快適な睡眠を得るには何をすればいいか。日本睡眠学会理事で医師の櫻井武さんは「寝室で眠れないという経験を繰り返していくと、寝室は“眠れない部屋”という記憶が無意識のうちにできてしまい、 “不眠の悪循環”を招く。ふだん23時に寝る人は20時から22時はもっとも寝られない。この時間にふとんに入るのは避けたほうがいい。」という――。

※本稿は、櫻井武『すぐに実践したくなる すごく使える睡眠学テクニック』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/suney munintrangkul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suney munintrangkul

■1日のなかでもっとも眠れない「睡眠禁止帯」

睡眠禁止帯」(Sleep Forbidden Zone)という言葉を知っていますか?

これは、1日のなかでもっとも「眠れない」タイムゾーンのことで、現代を生きる人にとって必須の知識です。

そのメカニズムを簡単に説明しましょう。

私たちが昼間は起きていて夜になると眠るのには、体内時計が関わっています。体内時計の働きのおかげで朝が近くなると、体のなかで覚醒、つまりは「起きている状態をつくる力」が大きくなります。

そして、夕方からどんどん「起きている状態をつくる力」が強くなり、ふだんの就寝時間の2時間前ごろにピークを迎えます。つまり日が落ちても、ある時間まで、体内時計は「眠らせない」リズムを刻んでいるのです。

起きている時間が長くなるにつれて睡眠圧は増えていきますが、体内時計は「起きている状態をつくる力」を高くして睡眠圧に対抗しているのです。

出所=『すぐに実践したくなる すごく使える睡眠学テクニック』

体内時計による「起きている状態をつくる力」は、起床後16時間を過ぎると弱くなり、私たちは眠りにつきます。

つまり、ふだん23時に寝る人なら、その直前の20時から22時くらいにかけては、「起きている状態をつくる力」がもっとも高い睡眠禁止帯で、1日のなかでももっとも寝られないタイムゾーンでもあるのです。

■体内時計の「夜型化」は不眠症の温床

次の日、いつもよりも早く起きなければいけないときに、ふだんよりも早めに寝ようとしても、なかなか寝つけない経験をしたことはありませんか? それは、睡眠禁止帯に当たってしまったからです。

次の日の朝、早く起きなければいけないときでも、ふだんどおりの時間に寝るのがベストです。たった1日の睡眠不足ならば、翌日の睡眠で解消できます。

大事なことは睡眠禁止帯に当たっているせいで眠れなかった経験を「なんで眠れないのだろう」と思い込まないようにすることです。「眠れなかった」という経験をいかにつくらないかは、快適な睡眠習慣をつくるためのコツです。

やっかいなところは、この睡眠禁止帯が後ろにずれてしまうことです。大昔から人間に備わっている体内時計は、ほんの些細なことで狂うことがあります。

たとえば、ベッドの上でスマホなどを見ることによる光の刺激や食事のタイミングによって体内時計が「夜型化」してしまうのです。

その結果、ふだんベッドに入る時間にまで睡眠禁止帯が入り込み、不眠症の温床になります。眠るタイミングは、体内時計が決めています。

乱れた体内時計の調整も、体内時計が時を刻む「声」を聞くとともに、体内時計が乱れてもリセットできるような術を身につけることが肝心です。

■「寝室=寝るとき以外使わない部屋」と考える

「眠れない」という体験は、多くの人が思っている以上に、快適な睡眠を大きく阻害します。とくに、寝室で眠れないという経験を繰り返していくうちに、寝室は“眠れない部屋”という記憶が無意識のうちにできてしまい、それが「今日も眠れないんじゃないか」という不安を生み、さらなる“不眠の悪循環”を招きます。

それほどまでに重要な寝室は、いっそのこと寝るとき以外使わない部屋と考えておいたほうが良いでしょう。ワンルームに住んでいる人は、ベッドを寝室と考えると良いです。大切なことは、寝室(ベッド)で眠れた、という成功体験をいかに積み上げていくか、ということです。

