石川祐希のAttack The World vol. 12

 バレーボール男子日本代表の主将・石川祐希(ペルージャ)は、イタリアで10季目のシーズンを迎えている。この夏の激闘を胸に刻み、進歩を続けるべく、次の目的地へ歩み始めた。真夏のパリで石川は何を感じ、何を考えていたのか。胸の内を明かしてもらった。


現在、イタリア・セリエAのペルージャで奮闘する石川祐希 photo by PA Images/アフロ

【ドイツ戦で持ちすぎていた「余裕」】

――大会前、「五輪はいつもと環境は違うけど、コート内でやることは同じだ」とおっしゃっていました。とはいえ、難しい状況も多々あったと見受けられます。フルセットで敗れた初戦のドイツ戦は、どう感じてプレーしていましたか?

「ドイツ戦に関しては、1セット目の出だしが特に悪かったです。全員が五輪に懸けてきたので、硬くなっていた部分もあったと思います。でも、2セット目、3セット目はしっかりと自分たちのバレーができていましたし、4セット目の途中まではそれが継続できていました。そこで自分たちのバレーに慣れてきて、ちょっと余裕を持ちすぎていたな、勝てると思いながらやっていたな、というのは今でも思います。

 でも、ドイツは僕たちに勝ち、アメリカともフルセット、優勝したフランスともフルセットまで戦ったので、パフォーマンスはめちゃくちゃよかった。本当にあと1点、2点、ネットタッチやアンテナを触ったりともったいないミスがあったので、流れも含めてドイツだったのかなと。あの試合に勝つか負けるかで、次の試合のメンタル面が大きく違っていたと思っているので、1番大事な試合でしたね」

――石川選手自身も「余裕を持ちすぎていた」のでしょうか。

「目に見えないものなので難しいところではありますけど、僕もあったと思います。数字だけを見ると、そこまですごく悪かったわけではないとは思っていますけど」

――常々、「最悪の想定もしている」とおっしゃっていました。ドイツ戦の負けも想定していたんですか?

「どのチームが勝ってもおかしくないなかで"絶対"はないので、負ける可能性も現実としてはあり得ると思っていました。負けるイメージはしてないですけど、もちろん最悪の場合のことも考えてましたね」

【感じていた違和感】

――ドイツ戦から、どう立て直してアルゼンチン戦に臨みましたか?

「五輪予選でも負けたことがあったので、もう一度しっかり自分たちのプレーをやろうと思って臨みました。(フィリップ・)ブラン監督もドイツ戦後のミーティングで、『もう勝つしかない。自分たちのプレーをしっかり信じよう。今までやってきたことに間違いはなかったから、それを信じてもう一度戦うだけ』と話してくれました。

 技術的には、ドイツ戦ではフリーボールが9本くらい返ってきていましたが、2本しか決めることができていませんでした。そこを『あと1、2本決めるだけで変わる』と話してくれましたね。ただ、アルゼンチン戦もリードされる場面があって、自分たちのペースに持ってくのは難しい試合でした」

――アルゼンチンには勝ちましたが、石川選手の状態はそこまでいいようには見えませんでした。

「自分のコンディションは決して悪くはなかったんですけど、"何かが合わなかった"というのはありましたね」

――アメリカ戦でも思うようなプレーができず、途中でベンチに退きました。代わって出た大塚達宣選手(ミラノ)が活躍して1セットを奪い、辛くも決勝トーナメント進出を決めましたが、どのような心境で見ていましたか?

「あの場面なら、僕が出るより大塚選手が出たほうがいいな、とコート内でも感じていました」

――石川選手自身がそう感じていたというのは驚きです。なぜだったんでしょうか?

「僕のパフォーマンスがよくなかったのと、それに伴って他の選手が僕に気を遣い出しているのがわかったからです。それで彼らも本来の力が出ていないと思ったので、それなら大塚選手が出たほうが、みんなが余計なことを考えなくて済む、頭の中をクリアにして試合に臨めると思いました。実際に交代した後にベンチから見ていてもそう感じられたので、結果的に交代してよかったと思っています」

【イタリア戦で失っていた"楽しむ"感情】

――そこから中2日空いてのイタリア戦。どのように状態を上げたのでしょうか。

「僕のパフォーマンスが上がらなかった原因はわかっていたので、そこさえ改善できれば大丈夫だと思っていました。アメリカ戦の翌日は色々考えてしまっていましたし、それをクリアにするためにしっかり練習しました。かなりスパイクを打ち込みましたね」

――1次リーグで負けられない、というプレッシャーも大きかったと思います。

「それは間違いなくあったと思いますし、それが少なからず全員にとってプレッシャーになっていたと思います。ドイツ戦の出だしからあんまりよくなくて、そこで負けてしまったのはプレッシャーが原因のひとつだったのかなと思います」

――イタリア戦は先にマッチポイントを握りながら、逆転負けを喫しました。どう振り返りますか?

