JRT四国放送

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2025年一年の県内の出来事を、映像とともに振り返る「プレーバック2025」。

今回のテーマは「人」です。

活躍した人、印象に残った人、そしてこの世を去った人。

「人」をたどり、2025年を振り返ります。

2025年6月、県内初の快挙を果たしたのは、藍住町出身・嘉重春樺選手25歳。

ハンガリーで行われた柔道の世界選手権に日本代表として出場すると、見事、世界選手権で優勝という偉業を成し遂げました。

(世界選手権優勝・嘉重春樺 選手(25))
「もっと結果を出し、オリンピック出て、お世話になった人に恩返ししたいと思っている」

同じく日の丸を背負い世界に挑んだのは、女子マラソンの小林香菜選手24歳。

9月に東京で行われた世界陸上選手権の日本代表に選ばれました。

(世界陸上に出場・小林 香菜 選手(24))
「しっかりと強い選手と戦って、笑顔でゴールできて、やりきったと思えるレースにしたい」

そして、小林選手は世界の強豪相手に、日本人最高となる7位入賞の快挙を成し遂げました。

(世界陸上で7位入賞・小林 香菜 選手(24))
「終わってみれば楽しさや達成感でいっぱい、苦しい分、嬉しさも大きいなと思っている」

すでに、2028年のオリンピックに向け、走り出しています。

同じく陸上の棒高跳びで活躍を魅せたのは、阿南光高校3年・井上直哉選手。

県総体で、県記録となる5m21㎝を跳び、大会3連覇を果たしました。

(阿南光高校3年・井上直哉 選手)
「ずっと目標だったので、県記録を超えることが、大舞台でちゃんと決めきれたことがよかった」

井上選手は、インターハイでもさらに記録を更新し、全国優勝しました。

10月、牟岐町出身のフラメンコ舞踊家・小島章司さんの公演が、徳島市で行われました。

フラメンコの本場、スペインで長年活動してきた小島さんの圧巻のパフォーマンスで、詰めかけた800人を魅了しました。

(フラメンコ舞踊家・小島章司さん(86))
「みんなありがとう!」
「徳島県の友達とか牟岐からもいっぱい来てくれて、同級生もいてびっくりした」

(記者)
「徳島で公演をしてよかったか?」

(フラメンコ舞踊家・小島章司さん(86))
「みんなに会えてよかった」

ふるさと徳島の地に、情熱のダンスが刻まれた瞬間でした。

“小島さんの旅は、まだまだ続く”

池田高校出身・TkLeoさん19歳。

三好市の魅力を世界に発信しようと、豊かな自然や日常の風景をビートにのせて全身で届けます。

(三好市の魅力をラップで発信・TkLeoさん)
「確かに不便だけどでも、私たちにとってはこの町こそが、とても魅力ある素晴らしい場所」

そんな「町」を日々守っているのが警察。

2025年、小松島警察署で四国初となる女性署長に、三浦充代署長が就任しました。

(小松島警察署・三浦充代 署長)
「署長としての私の願いをお話します、それは皆さんが幸せであることです。すべての職員が公私ともに幸せであることを願っています」

つるぎ町で毎年夏に開かれる西瓜コンクールでは、佐藤茂夫さん77歳に密着。

30年以上連続で出品し続ける大ベテランですが、最も優れたスイカに贈られる賞「県知事賞」はとったことがありません。

佐藤さん、2025年こそは受賞なるか・・・。

その栄光は、別の男性の手に。

佐藤さんの順位は21位と、悔しい結果になりました。

(佐藤茂夫さん)
「(ショックで)心に空洞ができました。上には上がおる」

そんな厳しい現実の世界の中、漫画のような勝ち上がり方をしたのが、阿南市の岩浅晴くん。

小学3年生にもかかわらず、高学年選手を次々と倒し、全国大会に出場しました。

(徳島剣清塾 小3・岩浅晴くん)
「高校も大学も、大人になってもずっと剣道して、日本一になれるように頑張ります」

(大田正 元県知事)
「県民のみなさんとともに、どうしても実行していきたい。体を張って命がけで改革に取り組んでいきたい」

10月30日、元県知事の大田正さんが、病気のため82歳で亡くなりました。

大田さんは旧東祖谷山村の出身で、公共事業の見直しなどを公約に掲げ、半世紀続いた保守県政の流れを変えた「革新系知事」として注目を集めました。

11月には徳島市出身の中国残留孤児、烏雲さん、日本名・立花珠美さんが、87歳の生涯を終えました。

烏雲さんは、2歳の時に旧満州へ移住するも、戦争で家族と死別。

中国で教師として活動したのち、中国内モンゴル自治区で植林活動を行うなど、長年にわたり日中友好に大きな役割を果たしました。

(中学生)
「争いのない平和な世界を作っていくために、烏雲先生は何が大切だと思いますか?」

(烏雲さん)
「日本と中国、この2つの国でいろいろありましたが、これから平和で末永く、平和で仲良くできるよう、みなさんに託したい」

今も烏雲さんは、平和な世の中を願い、それを守っていくことのできる一人一人の力を信じていることに違いありません。

(横石知二さん)
「これからの上勝町の将来を考えた場合は、外からどんどん人に来てもらう。人もそうだし、観光的なものもそうだし」

8月8日、上勝町の葉っぱビジネス事業を成功させた横石知二さんが、すい臓がんのため亡くなりました。

66歳でした。

横石さんは、上勝町内でとれる葉っぱを日本料理の季節感を演出する「つまもの」として出荷する「葉っぱビジネス」を地元の農家4人とスタートさせ、株式会社いろどりを設立。

上勝町と「いろどり」の名を全国に広め、その活動は映画にもなりました。

(いろどり農家・針木繁美さん(78))
「長い間お世話になりました、それだけ。もう言葉は出ません」

(横石知二さん)
「人がたくさん来ていただけるような、すばらしい景観に作り上げていけたらいいなと思う。わくわくするね!はっはっは」

上勝、徳島を元気にした横石さんの挑戦し続ける姿は、心に残り続けます。

そして12月23日。

海陽町出身、「ジャンボ」の愛称で知られるゴルフ界のレジェンド、尾崎将司さんが亡くなりました。

78歳でした。

海南高校野球部のエースとして甲子園に初出場、初優勝した尾崎さんは、西鉄ライオンズに入団するも、1970年にプロゴルファーに転身。

12度の賞金王や、前人未到のプロ通算100勝を達成するなど、その偉業に県民栄誉賞が贈られました。

男子ゴルフ界に数々の金字塔を打ち立てたジャンボ尾崎のプレーは、永遠にファンの心に刻まれます。

夢を追いかけた人、日々の暮らしを支えた人、誰かの希望になった人、2025年一年もたくさんの「人」との出会いがありました。

2026年も出会いに恵まれた、よい一年となりますように。