中国・反スパイ法施行から10年…今も帰国できない日本人も「このままでは誰も中国に行かなくなる…」
中国で反スパイ法が施行されてから11月1日で10年となる。この10年間で少なくとも17人の日本人が反スパイ法に違反したとして拘束された。最近では、2023年3月に製薬大手のアステラス製薬の日本人男性が、中国での任期を終えて帰国しようとする当日に中国当局に拘束されている。
中国で働く全ての外国人がターゲットになる不安
また、日本人だけでなく韓国人も反スパイ法によって拘束された。10月29日、中国外務省は半導体関連の企業で働いていた50代の韓国人男性を反スパイ法違反容疑で逮捕したと明らかにし、韓国メディアは「2023年7月に改正反スパイ法が施行されてから初めて韓国人が逮捕された」と報じた。
一方で、中国当局は拘束された人物が具体的に何をしていたのか、どのような行為がスパイ行為にあたったのかを一切公表していない。この為、中国で働く外国企業の人々の間ではさらに不安や懸念が広がっている。
「韓国政府は積極的に交渉に乗り出さなければならない」
中国で勤務する韓国大手メディアの記者は、韓国人が初めて逮捕されたことについて「中国の反スパイ法は中国との関係が良くないとされる日本やアメリカ、イギリス、カナダなど西側の強国を狙うものと推測されてきたが、この予想は外れていた」と分析する。
――韓国人が初めて逮捕された背景には何があった?
今回、韓国人が初めて逮捕された件を見ると、中国が半導体に関して韓国の高い技術を持つ人材を中国に誘致するため、ある程度自制していた慣例が事実上破られたと言える。改正反スパイ法が施行された初期には、海外の学者や外国メディアは、この法律が中国と関係が良くないとされた日本やアメリカ、イギリス、カナダなどの西側の強国を狙うものと推測されていたが、この予想は外れていた。また、半導体の最先端技術において中国が韓国に対する依存度が下がった影響もあるとみられる。
――拘束された韓国人に対してはどのように対応すべき?
中国では裁判に数年掛かり懲役10年以上が言い渡されるケースも珍しくない。この為、韓国政府は積極的に交渉に乗り出さなければならない。
「恣意的な判断」による懸念
中国で日系の大手企業に勤務する日本人男性は、反スパイ法がビジネスに与える影響について懸念を示す。
――現在、中国でどのようなビジネスをしていますか?
市場の変化に適切に対応できるよう、我々の仕事の一つに中国における販売状況や景況感を日本に正確に報告しなければならないというのがあります。その景況感を調べる中では中国の色々な方にお話を伺います。具体的には中国の有名な企業のCEOの方と話をして、今の中国を理解する貴重な情報をもらう時もあります。しかし、昔であれば問題なかったと思うことも反スパイ法が出来てからは、果たしてこれは“機密”にあたらないのか、この話を日本側に伝えていいのかと思うようになりました。企業の方が大丈夫と思って話された情報が、当局の恣意的な判断によって拘束されてしまうというリスクが現在はあると思っています。
――中国で働くことは他の国よりも難しい?
ビジネスという点ではどの国よりもスピードが速く、技術、個人のスキルが一番成長できる国だと思っています。一方でこの反スパイ法を始めとする環境が、心理的なプレッシャーとなっているのは事実だと思います。
――反スパイ法は日中間のビジネスに影響を与えている?
ビジネスの基本は人対人なので、例えば一緒に食事をしたりお酒を飲んだりして関係性を築くというのは大事でこれは今後も変わらないと思います。ただその中でこれまでは踏み込んで聞けていた情報というのが、後から当局に指摘されてしまうことのリスクを意識するようになりました。
――日本人が拘束されていることについてどう思う?
日本人が拘束されているというのは、中国で働いている私たち日本人にとって心理的な障壁になっています。私たちが気を付けることは、ビジネスのパートナーとして仕事をする中国企業がどういう会社なのか、国営企業なのかそうでないのか、会社のオーナーはどういう人物なのか、例えば軍人出身ではないのか、そういうことをしっかりと調べた上でお付き合いを進めていくということが大事になります。
――ビジネス上で困惑した話などはありますか?
聞いた話として、今になって昔の税金の支払いが徴収されているというのがありました。その時に問題なく会計処理されていたものが、今になって5年前、10年前の税金を払って下さいと突然通知が来て徴収されるという話です。これは非常に怖い話で、当時は問題なかった関係性や話した内容が今になって問題とされ、ある日突然拘束されるということに繋がるのではと危惧してしまいます。また、中国での任務を終えて日本に帰ったビジネスマンが数年経ち、再び中国にやって来た際に拘束されてしまうのではという怖さもあります。一方、中国にいる以上はここで利益を出さなければならないので、不必要に委縮するのではなく「正しく恐れる」という姿勢でビジネスをやっていきたいと思っています。
「このままでは誰も中国に行かなくなる…」
中国共産党のトップとして異例の3期目に入っている習近平氏。習政権は国民にスパイ行為の報告を奨励するなど「国家安全」を極めて重視している。
これにより外国人だけでなく、外国人と繋がりのある中国人も監視されるようになり、その結果、中国ではビジネスだけでなく観光客や留学生などの国際交流においても影響が出ている。
実際、10年前にはアメリカからの留学生は約1万5000人いたが、2023年には350人まで減っている。
現在、日本政府は中国に対してビザ免除措置を求めているが、政府関係者は「今の状況のままでは仮にビザが免除になっても一部のビジネスマン以外、誰も中国に行かないのでは」と指摘する。ある日系の会社では中国勤務を希望する社員は年々減り続け、また本人が希望しても家族からの反対にあうケースが増えているという。
「国家安全」という名目のもと統制がますます強まる中国。反スパイ法で拘束された17人の日本人のうち、今も5人は帰国できていない。
【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】