HOME STUDIO DIVE IN 01 : 安眠のための音楽を開発する異業種ユニット「codomo 1997」
実験的に始まったギズモードの新企画「HOME STUDIO DIVE IN」。ギズモード読者にもたくさんいるDtmerの中から、特にプロとして活躍する方々のスタジオにお邪魔して、お話しも聞いていきます。
今回お邪魔したCOMODOは、雑誌「ブルータス」の映像BGMなどを担当するトラック制作ユニットだ。なにをかくそう、AlexはDJとして活動しながら歯科医、藤巻氏はプロの作曲家として映画音楽などを制作しながらもYoutuber、と本業が別れる異業種交配ユニットでもある。そんな二人がどんなきっかけで出会ったのか。藤巻氏のハウス・スタジオで話を聞いた。
COMODOの結成と音楽の特徴
──'24年夏にリリースされたCOMODO 1997の「Wet Milky Strawbelly」、聴かせていただきました。大きな音だと昼間の野外で踊りたくなるような曲たち。でも、小さな音で流すとモンド・ミュージック的にも聴こえてしまう。すごくおもしろいスタンスの作品だと感じました。
Alex:iPhoneでもテレビでも聴けるようなミックスしてるし。COMODOって名前自体はよくCODOMOと間違えられるんですけどね(笑)。まあ、それもいいかと。
──たしかに親子でも楽しめるような音選びでもある。
Alex:COMODOって音楽用語で“ゆったり行く”みたいな意味もあるみたいだし。
藤巻:Alexくん、一緒に作ってるとよく「これじゃ普通だ」って言っていますが。
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──そもそもいつ頃、結成したんですか?
藤巻:1年、ぐらい前ですよね。
──あ、つい最近なんですね。
Alex:あるとき僕がブルータスという雑誌の仕事を受けたんです。クラフトビールの本のCMの音楽。いつものようにAKAIのMPCで作ってAbleton Liveでまとめたんですけどね。それがバズって本がすごく売れて「次もおねがいします」ってことになった。でもyoutubeで聴いたら音がスカスカに感じられて。もっとちゃんとミックスしなければと考えて「そういえば藤巻くん、DTMマガジンで書いてたよな」って思い出したんです(笑)。
藤巻:DTMマガジンは18年ぐらい書いてましたからね。
──藤巻さんは長年、バリバリに音楽の仕事をされてますよね?
藤巻:劇伴(ドラマや映画の音楽)の仕事が多いんですけどね。最近だとTVアニメの『神之塔 -Tower of God-』とか。あと今年で20周年を迎える楽天イーグルスの球団歌(!)を作詞・作曲・制作で参加したりしています。今回はスペシャルバージョンでサンドイッチマンさんなどに歌ってもらって。
出会いと再会:二つの音楽人生が紡ぐ旅
──お2人の交流はいつごろからなんですか?
藤巻:初めて会ったのは24年前です(笑)。
Alex:青山のエム・イン・フランスっていうフランスのレコード専門店で。ピチカート・ファイブの小西康陽さんも買ったりしていたフレンチ好きのたまり場だったんです。その後一緒にライヴに行ったりはしてたけど、音楽をやろうって話にはならなかったんですよね。
──24年前に知り合って結成は1年前。だとしたらそのミッシングリンクを埋めてもらえます? それぞれの音楽との出会いから始めて。
藤巻:僕は小5で「YMO、すごい!」って思った世代です。ピアノはずっとやってて中学の時、吹奏楽部の顧問がRolandのテープ・コンテストで優勝するぐらいの先生だったんですよ。その先生の家でシンセを触らせてもらったりしてました。
──そういう先生がいるって、やはりYMO時代だったんですかねー。
藤巻:高校ではYAMAHAのMSXで打ち込みを始めて音大へ。面接の時デモ・テープを用意していったんです。それを講師だった難波弘之さんに聴かせたら「あ、使えますね」って言われて(笑)。
──入試でデモを聴かせるというのも斬新だし、すでに仕事であるかのように「使える」と返す先生も先生だ(笑)。
藤巻:そこでは野呂一生さんからギターを、成瀬喜博さんからベースを、服部克久さんや羽田健太郎さんから作曲を習いました。
──海外でブームになった「CITY POP」を録音した伝説のミュージシャンたちですね!
