退職金と年金で十分な「めったにない恵まれた世代」もあったが…「老後資金苦の世代」にとっての〈お金の新常識〉【元キャリア官僚の助言】
かつて日本人はほとんどリスクを負うことなく、資産を銀行に預けるだけで高金利の恩恵を受けていました。日本人がノーリスクな銀行預金に慣らされた結果、「投資は怖い」と腰が引けてしまう人も少なくありません。しかし、そもそも完全に「ノーリスク」でお金を殖やすことなど、できないことをご存じでしょうか。本記事では、我妻佳祐氏の著書『金融地獄を生き抜け 世界一簡単なお金リテラシーこれだけ』より、分散投資の重要性について解説していきます。
「銀行に貯蓄しておけば大丈夫」というリスクのある考え
リスクが現実のものになれば暮らしが危うくなりますから、できるだけそれを低くする工夫をしなければいけません。そこで大事なのが、リスクを「分散」させることです。
銀行預金や労働も含めて、あらゆる投資にはリスクがあるので、投資先をひとつだけに絞るのはよくありません。「これは絶対に安全だ」と信じていても、どんな不運に見舞われてダメになるかは誰にもわからないのです。揺るぎなく安定しているように見える大企業も例外ではありません。日本を代表する大企業だった日本航空(JAL)の株式も紙くずになってしまいました。
そんな事態に備えて、ひとつがダメになっても別のところである程度までカバーできるよう、投資は複数に分けて行うべきです。それが、「分散投資」と呼ばれる手法。投資のリスクを減らすための基本中の基本です。
いま仕事で十分な収入を得ている人は、資産所得のことなど考えず、とりあえず銀行に貯蓄だけしていれば大丈夫だと思うかもしれません。たしかに、元気に働けるあいだはそれでも問題はないでしょう。
しかし分散投資の考え方からすると、これではリスクに対する備えが不十分です。労働という投資だけに頼っていると、なんらかの事情で仕事ができなくなったときに、それをカバーできません。労働の対価としての収入をすべて投資で賄うのはかなり難しいとはいえ、資産所得を増やしておけば、次の仕事を始めるまでのつなぎにはなります。
それに、会社や役所などで働く給与所得者(いわゆるサラリーマン)のほとんどは、いつか定年を迎えます。再雇用や再就職でしばらく仕事を続ける道もありますが、それでもやがて「体という資本」からお金を生み出せない年齢を迎えることになります。
その後、年金が入ってくるとはいえ、それだけで生活していける人は多くありません。
長生きするほど生活は苦しくなる
2019年には、「老後資金2000万円問題」が話題になりました。発端は、金融庁の金融審議会 市場ワーキング・グループがまとめた「高齢社会における資産形成・管理」と題した報告書です。その中で「老後20〜30年間で約1300万〜2000万円が不足する」という試算を発表したことで、人々のあいだに不安や不満が広がりました。「そんなに用意しなければ暮らしていけないのか……」「そもそも年金が少なすぎる!」というわけです。
もっとも、定年のない自営業やフリーランス(自由業)の人はサラリーマンに比べると長く自分の体でお金を生むことができますから、誰もが老後までに2000万円を用意せねばならないわけではありません。
そういう個別の事情を無視して一律に論じてしまった点で、この発表はいささか乱暴だったと思います。
しかし、経済の低迷によって、退職金の額は昔よりも減りました。その一方で、寿命は昔よりも延びています。高度経済成長期は退職金と年金で亡くなるまでの期間をそれなりに過ごすことができていましたが、いまはそれだけでは足りなくなることも十分に考えられるでしょう。長生きすればするほど、生活が苦しくなるということです。
そんな将来に備えるために、現役でバリバリ働いて稼いでいるうちから、別の形でも「稼ぐ」ことを考えておくべきです。とはいえ、その時期は住宅ローンやこどもの教育費などで出費がかさむ人が多いので、貯蓄だけで老後資金を捻出するのは容易ではありません。だからこそ「老後資金2000万円問題」で慌てる人が多かったのです。
高度経済成長期の日本は、「労働」と「貯蓄」だけでお金のことはなんとかなる社会でした。でも、それは決して当たり前のものではなく、むしろめったにない恵まれた時代だったと思ったほうがいいでしょう。
本来は、労働と貯蓄だけではなく、資産所得を増やせる金融商品にも分散投資するのが、お金の使い方の「常識」なのです
我妻佳祐
マネックスライフセトルメント代表取締役