今年のノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に贈られることになった。

 広島、長崎の被爆体験を基に、核兵器廃絶を長く訴えてきた活動が評価された。同じ願いを抱く世界の人々と共に受賞を喜びたい。

 世界には約1万2千発もの核弾頭が存在する。ノーベル賞委員会が被団協を平和賞に選んだのは、核兵器使用の危機が迫る世界への警鐘であろう。

 被爆者は高齢になってもなお、命を懸けて「核兵器を二度と使わせてはならない」と声を上げる。

 私たちや国際社会は「核兵器なき世界」の実現に向け、どのような行動を取るべきか。改めて考える契機としたい。

■身をさらし惨禍訴え

 被団協の最大の功績は、原爆被害の恐ろしさを世界に直接訴えて「核兵器は非人道的」という国際世論を定着させたことだ。

 1956年8月9日、長崎市で始まった第2回原水爆禁止世界大会の総会で、長崎原爆青年乙女の会の渡辺千恵子さんが半身不随の体を母親に抱かれて登壇した。

 「みじめなこの姿を見てください。私が多くを語らなくても、原爆の恐ろしさは分かっていただけると思います」

 被団協が結成されたのはその翌日である。長崎国際文化会館で開いた結成大会で「世界への挨拶」と題する大会宣言を発表した。

 「かくて私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おうという決意を誓い合ったのであります」

 以来、被団協は「核兵器廃絶」と「被爆者の支援」を求め、68年にわたり活動している。

 国連軍縮特別総会や核拡散防止条約(NPT)再検討会議など、さまざまな軍縮、反核の国際会議に代表団を送った。

 渡辺さん、山口仙二さん、谷口稜曄(すみてる)さんら数多くの被爆者は傷ついた身を壇上でさらし、被爆の惨禍を訴えた。

 地道な積み重ねは、国際社会に「核兵器はいかなる事情があっても使用してはならない」という人道の常識をつくり上げた。「Hibakusha(ヒバクシャ)」は今や世界の共通語だ。

 被団協の活動には世界の市民が賛同し、行動を共にした。その成果が2021年1月に発効した核兵器禁止条約である。

 「核抑止」の危うい均衡の中にあって、広島、長崎の被爆から79年間、核兵器は一度も実戦で使用されていない。

 歯止めをかけたのは被爆者が主導した国際世論である。ノーベル賞委員会はそこに普遍的価値を見いだした。

■国際機運を高めたい

 09年、当時のオバマ米大統領による「核なき世界」の演説は核廃絶への期待を広げた。その後は核軍縮どころか、むしろ核軍拡へと逆行している。

 米国とロシアの中距離核戦力(INF)廃棄条約は失効した。ロシアは新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を宣言し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回した。

 ウクライナに侵攻したロシア、パレスチナ自治区ガザを攻撃するイスラエルからは核兵器使用をほのめかす発言が聞かれる。

 核兵器は大国以外の国々に拡散した。アジアでは中国が世界屈指の保有国になり、北朝鮮も核開発を推進している。

 不安要素は増えるばかりだ。被団協の理想からは程遠い。

 戦後80年が近づき、被爆者は少なくなる一方だ。被団協の会員も減り、坪井直(すなお)さんをはじめ多くのリーダーが核なき世界を見ることなく亡くなった。

 「ふたたび被爆者をつくるな」

 被団協のスローガンには79年前に核の業火に焼かれた広島、長崎の人々の思いが凝縮されている。

 7年前に国際的な運動体である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞した。核兵器廃絶の国際機運をもう一度高めたい。

 世界の指導者は今こそ、被爆者の声に耳を傾けるべきだ。