「なぜ企業は大胆変革できない?」経営学者の視点
「ベンチャー企業の成長過程」と「宗教団体の成長過程」は、実に似た部分が多い(画像:Rawpixel/PIXTA)
「宗教」と「優れた企業経営」には実は共通点があり、「現代の強い企業」は、いい意味で「宗教化」していく。
それらの主題をもとに、世界の宗教事情に精通したジャーナリストの池上彰氏と、『両利きの経営』の解説者で早稲田大学教授の入山章栄氏が語り合った『宗教を学べば経営がわかる』が発売された。
同書を再編集しながら、「宗教」と「優れた企業経営」を理解するうえで最重要理論のひとつ「エコロジーベースの進化理論」を紹介しつつ、「『なぜ企業は大胆変革できない?』経営学者の視点」について入山氏が解説する。
*この記事の前半:スタートアップは「マイルドなカルト集団」なのか
「エコロジーベースの進化理論」ってなに?
前回の記事でも述べたように、企業や宗教団体が成長・進化していくプロセスを解き明かす「経営学の理論」が「エコロジーベースの進化理論」である。
ノースカロライナ大学チャペルヒル校の経営学者ハワード・オルドリッチなどを中心にして打ち立てられてきた理論で、実際の経営学の英語では、たんに「evolutionary theory(進化理論)」と呼ばれることが多い。
なぜ私が「エコロジーベースの」という言葉を加え「エコロジーベースの進化理論」という造語にしたかというと、それはこの理論が、生物生態学を参考に作られているからである。
経営学には、生物生態学のアナロジーを企業分析に応用する領域があり、生態系における生物進化の過程のように、「特定業界のベンチャー企業も一定のプロセスで進化する」とみなすのである。
生物の特徴のひとつは、生物は一度生まれると死ぬまでDNA配列(ゲノム)を変えないことにある。
一度生まれ落ちた生物には、生きている間に大きな突然変異は起こらない。オタマジャクシは必ずカエルになるのであり、オタマジャクシが急にトカゲになることはない。
これを企業にたとえると、「一度生まれた組織は、ある程度その形が形成されると、以降その本質は大きく変化できない」ことになる。
実際、企業組織には硬直性があり、企業内のビジネスのやり方には慣性(学術的には「inertia」という)がある。
したがって、一度生まれた企業が業態を大胆に変え、まったく違う業種に変わるのはきわめて難しいのだ。
自動車メーカーが、銀行業で成功することは非常に難しい。スーパーマーケットが飛行機を作るのも不可能に近い。
このように企業をひとつの硬直性のある「生物種」と捉えると、「ダーウィンの進化論」が応用できることになる。
結果、業界内における「企業進化のプロセス」が見えてくるのである。
それは「VSRSプロセス」と呼ばれ、次の4つのフェーズに分かれる。
【「VSRSプロセス」のフェーズ1】「多様化」(Variation)
まず1つめは、突然の環境変化などによって、多様な生物種が生まれるフェーズである。
たとえば地球の歴史上では、5億4200万年前から5億3000万年前に発生した「カンブリア大爆発」などが典型だ。
最近のビジネス界でいえば、インターネットの普及でグーグル、アマゾン、ネットフリックスなど、爆発的な数の新しいビジネスが生まれたり、スマートフォンの普及によりおびただしい数のアプリのベンチャー企業が登場したことが該当する。
2023年から世界的に注目されている生成系AI技術は、いま世界でAI関連ベンチャー企業の「カンブリア大爆発」を引き起こしている最中といえる。
【「VSRSプロセス」のフェーズ2】「選択」(Selection)
2つめは、多量に生まれた生物種の中で、時の環境に適応したわずかな種だけが自然界に選ばれ、生き残るフェーズだ。それ以外の種は淘汰される。
たとえば首の長いキリンは、アフリカの草原で高木のアカシアの葉を食べることができた(アカシアは栄養価が高い)。
他にアカシアを食べることができるライバル種がいなかったので、キリンは現代まで生き残ったという説が根強い。
アフリカの環境に、キリンは選ばれたのである。
企業でいえば、多様な技術・アイデア・ビジネスモデルの中でも、顧客ニーズなど時のビジネス環境にマッチした企業だけが選ばれ、他は淘汰されていくということだ。
生き残った企業は「社会的正当性」を得ていく
【「VSRSプロセス」のフェーズ3】「維持」(Retention)
一定の自然環境の中で生き残った生物種は、そこで維持され、我が世の春を謳歌するのが3つめのフェーズだ。
企業でいえば、その市場環境にマッチして生き残り、「社会的正当性」を得た企業は業界の主力企業となり、業績も向上する。
ベンチャー企業の「社会的正当性」の獲得は、たとえば株式の市場公開(IPO)という形で結実する。
【「VSRSプロセス」のフェーズ4】「苦闘」(Struggle)
しかし、やがて環境は変化する。生物はDNA配列を変えられないので、環境変化に適応できず苦闘し、場合によっては死滅する。それが最後の第4フェーズだ。
たとえば、「マイマイガ」という蛾の一種がある。
産業革命以前のイギリスでは、豊かな林の中などで目立たない明るい灰色のマイマイガだけが、鳥からの捕食を逃れていた。
しかし18世紀後半の産業革命以降のイギリスは大気汚染がひどく、マイマイガがとまる建造物の壁などが黒色になり、むしろ明るい灰色は目立つようになった。結果、明るい灰色のマイマイガは捕食されるようになり、消えていったのである。
企業も同様だ。環境が大きく変化すると、苦闘の時期を迎える。
それまで快適だったビジネス環境に慣れており、そこで「社会的正当性」を得てきたからこそ、自らが大きな変化をすることは難しい。
やがて、淘汰される企業も出てくる。
どんな企業も宗教団体も、最初は「カルト」「セクト」
前回の記事から見てきたように、「ベンチャー企業の成長過程」と「宗教団体の成長過程」は、実に似た部分が多い。
どんな企業も宗教団体も、最初は「カルト」「セクト」なのだ。
やがて、その時の社会環境にフィットした特徴を持ち、「社会的正当性」を勝ち得た企業・宗教団体だけが生き残り、最盛期を迎える。
しかし環境が大きく変化すると、やがてそれまでのフィットや正当性が逆に災いし、苦闘していくのである。
このように、企業の進化を説明する「エコロジーベースの進化理論」の視点を通すことで、さまざまなベンチャー企業や宗教団体が、いまどのような状況に置かれているかも、理解しやすくなるはずだ。
特に現代は、環境や価値観の変化が激しい。
この理由で特に昨今は、急成長したベンチャー企業や宗教団体でも苦境に陥りやすいのかもしれない。
*この記事の前半:スタートアップは「マイルドなカルト集団」なのか
(入山 章栄 : 早稲田大学ビジネススクール教授)