「勝つチャンスはもちろんあったし、それを逃してしまったことの悔しさが大きいです。3セット目と5セット目、数多くのチャンスがあったのにそれを掴みきれなかったのは、やっぱり力不足だなとあらためて感じます」

――こうすればよかった、と思うことはあるんでしょうか。

「それは、挙げたらキリがないです。初戦のドイツ戦でも最後に競り負け、1次リーグもギリギリの突破で決していい状態ではなかったので、そのイメージが僕にも、他の選手にもあったと思います。あとは、第3セットで24−21になった時点でちょっと気が緩んでしまったというか、隙を見せてしまった。

 1セット目、2セット目では"その場面を楽しむ"というのがあったと思いますが、3セット目の勝負がかかった時には1点を取ることだけに集中していました。それで視野が狭くなってしまった部分もあったんじゃないかと。(バスケットボールのアメリカ代表)ステフィン・カリー選手が最後の競り合いを楽しんでいる姿を見て、"勝負を楽しんでいる自分"はイタリア戦の時にはいなかったなと感じました。それが合っているかどうかはわかりませんが、"楽しむ"という感情があってもよかったとは思います」

【パリの借りはロサンゼルスで返す】

――東京、パリと五輪に2大会連続で出てみて、あらためてどんな舞台でしたか?

「やっぱり五輪はとんでもなく価値ある大会だな、と思いましたし、特別な大会だと感じました。そこで勝つことのすばらしさや勝つ意味は、他の大会とは違うものだなと」

――借りは4年後に返す、という気持ちはありますか?

「日本代表の新しい体制もまだ決まってないので、ビジョンは明確には見えていませんが、ロサンゼルス五輪を目指してやることは、パリ五輪が始まる前から決めています。五輪でしか証明できないことがあるので、借りを返すという気持ちは持っています」

――パリ五輪を終え、ペルージャに向けて出発する時に、インスタグラムに「バレーボールを極めてきます」と綴りました。どのような思いからでしょうか。

「単純に"うまくなるだけ"というのは違うな、という思いがありました。うまくなること、強くなること、成長すること、それらをすべてまとめて、という意味で書きました。ただうまくなるだけでは軽いというか、ペルージャではもうひとつ先を見て、結果もしっかり残すという思いを込めて『バレーボールを極める』と。去年の世界一のチームなので、いい環境、チームメート、スタッフも揃っていますから、そこで極めようと思っています」

――ペルージャで過ごす1シーズン、1シーズンが大切になってきますね。

「そうですね。今は練習も楽しいです。ハイレベルですし、学ぶことも多い。ペルージャという小さな街で、本当にバレーボールに集中できる環境です。スタメン争いもしていますし、イタリアに最初に来た頃のような状況なので、初心にかえるじゃないですけど、もっとうまくなってスタメンを獲得して、試合に出て活躍できるようなシーズンにしたいと思います。そこに結果がついてきたらベストですね」

――これからの4年間で、どんな石川祐希になりたいですか?

「東京からパリにかけては結果が徐々に出てきたと思っているので、パリからロスに向けては"常に結果を出し続けられる石川祐希"でありたい。結果次第ですべて変わってしまいますけど、トッププレーヤーであり続ける。そういった選手でありたいと思いますね」

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【プロフィール】
◆石川祐希(いしかわ・ゆうき)

1995年12月11日生まれ、愛知県出身。イタリア・セリエAのペルージャ所属。星城高校時代に2年連続で三冠(インターハイ・国体・春高バレー)を達成。2014年、中央大学1年時に日本代表に選出され、同年9月に代表デビューを飾った。大学在学中から短期派遣でセリエAでもプレーし、卒業後の2018-2019シーズンからプロ選手として同リーグで活躍。2021年には日本代表のキャプテンとして東京五輪に出場。29年ぶりの決勝トーナメント出場を果たした。