藤巻:卒業後は音楽プロダクションに入ってCMの音楽などを始めました。それが'90年代半で。
──ちなみに当時はどんな製作環境で?
藤巻:最初は会社が買ってくれたAPPLEのPOWERBOOK 5300cs(同シリーズ第1世代)でした。まだ音は録れなかったんでAlesisのADATとついないで。ミキサーはYAMAHAの01。サンプラーはAKAIのS3000やS3200を使ってました。
──Alexさんはどんな来歴なんですか?
Alex:僕は中3でターンテーブルを買って、高校からDJを始めました。ドクター・ドレとかが出てきたころでヒップホップ中心に。ただ函館にすごいレコード屋さんがあって、そこでヒップホップ以外のいろんな音楽も知ったんです。立花ハジメさんの「Bambi」と出会ったのもそこ。あのハービー・ハンコックをサンプリングした‥。あとプラスチックスを好きになったのもその店のおかげで。オーナーからいろんなものをもらったんですよね。「これ、東京行ってかけて」って。
──実際、東京でかけた?
Alex:はい。飛び込みで渋谷のクラブに行って、やらせてもらったら好評で。当時からヒップホップにモンド系とか色んな要素をまぜてたんで。で、あるときクラブでプラスチックスのトシさん(中西俊夫)に「DJ、いいね」って言われたんです。それからは週3ぐらいでトシさんちにおじゃまして、そこで色んな人と知り合うことになりました。テイ・トウワさんとか、フミヤさんとか。
──おっと、そんな方々と! とはいえAlexさんは現在、歯科医ですから医大から始まる経歴もあるわけですよね?
Alex:大学を出て勤務医になったあとも週末はDJやってました(笑)。卒業して数年後、ちょうどフレンチ・エレクトロが流行ってね。僕はDJ MEHDIが大好きで自腹で呼んで、その時のパーティーは終わってても誰も帰らないほど盛況でした。同じ日に別の場所でまだ無名だったスティーヴ・アオキも回してました。
異なるバックグラウンドが織り成す音
──かたや音楽製作の王道、かたやど真ん中のクラブ・ミュージック体験、というかんじだったんですね。今、そんなお2人が一緒にやるようになった。どんな風にコラボしていくんですか?
藤巻:僕はわりと受け身なんですよ。彼はやりたいことがハッキリしてるんで。
Alex:DJの経験からこんな曲にしたい、っていう構想は頭の中にあるんで、たとえば「ドラムはこういう感じで」っていうサウンドのイメージから伝えていきます。
藤巻:それを僕が形にして「これがしっくりくる」というところまでいったら次はベースなりに行く。もし思ってるパターンと違うと「違う音を入れて」とかなりますが。
──リズムから入ることが多いんですか?
Alex:変なループから始めることもあります。きっかけはそれで、出来上がったところでルームを抜いたりとかも。完成したあとでそこからズラしていくこともあるし。あと、友達が来たんで急遽録音したらそれがすごく良かったり。あまり決まった形では作らないですね。
──そうか、ゲストミュージシャンもいるんですね。
藤巻:スチャダラパーでギター弾いてるKASHIFさんなんかが参加しています。
──多くの場合、DTMって1人でやる場合が多いじゃないですか。それを2人で、というのはどんなメリットがあるんでしょうね?
藤巻:僕は、音楽は1人で作れる、と自負しております。でも1人だと「まとめよう、まとめよう」って方向になりがちなんですね。だけどAlexくんがいると「なんだ、それ?」みたいなかんじで斜めからのボールが飛んでくる。それを受けて形にする快感があるんです。
Alex:で、完成すると2人で大爆笑。クライアントからはやりすぎって言われてボツになった曲もありますけどね。
藤巻:とにかく彼はめっちゃめっちゃレコード持ってるんですよ。コレクター並みに。それを聴き込んでいるんでアイデアがハンパない。
──クライアントからオーダーを受けての制作だと「これは〇〇みたいなかんじで」みたいに注文されたりすることはないのですか?