出所=『すぐに実践したくなる すごく使える睡眠学テクニック』

規則正しい生活が健康には良いとされていますが、睡眠は思いのほか寛容です。多少の寝不足は、翌日の睡眠で取り戻すことが十分可能です。

いつも決まった時間にすんなり就寝できている人は気にする必要はありませんが、「眠れない」と悩んでいる人は、睡眠の“懐の深さ”に甘えてしまうこともときには必要です。

いつも眠くなる時間なのに、眠気が起きない場合は、体内時計が多少乱れて、「いまは睡眠禁止帯なのかも」と気軽に構えておくことです。

■眠ろうとしても眠れない時はベッドから出てしまう

寝つけないときベッドのなかで“なぜ眠れないの?”と悶々と考えるのは避けてください。「眠れない」という不安や「寝ないといけない」というプレッシャーが、かえって感情を高め、脳や体は、ますます起きている状態に近づくようになります。

眠くなるのを待ってから寝室に行ったとしても、ベッドに入って長い時間寝つけなかったら、ベッドから出て、居間に戻ってしまいましょう。「そのうち眠くなるよ」と思いながら、居間で思索にふけるなり、本を読むなりすれば良いのです。

そして、また眠くなったら寝室(寝床)に行くことを繰り返せば、眠気は溜まっているので、スムーズに睡眠に入れるはずです。

当たり前のことかもしれませんが、寝室(寝床)は、眠るためのもので、「眠れない部屋」という嫌な思い出をつくる場ではありません。大事なことは、「眠れた」という成功体験を積むことです。

■寝室の照明はできるだけ暗くする

YouTubeを見ながら、または音楽を聴きながら、いつもぐっすり眠れているという人は、これからの話は気にしなくても良いかもしれません。しかし、それらをあたかも快適な安眠を得るための方法だと言いふらしたりするのはやめてください。

そもそも眠りにつくには、「安心という環境」がつくられているかどうかがポイントになります。どういう状況が安心かは、人それぞれ違います。

写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

寝室(ベッド)を「眠れた」という成功体験を積み重ねる場にするためには、温度や湿度とともに暗くて、静かという「安心」もとても大切です。

眠っているとはいえ、脳は動いています。光や音の刺激があると、「ここは危険。起きて対応しろ」と脳がさまざまなところに誤った指令を出してしまい、その結果、眠れなくなることがあります。

たとえば、寝室の照明はできるだけ暗くすることが重要です。30ルクス以上の明るい光は、睡眠の質を悪化させ、ぐっすり眠ることの妨げになります。

ちなみに、ろうそくの明かりは10ルクス(20cm離れた場合)程度、通常の居間の明るさは100ルクス以上もあります。防犯上、部屋を明るくしておきたいという人は、アイマスクを利用しても良いでしょう。寝室は最小限の明るさにとどめることがポイントです。

睡眠中は話し声も騒音レベルに感じる

また、ベッドでは、音の刺激も遠ざけておきたいものです。

私たちの睡眠に影響を与える騒音は40デジベル以上といわれています。私たちのふだんの話し声で50デシベル程度ありますから、起きているときは何とも思わない音でも、睡眠中は、脳が不安を感じてしまうことがあるのです。

櫻井武『すぐに実践したくなる すごく使える睡眠学テクニック』(日本実業出版社)

YouTubeを開くと「安眠のための」、「快適な睡眠のための」などの動画が山ほどあります。それを観たり聴いたりしながらでも、しっかり睡眠がとれて翌日にも眠くならずにパフォーマンスを保つことができていれば問題ありません。

なかにはテレビをつけっぱなしにしたり、音楽を聴いたりしながら“寝落ち”するのを楽しみにしている人もいるでしょう。それで眠ることができているのなら大丈夫。そのまま続けてください。

しかし「いつも眠れない」「日中のパフォーマンスが悪い」と感じていたら寝室(ベッド)に安心が足りていないのかもしれません。照明を切るか、できるだけ暗くする。音楽などは止めて静かな環境をつくる。そんなところからはじめてみてください。

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櫻井 武(さくらい・たけし)
医師、日本睡眠学会理事
医学博士。筑波大学医学医療系および国際統合睡眠医科学研究機構教授。筑波大学大学院医学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、筑波大学基礎医学系講師、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院准教授、金沢大学医薬保健研究域教授を経て、現職。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。平成12年度つくば奨励賞、第14回安藤百福賞大賞、第65回中日文化賞、平成25年度文部科学大臣表彰科学技術賞、第2回塩野賞受賞。著書、テレビ出演など多数。
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(医師、日本睡眠学会理事 櫻井 武 イラストレーション=坂本奈緒)