意外と知らない、「定年後」幸せに働いている人の「仕事の特徴」
年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。
10万部突破のベストセラー『ほんとうの定年後』では、多数の統計データや事例から知られざる「定年後の実態」を明らかにしている。
定年後に幸せに働き続けられる「仕事の要件」
定年後に幸せに働き続けている方々の仕事の特徴を考察してみたい。
まず当然のことながら、家計経済の観点からすれば現実問題として仕事を通じて一定の経済的なゆとりを確保することは必要不可欠である。日々の支出を賄えるだけの収入を得られることは仕事をするうえでの絶対条件であるから、個々人の家計状況と相談しながら必要な金額を稼げる仕事が良い仕事の大前提となる。
そのうえで、定年後の豊かな仕事として、比較的多くの人が共通して言及していた事項をまとめていくと、概ね以下のようになる。
・健康的な生活リズムに資する仕事
・無理のない仕事
・利害関係のない人たちと緩やかにつながる仕事
第一に、健康的な生活リズムに資することである。多くの方から頻繁に出てきた要素として、仕事を通じて起床や就寝の時間が安定して生活リズムが整うということがあげられる。
これはおそらく定年前の人も潜在的には意識しているのだろうが、定年後の就業者は加齢に伴う自身の健康への課題感の高まりもあって、それをより強く意識している様子がうかがえた。仕事に限らず、何かしらの日課があることが日々の健康な生活につながる。定年後も働き続けている人には、仕事を通じて生活リズムを整えているのだという発言が多々見られた。
体を動かすことへの言及も多かった。佐藤さんの事例にもあるように、仕事やプライベートを通じて毎日一定の歩数を歩くことを大切にしている人は多い。歩くかどうかにかかわらず、家の外に出る機会として仕事を利用している人もあった。定年後の就業者は、仕事を通じて生活リズムを整え、健康的な生活を実現する手段として仕事を活用している。
第二に、無理のない仕事である。おそらく定年後の仕事を考える上で最も重要な考え方がこの「無理のない仕事」だろう。つまり、過度なストレスがない仕事が好ましいということである。先述のとおり、厚生労働省「労働安全衛生調査」によると、仕事上のストレスの原因は多い順に、仕事の量、仕事の失敗・責任の発生、仕事の質、対人関係などと続く。定年後の就業者はこれらの仕事のストレス要因を意図的にコントロールしている様子がうかがえた。紹介した7人の事例でも、管理職の要請を断った山村さんや補助運転手の仕事を進んで引き受けている森永さんをはじめ、多くの人に類似した発言が確認される。
ストレスに対するスタンスは、定年前と定年後で明らかに異なる。
定年前の就業者であれば、自身の成長のために、多少無理をしてでも仕事の量や質、責任などを追い求める傾向がある。もちろん、定年後の就業者も、仕事において成長を求めていないわけではない。しかし、彼らは仕事で過度なストレスが生じるのであれば、あえてその仕事を拡大させるような行動は取らないことが多い。
このような行動の違いを引き起こす要因は何か。加齢に伴う体力や気力の低下といったことも要因の一つとしてあるだろうが、最も強く影響しているのはやはり経済的な事情の違いだと考える。つまり、定年前の就業者は必要となる日々の収入水準が高いため、多少無理をしてでも大きな仕事を取りに行く必要に迫られる。しかし、定年後の就業者は必要となる収入水準が低いため、過度なストレスが生じるのであれば無理をして仕事を行う必要まではないと判断し、そのような仕事を避ける傾向にある。
第三に定年後に幸せに働き続けるための要件としてあげたいのは、利害関係のない人たちと緩やかにつながる仕事である。孤独は人の幸福度を下げると言われているように、生活を営む上で人とつながることは重要である。この点、定年後の人たちにとって、仕事を通じて人とのつながりを持てることは、幸せに生活していくうえで重要な要素となっている。
しかし、人とつながればなんでも良いというわけではない。定年後の仕事として望ましいのは、「利害関係のない人たち」と「緩やかに」つながる仕事であると考える。つまり、「利害関係のある人たち」と「強固に」関わる仕事は望ましくないということである。その典型としてあげられるのは、一般企業の職場で発生する強固な上下関係を含むつながりや強い利害が絡む顧客などとのつながりである。
これらは仕事上互いに強い利害関係が発生することから、一定の緊張感が生まれる。また、簡単に絶つことができない強固なつながりは、良好な関係を築き続けなければならないという義務感に通じ、時に閉塞感を生じさせる。
このようなつながりを持つことが悪いと言っているのではない。大きな規模の仕事をこなそうと思えば、どのような組織にあっても、密接な人間関係やそれに伴う政治的な活動が必然的に生まれる。大きな組織をまとめ上げ、高い成果を出すために、良き政治を行うことは必要不可欠なものである。
実際に、定年前の仕事において、大きな仕事をうまく乗り越えたときの達成感を口にする声も多くあった。しかし、定年後の就業者の話を聞いていると、定年後においてはもはや人間関係に大きなストレスが伴う仕事の仕方を、人は望んでいないのではないかと感じるのである。
一方で、定年後に幸せに働き続けている人は、利害関係のない人たちとのつながりを持っていた。さらに、それはいつ解消しても構わないような緩やかなつながりであった。事例においては、施設利用者との会話を楽しんでいた山本さんや、同僚との日々のコミュニケーションに楽しみを見出していた森永さんなど、仕事を通じて利害関係のない人たちと緩やかにつながることが、定年後の幸せな生活に寄与していた。顧客や同僚との関係であっても、その関係性が緩やかなものであれば、良質なつながりになるということだろう。
最後に、定年後の望ましい仕事には以上のような要件がみられることは確かであるものの、これはあくまでも傾向であるということに留意しておきたい。
坂田さんの定年直後の経験を見ているとわかるが、定年後も現役時代と全く変わらない働き方を続けたいという人がいる。そして実際に、彼女の場合は自己評価だけが高いわけでなく、仕事に関する能力も高い水準を維持し、管理職としてではなくプレイヤーとして現役世代の方々と変わらない成果を残していた。
私の知る限り、こうした事例はどちらかといえば少ないほうである。また、定年直後はそうであっても、歳を重ねるにつれてやはり無理のない働き方を好む形に移行していく傾向もある。ただ、彼女の事例は、定年後の仕事の全体的な傾向を押さえておくと同時に、定年後の雇用においては、個々の従業員の多様性に十分に配慮しなければならないことを教えてくれる。
いずれにせよ、定年後の仕事の傾向としては、概ね健康的な生活リズムに資すること、過度なストレスがないこと、利害関係のない人たちと緩やかにつながることの3つが幸せな働き続けるための仕事に必要な要件だと考える。
定年後の仕事をこれまでのキャリアの延長線上で考えることは適切ではない。現在の家計の状況を踏まえつつ、かつ現役時代の仕事を通じて形成されてきた先入観や社会通念にとらわれず、自分自身の現在の幸せにかなう仕事を選んでいくことが大切なのだと思う。
つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。