なんと「CRMが江戸時代には確立」…現代でも通用する「富山の薬売り」の《驚きのマーケティング術》

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近年注目が集まっているアントレプレナーシップ。「起業家精神」と訳され、高い創造意欲とリスクを恐れぬ姿勢を特徴とするこの考え方は、起業を志す人々のみならず、刻一刻と変化する現代社会を生きるすべてのビジネスパーソンにとって有益な道標である。

本連載では、米国の起業家教育ナンバーワン大学で現在も教鞭をとる著者が思考と経験を綴った『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』(山川恭弘著)より抜粋して、ビジネスパーソンに”必携”の思考法をお届けする。

『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』連載第51回

『大学の講義の題材にも…「南極探検隊を率いた男」シャクルトンに学ぶ納得の「リーダーシップ論」』より続く

「失敗学」とは「故きを温める」こと

温故知新は本当なのか?

孔子が残した『論語』にある温故知新。「故きを温ねて、新しきを知る」と訓読しますが、日進月歩、秒進分歩とも言われる現代では、下手にこの言葉を出すと「老害」とも呼ばれそうです。しかし、これは「なぜ歴史を学ぶのか」という問いの答えでもあります。

私自身、専門である「失敗学」はまさに「故きを温ねる」こと。先人の失敗を研究し、学び、それを活かしていくのです。そこからセオリーを導き出すのです。

よく耳にするたとえ話に「車輪の再発明」があります。車輪を知らない人はいないでしょう。人類史において、車輪の発明は一大エポックです。車輪の発明によって、移動、物流は大きく効率化しました。古代、ピラミッドを作ったエジプト文明には車輪がありませんでした。巨大な前方後円墳を作った古代日本にも車輪はなく、「修羅」と呼ばれる道具を使っていた記録があります。さぞ、大変な作業だったでしょう。

しかし、車輪の発明後、大きな重量物を運ぶ手間は大きく削減されました。間違いなく車輪は近代文明を形作った要素の一つと言えます。

「車輪の再発明」という言葉は、「非常に便利な車輪」を知らないまま、苦労して一から再発明してしまうという「壮大なリソースの無駄遣い」のたとえです。

プログラマーの間では、先人が開発している汎用コードを知らず、時間をかけてまったく同じ機能のコードを書いてしまうケースを揶揄して用いることが多いようです。ちゃんと温故知新していれば、そんな無駄なリソースを割かなくてよかったのに。物理学、化学、経済学、経営学、天文学、どんな学問でも、先人の知恵を活かして損をすることはありません。

「富山の薬売り」はCRMを導入していた

日本の「富山の薬売り」の話があります。江戸時代、富山では製薬産業が盛んでした。製造された薬は、「薬売り」が文字通り、背負子に背負って、日本中を売り歩いたそうです。いまではめったに見かけなくなりましたが、「置き薬」というシステムも富山の薬売りが編み出した手法です。

置き薬をおいている家庭には、毎年薬売りが訪問します。そこでのやりとり、薬の消費状況、家庭状況などはすべて「大福帳」という手帖に書き残されます。博物館に所蔵されている大福帳の現物を見ると、いかに事細かく顧客情報が記録されているか、きっと驚くはず。そして「これはいまでいう顧客データベースであり、彼らがやっていたことはダイレクトマーケティングであり、CRM(顧客関係管理)だ」と確信することでしょう。

「ああ、この子の母親の姉も、子どものころこういう熱を出していましたね。そのときはこの薬がよく効いたので、この子にも効くでしょう」

「この子の父方の家系では、夏場にお腹を壊す人が多かった。下痢止めを多めに入れておきましょう」

こんな会話が当たり前に行われていたそうです。この話を聞いて何を考えるのか。

富山の薬売りがしていたことは、いまのD2C、ダイレクトマーケティングでやろうとしていることと同じです。それはインターネット、コンピュータを活用することで、より高度になっているのです。富山の薬売りを知らずに、ダイレクトマーケティング、CRMを考案した人は、いわば「車輪の再発明」をしたのかもしれません。

ここで「とはいえ、江戸時代の商人が目指したことを現代のテクノロジーでさらに発展させたかたちで実現したのだから、わざわざ過去を見なくてもいいのではないか?」という声も聞こえてきそうです。

「より原始的でシンプルなかたちだからこそ、その本質が見える」

現代の顧客データベース、CRMの観点では見えにくくなっている、「手書きの大福帳」からは、商売の人間臭さが感じられます。何代にもわたって管理され、加筆されている大福帳には、「人の血が通っているよう」に思えるのです。現代のビジネスも、人を相手にする以上、人の血が通ったものでなければならないということを再確認させてくれる気がします。

『「アジア人には無理」...その言葉のウラで「日本人」が《9秒台》の記録を更新し続けられる納得の「事実」』へ続く

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