藤巻:その場合はその〇〇を聴けば言わんとすることは分かりますからね。クライアントさんが100%OKっていう音を作る自信はあるんですよ。でもAlexくんは自分が想像つかないアイデアを持ってくるんで。
──自分が想像つかないもの、って当然自分の中からは出てきませんからね。対してAlexさんから見た藤巻さんは?
Alex:僕はとにかくクセのある曲が好きで、自分だけで作ると一般の人には分からない(笑)。その点、藤巻くんはちゃんと音楽を知っている。
──ポップス・レベルでの伝え方も知ってる的な?
Alex:はい。あと、ミックスのバランス。出したいところをちゃんと出してくれる。MPCは全部の音がまとまって出てくる所がヒップホップ的でかっこ良かったけど、今の時代は全部の音がちゃんと聴こえるのも大事なんで。
──そのためにはどんな工夫を?
藤巻:iZotopeのOZONEのAIも使いますよ(笑)。ミックスでバランスがちゃんと整っていれば、けっこういいかんじになるんで。あと僕は、常にTC Electronicの外付けラウドネス・メーター(CLARITY M)を見てるんです。
──ミックス〜マスタリング時は?
藤巻:自分が好きな音楽を聴くときも。
──あ、普段から!
藤巻:あれで分析するクセがついてるんです。「ピアノは18LUFS以上つっこむと音が割れちゃうんだ。だから坂本(龍一)さんもこれ以上入れなかったんだ」とか。僕はNew Jeansが好きなんですけど(笑)、そこでもキックとベースのバランスとかを学んでいるんです。
Alex:あのへんの音を作っている人たちは僕らと同じ世代なのかも。「次はドラムンベースやりたいね」って言ってたらすぐ先にやられたりして(笑)。
──朝起き
Alex:よくレコードを1曲何10秒か試聴できるみたいの、あるじゃないですか。あれをバーッと聴いていい奴はぜんぶ買う。ヒップホップだけじゃなく日本の古いものとかも。テイ・トウワさんもそれをやってるらしい。
──そこはストリーミングですませないんですね?
Alex:買えばDJで使えるんで。
新たな挑戦:安眠のための音楽
──ところで今、新たなジャンルの音楽製作にチャレンジしてるって話を聞きました。安眠のための音楽、でしたっけ?
藤巻:自然音とサイン波で脳波を誘導する、という。
──サイン波、なんですね。
藤巻:(スマホで再生しながら)ちゃんとステレオで聴くと効果的なんですが。
──よくスピ系で〇〇Hzがどうのってありますけど、より科学的なものなんですかね?
Alex:論文はいっぱい出てるんです。筑波大に論文書いた人にも会いにいきました。
藤巻:Alexくんは日本睡眠学会にも入ってるんで。
──歯科医だけじゃない?
Alex:睡眠の専門医でもあるんです。
藤巻:彼の話を聴いていたら「ああ、こういうことか」ってちょっと理解できたんです。筑波大では言及されてなかった部分で。
──ヘーっ。
藤巻:たとえばミッシング・ファンダメンタルっていうものがある。隣り合わせの倍音を同時に鳴らすと基音が鳴る、という。
──スピーカーやストリーミングの再生保証値の範囲なら?
藤巻:いや、あくまで脳内で錯覚される擬音のようなものなので実際の可聴範囲は関係ないんです。だから、ストリーミング配信などで帯域が制限されたりすることもない。
──そんな技術があるんですか!
Alex:そういったテクニックも使って、入眠までの時間も考えて曲のサイズを決めて。
藤巻:これ、作ってると自分が寝ちゃって作業が捗らない(笑)。それほど眠くなる音響なんです。
Alex:日本ってめちゃくちゃ睡眠障害の人が多いんですよ。そこで生産性が下がっている気がする。だからこれは喜ばれるんじゃないかと。
──日本人の生産性効率が下がっているみたいな考察もありますよね。それでも世界規模ではまだまだ勤勉な方かもしれませんが。
Alex:睡眠の問題さえクリアー出来れば残業なんていらなくなるんじゃないか、って思ってます(笑)。そこは睡眠学会が国に言ってることなんですけどね。
──ここへきてお2人の来歴が、作品上でも深く融合しつつあるかんじですね。
Alex:どっか宇宙で繋がってたんですかねえ(笑)。