2024年6月、平壌で朝ロ首脳会談が行われた際のプーチン大統領(左)と金正恩総書記(写真・Anadolu/Getty Images)

北朝鮮がウクライナに軍隊を派遣しているという指摘が出ている。2024年10月15日、ウクライナの国営ウクルインフォルム通信は「北朝鮮の兵士3000人がすでにロシア軍の複数部隊に所属している」と報道した。10月17日にはウクライナのゼレンスキー大統領が、EU(欧州連合)首脳会議の場でウクライナ諜報機関からの情報として、「ロシア軍は1万人の北朝鮮兵士を動員する準備を進めている」と述べた。

日本の『防衛白書』によれば、北朝鮮の陸上兵力は約110万人で、歩兵中心であり、その3分の2を韓国と対峙するDMZ(非武装地帯)付近に展開している、と説明している。日本の自衛隊員数は約25万人であり、1万人となれば、各国軍では師団級の派遣となる。事実であれば、けっして小さくはない規模の派遣となるが、その真偽はどうなのか。

10月18日には、韓国の情報機関・国家情報院が「北朝鮮が特殊部隊4個旅団、1万2000人の派兵を決定、移動に着手した」と明らかにした。ロシア出身で世界的に著名な北朝鮮専門家である韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は、ウクライナから発信される情報をどう読み解いているか。

すでに北朝鮮軍将校は派遣

――ウクライナ大統領自ら「北朝鮮派兵」について言及し始めました。

正直に言えば、現段階で派兵しているのかそうではないのかは、「よくわからない」と答えるほかありません。しかし、時が進むにつれて派兵する可能性は高まっていると言えます。

朝鮮人民軍の将校らが実際に派遣されてから、すでに数カ月経っています。派遣された基本的な理由は、海外に軍需物資や武器を輸出する際、武器を輸入する側に武器の使用方法を教える必要があります。実際の戦場で使用するとなれば、その武器の長所・短所が何なのかを評価する必要も出てきます。

さらに、ウクライナ戦争は世界で数十年前から見られなかった、2カ国が大規模で行っている本当の戦争です。当然、軍事専門家を送ることができる国はすべてリアル・ウォーを目の当たりにできるチャンスになります。

――兵士も実際に派遣される、あるいはすでに派遣されたのでしょうか。

一般兵士が派遣される、されたことについては疑わざるをえない部分もありますが、可能性はあります。

まず、ロシアの立場からみてみましょう。北朝鮮軍をウクライナ戦争に派遣するということは、とてもよいアイデアです。ロシア国民に戦争を意識させない、すなわち「戦争が行われている」ことを実感させないようにできます。

現段階で、ロシアの国民の大部分は戦争を支持し、反対はしていません。しかし、プーチン大統領が再び動員令を発令すれば、2022年冬の時のように若者を中心に反政府感情が高まり、海外へ逃げる人たちも増えるでしょう。

また、金を受け取ってでも戦場に行こうと思う人たちを動員することが、このままではますます難しくなります。そのため、北朝鮮軍兵士を使うということは、ロシア軍の兵力枯渇という状況を解決するための方法となります。

外貨稼ぎ、技術移転狙う北朝鮮

――北朝鮮とロシアは2024年に首脳会談を行うなど、関係を深めていますね。

北朝鮮の立場からみてみましょう。北朝鮮には、軍隊を送る理由も送らない理由もあります。

北朝鮮が派兵すれば、金を稼ぐことができます。現在、ロシア国籍の兵士の月給は約2000ドル程度です。入隊する際に1万ドルから2万ドルのボーナスも支給されます。

北朝鮮兵士にはこの金額の半分、あるいは3分の1が支給されるとしても、彼らにとっては大金です。もちろん、彼らが受け取る額の半分以上は国家に献納されます。派兵は兵士にとっても国家にとっても金を稼ぐ方法になります。


アンドレイ・ランコフ/1963年、旧ソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード国立大学を卒業後、同大学院の博士課程を修了。金日成総合大学に留学した経験もある。母校やオーストラリア国立大学などで教鞭をとった後、現職。著書に、『平壌の我慢強い庶民たち』『スターリンから金日成へ』『民衆の北朝鮮』『北朝鮮の核心』など邦訳も多数(写真・ランコフ氏提供)

