべ120社(団体)、500万人に及ぶ方々の人材マネジメント改革を支援。人事・組織改革の戦略策定から実行まで、文字通り「人」に関するあらゆる課題解決に伴走してきました。

とくに近年は、デジタル時代の人材育成やリスキリング(学び直し)の分野に注力しており、経済産業省・IPAが策定した「デジタルスキル標準(*)」の策定支援にも携わってきました。

*デジタルスキル標準(DSS):DXを推進する人材の役割や習得すべきスキルを定義したもの

多くの企業が、従来の人事制度の行き詰まりに悩む姿を現場で目の当たりにする中で、私は1つの確信に至りました。現代のビジネス環境の変化に対応するためには、人材マネジメントのOS(オペレーションシステム)そのものをアップデートする必要がある、と。

■「メンバーシップ型」の限界

これまで日本企業の多くは、「メンバーシップ型」と呼ばれるしくみを採用してきました。新卒を一括で採用し、職務(ジョブ)を明確に限定せず、様々な部署を経験させながら長期的に育成するというものです。

かの松下幸之助氏が「事業は人なり」と述べたように、人を大切に育て、組織への帰属意識とチームワークで勝つという考え方は、高度経済成長期における日本の競争力の源泉でした。

しかし、変化が常態化し、高度な専門性が求められる現代においては、その限界が露呈しています。「何を専門としているのか」「どんなスキルを持っているのか」が曖昧になりがちで、適材適所の配置や、個人の専門性に対する正当な評価が難しくなっています。

写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■「ジョブ型」の落とし穴

この状況を打破すべく、近年は「ジョブ型」マネジメントを導入する企業も増えています。

これは職務の内容や責任範囲を「職務記述書(ジョブディスクリプション)」で明確に定義し、その職務を遂行できる人材を配置する考え方です。しかし、ここにも大きな落とし穴がありました。

「ジョブ(職務)」という単位は、変化の激しい現代においては硬直的すぎます。導入時に詳細な職務記述書を作成しても、半年後には現状と乖離(かいり)してしまうかもしれません。

また、職務を厳密に定義しすぎると、「これは私の仕事ではありません」というセクショナリズムが生まれたり、部署を横断するような人材配置が難しくなったりと、かえって組織の柔軟性を損ねてしまうケースも散見されます。

■「スキル」を基準にするスキルベース組織

メンバーシップ型では曖昧すぎ、ジョブ型では硬直的すぎる。私たちは、この難局をどう乗り越えていけばよいのでしょうか。

小出翔『誰もが成長し活躍する会社のしくみ』(プレジデント社)

その答えの1つが、「スキルベース組織(Skills-based Organization)」という新しいアプローチです。人材マネジメントの基準を、曖昧な「人」そのもの(メンバーシップ型)や、硬直的な「職務」(ジョブ型)に置くのではなく、より柔軟で可視化しやすい「スキル」に置くという考え方です。

「スキルベース組織」という言葉を、初めて耳にする方も多いかもしれません。

しかし、これは決して机上の空論ではなく、今、世界中で急速に広がりつつある人材マネジメントの大きな潮流です。とくにアメリカのHR(人事)分野においては、2026年現在、最も注目されている概念の1つといっても過言ではありません。

■国内外の企業が続々採用…

変化への対応力と組織の機動性を高めるため、多くの先進企業がすでにこのアプローチを取り入れています。

たとえば、グローバル消費財メーカーのユニリーバは、部門の仕事がプロジェクトやタスク単位に細分化され、社員は自身の持つスキルに基づいて、部門の壁を越えて柔軟に配置されるしくみを導入しています。

Googleでは、多様なスキルを持つ社員が異なる部署でも活躍できるよう、プロジェクトベースでスキルを発揮できる体制を早期から整えてきました。

また、IBMは、体系的なスキル開発プログラムを提供し、社員がスキルセットに応じてキャリアを選択できる環境を整備しています。

このスキルベース組織の波は、日本にも確実に押し寄せています。先進的な日本企業も、従来の制度の限界を打破すべく、スキルを基軸とした人材マネジメントへの変革に着手し始めているのです。

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小出 翔(こいで・しょう)
グローネクサス代表取締役
デロイト トーマツコンサルティングでの14年間のコンサルティング業務において、様々な業界の大手企業から官公庁、自治体まで、のべ120社(団体)500万人の人材マネジメントを支援してきた“人事戦略のプロ”。独立・起業後も、大手電力・製薬・素材業や金融業等にて人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。経済産業省・IPAへの、デジタルスキル標準策定の支援経験もあり、デジタル時代の人材・リスキリング分野に特に強みを持つ。
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(グローネクサス代表取締役 小出 翔)