10月8日、東京地裁716号法廷に現れた色白の美女は両脇を刑務官に囲まれ、無表情で腰を下ろした。丸眼鏡の奥の瞳は、感情を押し殺すように前を見据えている。目鼻立ちは整っているが、くたびれたTシャツは1年半余にわたる勾留の長さを物語っていた。

【画像】「ルフィ」グループで美貌の“エリート姫”として重用された寺島春奈(29)

 この日行われたのは、渡辺優樹(40)を頂点とする特殊詐欺組織“ルフィグループ”のメンバー寺島春奈(29)の公判である。

 1995年、長野市に3人きょうだいの末っ子として生まれた寺島。祖父、父は共に教員を務めた地元の名士だった。中学時代はソフトテニス部に所属していたが、その生活は次第に荒れていく。不良とつるみ始め、進学した市内の高校を中退すると、キャバクラ嬢として働き始めた。その後、寺島は詐欺グループのメンバーとして犯罪に加担していく。

警視庁の調べに対し犯罪への関与を否定

 昨年5月24日午後3時半、フィリピンから成田空港に男女4人が降り立った。胸元に薔薇の花弁が施されたオーバーサイズの黒色パーカーを目深に被った寺島は終始俯き、細く整った眉を時折、不機嫌そうに動かした。 

 同日、警視庁捜査2課は寺島ら4人を窃盗容疑で逮捕。2019年6月から11月にかけて、警察官らを騙って東京都の女性2人に「口座が不正に残高照会されている」などと嘘の電話をかけ、キャッシュカード計8枚や現金計150万円を盗むなどしたという。その後、寺島は窃盗や詐欺で5回の再逮捕、追起訴を経て、現在東京拘置所に勾留されている。

「逮捕後、彼女は警視庁の調べに対して黙秘を貫き、その後は『事件については知らずに電話をかけていた』と犯罪への関与を否定していました。今回、こうした寺島の主張を崩すため、検察側の証人として呼ばれたのが、現地で一緒に暮らしていた犯行グループの元女性メンバーX子でした」(社会部記者)

 開廷から約2分後、囚人服姿のX子が入廷し、証言台の前に置かれた長椅子に座る。2019年、X子は「リゾートのアルバイト」を募集していたツイッターで詐欺グループのメンバーと知り合い、同年11月2日にフィリピンに渡航。時を前後して寺島もフィリピンに渡航していた。詐欺グループの幹部を通じて知り合った2人は同部屋で暮らし、共に詐欺に手を染めてきたという。自戒を込めて語られるX子の証言からは、組織内で美貌の“エリート姫”として寺島が重用され、深く詐欺に傾倒していく様が仔細に浮かび上がった。

「日本で受け子をしていた女だ」幹部から寺島を紹介された

 マニラ市内にあるウエスト・マカティ・ホテル。2019年当時、渡辺らが現地の実業家から約7億円で購入する契約を結んだとされる詐欺の拠点だ。渡航当日、同ホテル7階に連れて行かれたX子は「大石」と名乗る幹部を紹介された。不安に苛まれながら「フランスの音楽院に行くためにお金がほしくてやってきた。20万〜50万円はほしい」と話すと、大石はこう言い放った。

「それなら、1カ月で稼げる。俺たちは犯罪者だから。クズだから!」


渡邉祐樹容疑者(フィリピンの現地メディア「GMA news」より)

 その日、「青木」という偽名を与えられたX子は、その翌日「春日井」と名乗る細身の美女を紹介される。その女性こそ、同時期にフィリピンに渡航した“新入り”の寺島だった。そのとき、X子はメンバーにこう伝えられたという。

「春日井は日本で受け子をしていた女だ。だから、“わかっている”」

 階下の殺風景な一室。その日を境に2人は同室で寝食を共にし、昼間は詐欺に手を染めるようになる。

「これは掛け子の業務報告をするためのものだから」

 大石から2人に手渡されたのは、秘匿性の高いアプリ「テレグラム」がインストールされた携帯電話だった。細分化された組織の中で、彼女たちが所属していたのは「ST箱」「シークレット担当」と呼ばれていた。支給される生活費は、週5000ペソ(約1万円)。組織の中では「週給費」と呼ばれ、週の始まりに手渡しでメンバー全員に支給されたという。

「うまくいかなかったら水着で出勤しろ!」

 X子は証言台で次のように語る。

「私はこれからどういうことをするのだろうとわからなかったので不安になっていたんですが、春日井さんはおおらかにしていた。だから、彼女は『何をやるのか』、わかっているのだろうと思っていました」

