オーストリア自由党の公式YouTubeチャンネルより

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オーストリアでも極右が勝利

 欧州で極右政党の台頭に対する警戒感が日に日に高まっている。

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 9月29日に実施されたオーストリアの国民議会(下院)選挙で、極右政党の自由党が約29%の得票で戦後初めて第1党となった。1956年に元ナチス党員などが中心となって設立された自由党は、欧州連合(EU)に懐疑的である一方、親ロシアを掲げる。選挙戦では激増する移民を問題視して国民の不安を煽ったと言われている。

 オーストリアは今や移民大国だ。本人または片方の親が「外国生まれ」は人口の約3割を占める。近年、シリアやアフガニスタンから大量の難民が流れ込み、政府の移民政策に対する国民の不満が爆発寸前の状態となっていた。

オーストリア自由党の公式YouTubeチャンネルより

 このような状況下で、国境管理の強化や強制送還で移民を規制する「要塞オーストリア」計画を唱えた自由党が受け皿となった形だ。だが、自由党は過半数の議席を確保できなかったことから、政権樹立のためには他党との連立が必要となっている。

 自由党に次いで多くの得票を集めた保守党(約26%)のネハンマー党首(現・首相)は「選挙に勝った政党が連立交渉をリードするのは良い伝統だ」と語り、一定の条件下で自由党と連立する可能性を示唆している。

欧州で極右が台頭する根本原因

 オーストリアでは自由党主導の政権誕生への反発も起きている。首都ウィーンで10月3日、自由党が主導する連立政権に他の政党が参加しないよう求めるデモが行われた。

 ベレン大統領も自由党に対し批判的だ。オーストリアの大統領の政治的権限は強いことから、政権協議が難航することが予想されている。

 極右勢力の台頭で政治が機能不全に陥りつつある欧州だが、根本の原因は何だろうか。

 オランダ、フランス、ドイツなどと同じくオーストリアでも「表面化する移民問題に後押しされた」と見られているが、今回の選挙で自由党は、移民がほとんど居住していない農村部で特に票を伸ばしている。

 オーストリアの専門家はこの現象について「自由党のメッセージの中核は移民ではなく、『エリートは有権者に共感していない』ということだ」と分析している。

 高学歴のエリート層が牛耳る欧州連合(EU)は新自由主義的な政策を進める。対して地方で生活する労働者たちの間では、自分たちの政治的な意思が反映されていないという認識が広がっている。極右政党は彼らの被害者意識に寄り添ったことで勢力を拡大することができたというわけだ。(10月3日付クーリエ・ジャポン)

 この分析が正しいとすれば、既存政党が移民政策を厳格化しても、極右政党から票を奪い返すことは困難だと言わざるを得ない。欧州でも米国と同様、政治の構図は左派と右派ではなく、上と下の対立に転じた感がある。

「政治エリート」に対する反発

 オーストリア以上に深刻な状況にあるのはドイツだろう。9月に旧東独地域3州で行われた議会選挙では、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が大幅に支持を伸ばした。

 テューリンゲン州では32.8%の票を得て、23.6%のキリスト教民主同盟(CDU)を引き離して1位になった。旧東独地域の人々が日常生活で感じるインフレなどの問題を増え続ける移民に結びつけ、「既存政党の政策の失敗だ」と批判したことが功を奏したと言われている。

 孤独に悩む若者にネット上の居場所を提供していることもAfDの強みだ。TikTokなどを駆使して若者の不満を吸い上げたことも勝因の1つに挙げられている。若者に刺さる言葉を発信できていない既存政党を尻目に、今後も支持基盤を強固にする可能性があると指摘されている。

 これに対し、ドイツ政府は移民政策の厳格化を進めているが、前述したとおり、支持離れを食い止めるための有効な方策にはならないだろう。

 敗北を喫したSPDや緑の党に反省の色がないことが最も大きな問題だ。民意を無視する政策を実施しておきながら、「旧東独の国民は40年近くもドイツ社会主義統一党(SED)の独裁政権下で暮らしていたため、いまだに民主主義が定着していない」と「上から目線」のお説教に終始している。

 旧東独の国民の間で「ベルリンの政治エリート」に対する反発は高まるばかりだろう。

危機に瀕しているのは民主主義にあらず

 他の政党が連立協議に応じないため、AfDが政権を樹立する可能性はゼロに等しいようだ。第2位となったCDUは第3位の極左政党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW、15.8%)」と第4位の社会民主党(SDP、6.1%)との連立を目指している。

 AfD抜きの政権が出来れば、32.8%の意思がテューリンゲン州の政治運営にまったく反映されないことになる。「旧東独地域で議会制民主主義への疑念がさらに高まるのではないか」との不安が頭をよぎる。

 このように、ドイツ政治における上と下の対立はオーストリア以上に深刻なのだ。

 極右の台頭で民主主義の危機が叫ばれているが、筆者は危機に瀕しているのは民主主義ではなく、これまで政治を主導してきたリベラリズムだと考えている。リベラリズムを信奉する政治家(リベラル政治家)は、移民などの積極的な受け入れや経済のグローバル化を重視するが、中間層の不満にあまり関心を示してこなかったからだ。

 リベラル政治家が中間層の怒りに正面から向き合わない限り、ドイツをはじめ欧州で民主主義の危機が発生するのは時間の問題なのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部