日本人男児刺殺から1か月…中国で広がる不安「なるべく日本語話さない」
日本人の男子児童が男に刺されて亡くなる事件から1か月が過ぎた中国。各地の学校では警戒が続いています。現地の日本人からは、身を守るために「刃物を握れる手袋を買っている」などと、不安や怒りの声が上がっています。
◇
22日朝、中国・北京市内では雨の降る中、学校に通う地元の子どもたちの姿がありました。しかし、その周囲には…
長谷川裕記者(NNN北京)
「小学校の前に警備員が立っています。パトカーもとまっています」
北京市では今、小中学校や幼稚園で厳重警戒が取られています。
この措置のきっかけになったとみられるのが、約1か月前、深センで日本人の男子児童(10)が男に刃物で刺され死亡した事件です。
地元警察は44歳の男を拘束。日本側は動機など事実の解明を求めていますが、中国側からは詳しい説明は一切なく、日本人を狙った犯行かどうかも明らかにされていません。それでも、この事件は現地の日本人社会に暗い影を落としています。
◇
渡辺容代記者(NNN上海)
「元気な声が響いています。土曜日の午前中なんですが、上海にある少年野球チームが練習を行っています」
子どもたち
「がんばっていくぞー!」
日本人の小学生を中心に約30人が所属する上海の少年野球チーム。子どもたちは大きな声を出しながら、元気に練習をしていますが…
「トイレ行く人〜!」
「はーい」
事件以降、グラウンドは施錠し、子どもや女性がトイレに行く際は、男性が付き添うなど対策を強化したといいます。子どもたちも、グラウンドの外では…
日本人小学生
「ぺちゃくちゃしゃべってると日本人だと思われる。だからなるべく日本語をタクシーではしゃべらないようにしている」
──なんで
日本人小学生
「なんで? 日本人を嫌ってる人もいるから」
チームに通わせる保護者も、複雑な心境を明かします。
保護者
「一応、鍵のかかるグラウンドですけど、行きもタクシーでここに来るので、それまでの間に(何かあったら)と考えて躊躇(ちゅうちょ)することはあります」
日常生活を送りながらも、ぬぐいきれない不安。
被害に遭った児童が通っていた深センの日本人学校では、先週、登校が再開されましたが、徒歩での通学は控えさせていて、通学を怖がる児童らのためオンライン授業も併用しているのが現状です。
そうした中、日本政府も問題視しているのが、中国のSNS上の悪質な投稿です。
「小学校から高校まで日本人学校の生徒は数千人もいる」
「いつでも我々の情報を海外に流出させることができる」
「日本人学校はスパイを養成している」といった、事実無根のこうした投稿が、事件の引き金になったのではとの見方も出ています。
深センの日本人学校に子どもを通わせる保護者は…
深セン日本人学校の保護者
「国際学校に通う児童に対する誤った情報の流布は、児童虐待です」
◇
私たちが話を聞いた上海で子どもを育てる親たちも、SNSの投稿のほか景気の悪化に不安を感じていたといいます。
小学生の母親
「(SNSで)『日本人学校だけ治外法権だ』とか、日本人学校を悪く書いている動画が、けっこうアップされていた。(中国)景気悪くなっている、リストラもすごく多い。(事件発生の)いろんな条件が重なったなと思いました」
小学生と中学生の母親
「まわりの中国人のお友達に『早く逃げなさい』と言われていた。『経済しばらくよくならない、きっとよくないことが起こるから』と」
事件後は、子どもたちに日本語を外で使わないように指導したり、ランドセルの使用をやめさせたりする保護者も多いといいます。
小学生の母親
「今までは近かったので、自分で習い事にも歩いて行かせていたけど、今は怖いから送り迎えしています」
さらに、万が一のための対策も…。
小学生と中学生の母親
「刺されても大丈夫なもの(ベスト)を検索し始めたりとか、刃物を握れる手袋を買っている方も実際にいます。自分の身は自分で守らなきゃという、一番最悪なパターンを考えている人もいれば、もうちょっと落ち着いていこうという、いろんな意見があるから、(情報に)流される人は本当に心がおかしくなると思う」
一時帰国の費用を出すとしている企業もあるといいますが…
小学生の母親
「無差別な事件は日本にいても起きるし、アメリカでも銃で撃たれるかもしれない。どこに行ってもあるから、そういう話なのか、日本人だから狙われるのかで、だいぶ印象が違う。日本人だから、中国にいて狙われるんだとしたら、一刻も早く帰りたい。でもそうじゃないんだとしたら(帰らなくても)一緒」
事件の背景が明らかにされない中、不安と闘いながら中国で子育てをする親たち。子どもたちの安全を確保しながら、成長の場をいかに守るか。日本人社会では手探りの対応が続いています。
現在の状況について、国際部の近野宏明解説委員に話を聞きます。
──事件から1か月が過ぎても、いまだに中国側が動機や背景について明らかにしないのはなぜなのでしょうか。
中国がなぜ明らかにしないのか、その理由自体もはっきりしませんし、だからこそ日本政府も再三説明を要求しています。
ただ先週行われた日中の会談では、中国側が司法手続きが進んだ段階で、事件について説明する意向を示したということです。普通に考えると当然の話なのですが、中国としてはやや珍しい対応で、日本側の不信感にわずかながらも配慮したかたちにも見えます。
とはいえ、深センの事件の背景がはっきりしないことは何も変わりないんですね。だから日系企業の中には家族の一時帰国を余儀なくされたり、場合によっては中国での企業活動を縮小するといった議論も出始めています。
今、中国は経済の低迷が深刻で企業に撤退されると困るので、こうした動きに拍車をかけたくない狙いもありそうですが、ならばとにかく、即時の情報開示が不可欠です。