 翌4日早朝、幹部は掛け子が一堂に会した朝礼で2人をメンバーに紹介した。

「今日から新人として入った青木と春日井だ」

 そこでX子と寺島は2台目の携帯電話と共に、紙の束を手渡される。

〈こちらは、警視庁公安課の◯◯です。捕まった犯人の所有物からあなたの銀行キャッシュカードから現金を引き出している形跡がありました〉

 掛け子が高齢者に電話をかける際の事例が書かれた詐欺マニュアルである。

「それを見て、高齢者相手に騙しの電話をする仕事なのだと思いました。マニュアルは春日井さんも受け取っています」(X子)

 その日、X子は詐欺グループ内で寺島が厚遇されている現実を垣間見る。X子に背を向ける形で座って、電話をかける寺島の隣に張り付き、手法を伝授する男。付きっきりで詐欺を仕込み、エリートとして育成していく意図を感じたという。だが、彼女たちは同時に恐怖と金に支配された環境に身を置くことになる。

「明日詐欺がうまくいかなかったら水着で出勤しろ! 成功したら10万円やる」

 寺島らの歓迎会を開いた幹部は、そう命じたという。

寺島は「『一緒に頑張りましょう』という感じだった」

「それが嫌で、私は翌日頑張って初めて詐欺を成功させました。キャッシュカードには1日100万円の出金限度額があるので、1日に引き出せなかったお金は翌朝に引き出すことになる。それを『朝出し』と言っていました」(X子)

 掛け子の報酬は、騙し取った金の4%。また、詐欺総額が月1千万円を超えると、全員に50万円のボーナスが配られたという。

「報酬はストックしていって、必要があるときに申請します。大石からテレグラムで『いくら必要か』と聞かれ、日本円で受け取っていました」(X子)

 検察から「被告側は『犯罪組織かはわからず、電話していた』と主張しているが」と問われたX子は、次のように証言している。

「彼女は『一緒に頑張りましょう』という感じだった。(犯罪行為を)わかっていた感じです」

マニュアルに書かれていない手法の詐欺

 X子の証言が浮き彫りにするのは、詐欺グループが寺島らに詐欺の“英才教育”を施し、彼女たちが積極的に関与していく様子だった。当時、彼らが得意としていたのが「現金キャッチ」と呼ばれる手法である。

「『キャッシュカードとは別に現金は家にありますか?』と尋ねて『金は偽札である可能性がある』と伝え、R(日本にいる受け子)が現金を持って帰る手法です」(X子) 

「現金キャッチ」は、前述したマニュアルに書かれていない。X子と寺島は幹部から「経験者から方法を聞いてこい」と言われ、掛け子の先輩に近付き、電話のやり方を学んだという。日本にいる受け子が現金を受け取る一部始終を目の当たりにすると、大石から「2人もこれができるようにやってほしい」と言われ、報酬を握らされたという。

 11月13日午前、ついに寺島は詐欺の月額1000万円を達成。大石が「おめでとう!」と寺島を労っていたころ、ホテル周辺は途端に物々しい雰囲気に包まれた。同日午後、フィリピンの入管当局は特殊詐欺に関わった容疑で日本人36人の身柄を拘束したのだ。

掛け子としての黒いキャリアを重ねた寺島

「半分の人が拘束された。私と春日井さんは解放されましたが、パスポートは没収されてしまった。その日、春日井さんと一緒にタクシーに乗って(入管当局に)見つからないように南へ向かいました。辿り着いたホテルで1週間何もしないで過ごして、その後『また掛け子をする』というので、店を借り切って掛け子を始めました」(X子)

 X子は逃亡生活に嫌気が差し、翌2020年2月末に組織を抜け出した。日本大使館に行き、パスポートの紛失を届け出た上、オーバーステイの税金を納付し、同年3月に帰国。成田空港で待っていたのは逮捕状を携えた警視庁の捜査員だった。だが、寺島は詐欺グループを抜けることなく、フィリピンに留まり続け、掛け子としての黒いキャリアを重ねたのだ。

 X子がこうした証言をする間、寺島は一度も彼女を見ることはなく、過去の記憶に蓋をするかのように時折目を閉じた。近く予定される被告人質問で寺島は何を語るのか。間もなく裁判は佳境に差し掛かる。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 電子版オリジナル)