――北朝鮮製の兵器を送る、あるいはロシアから軍事技術を移転する可能性も取り沙汰されています。

そうですね。軍事技術の移転という問題もあります。ロシアは北朝鮮に軍事技術の移転を行っているようです。しかし、ロシアが移転したくない技術も当然あります。北朝鮮はロシアの兵力不足を解決してあげる代価として、ロシアが本当は移転したくない技術、あるいは北朝鮮にとって必要だがなく、ロシアが持っている技術を受け取る可能性もあります。

また、軍事的経験を得るということも重要でしょう。軍隊にとって実戦経験というのは貴重な財産です。北朝鮮の金正恩総書記は人民軍部隊をウクライナの戦場に送るとすれば、その貴重な経験を得られます。

――北朝鮮軍を派兵しない可能性としては、どのようなものが挙げられるでしょうか。

派兵しないという理由は多くはありませんが、確実に存在します。最も重要な理由は、北朝鮮が鎖国政策をとっているということです。

北朝鮮指導部は、自国の国民が外国の生活がどのようなものかをよく知らないままにすることが、国内の安定に寄与するということを十分に知っています。

しかし、兵士を海外に送れば北朝鮮国内では可能な組織生活・集団生活がきちんと行われない可能性が出てきます。海外への派遣労働者を監視することさえ、簡単なことではありません。戦場で兵士を監視することは、それ以上に難しくなるでしょう。ウクライナ軍のほうに寝返る兵士さえ、出てくるかもしれません。

また、北朝鮮兵士が海外に行くことで、もし自分が海外にいればどのような生活が送れるかを考えるきっかけになり、実際に見て、体制に対する不満が生じるということも考えられます。一般の兵士だけでなく、将校にもそういうことが出てくるでしょう。

――北朝鮮がウクライナへ派兵する可能性、しない可能性、どちらもあるということですね。

現段階では、冒頭で述べたように、北朝鮮がウクライナへ派兵する可能性は高いが、より具体的な報道と証拠が出てくることを待つ必要がある、ということです。

【解説】北朝鮮の現在の内部事情は

北朝鮮とロシアとの関係をみると、経済的な交渉の内容は具体的な中身まで発表されることがあるが、軍事的な交渉やその内容については「交渉をした」ということは明らかにされるものの、具体的な内容が一切出てこないのが通例だ。

2024年6月に訪朝したプーチン大統領と、金総書記は新たな同盟関係を象徴する条約も締結し、関係強化が確実なものになった。実際に「今の朝ロ関係は最上のもの」という指摘も、北朝鮮国内から聞こえてくる。

ランコフ教授が指摘しているとおり、北朝鮮がウクライナの戦場に自国の兵士を送る可能性が高まっているように見えるが、一方でウクライナの大統領が述べたほどの規模で送ることができるのかを判断するのは、まだ時期尚早と考えられる。

北朝鮮から聞こえてくる情報を総合してみると、いくら110万人規模という、周辺国からすれば大人数の兵士がいたとしても、「実際に海外へ派遣できるのか」という声が強い。

というのも、北朝鮮兵士の多くが、労働者として国内の経済建設など、非軍事分野に駆り出されているのが現状だからだ。

軍を経済分野の労働者として派遣するということは、北朝鮮では従来から行われてきたことだ。これまでもあらゆる住宅や工場建設といった経済プロジェクトの現場では兵士たちが働いている。

「北朝鮮に頼むときはロシアが負けるとき」

2024年に入ってはとくに、金総書記が地方経済の成長を掲げ「地方発展20×10」という政策を実施している。これは地方での工場建設拡充を目指すもので、さらなる兵士たちが駆り出されている。

さらに現在は農業での収穫時期に当たり、これにも軍隊が駆り出されて最大限の穀物生産を図ろうと懸命の状況だ。

軍事大国のロシアが、そこまで北朝鮮人民軍を必要としているのかについては、ランコフ教授も需要と供給の関係からその可能性を指摘している。一方で、「ロシアが大量の弾薬や兵士を送ってほしいと言ってくるなら、それはロシアがウクライナに負けるときではないか」という声も聞こえている。

仮に北朝鮮軍が大規模に派兵されて実戦経験を積めば、それは戦力の増大につながりうる。東アジアの安全保障にも少なからず影響を与えるものとなる。

石破茂首相は日朝関係の改善も掲げている。ウクライナや韓国から流れる情報に左右されない総合的な情報分析力を持って、これら情報を読み解くことが重要だ。

(福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト)