イラスト:山田紳

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首相・岸田文雄の退陣表明を受け、自民党の「ポスト岸田」候補たちは9月12日の総裁選告示をめがけて激しい綱引きを繰り広げた。長い前哨戦の間、脚光を浴びた総裁候補が息切れし、週替わりで主役が入れ替わるめまぐるしさだ。「派閥なき総裁選」とはいえ各派閥の残滓は色濃く残り、党内の世代間抗争もくすぶる。国政選挙で勝つための「すげ替え」に終わらせず、国家国民のための政策を本気で遂行する、本来の政権党へ立ち戻れるのか。自民党の正念場がいよいよ始まった。


衆院選の最速は11月

「衆院選は最速で10月に解散、11月投開票」。総裁選の日程が固まるとともに、永田町はそんな観測に傾いた。自民党の総裁選挙管理委員会が、総裁選の投開票日を9月27日と決めたことが発端だ。

 新たに選出される総裁が早く衆院解散を打ちたくても、その前にやらなければならないことは多い。党役員人事、臨時国会での首班指名と閣僚人事、そして組閣。さらには新首相としての所信表明演説、与野党による代表質問。新政権スタートにあたって何を重視し、何を目指すのかを国民に示すために、政権の陣容整備と一定の国会論戦は欠かせない。

 つまり人事と国会の手続きに少なくとも半月かかるわけだ。新総裁選出が9月末なら、衆院を解散できる状況が整うのは早くて10月中旬、投開票は11月初旬以降になる。

 問題は、このシナリオのはざまの時期に別の国政選挙が予定されていることだ。10月27日に投開票される参院岩手補選である。秘書給与詐取疑惑などのスキャンダルで自民党を離党し、参院議員を辞職した広瀬めぐみの議席が争われる。

 広瀬は2022年参院選で、立憲民主党の重鎮・小沢一郎の地元岩手から立候補し、30年ぶりに自民が参院選挙区の議席を奪還する立役者となった。「小沢王国」の凋落を決定づけたはずの広瀬が不祥事で退場したため、今回の岩手補選は小沢の巻き返しが必至。自民党県連は早々と独自候補の擁立を断念した。

 新総裁が早期の衆院解散を決断した場合、初戦の岩手で「不戦敗」した印象をひきずって、本番の衆院選を迎える展開が予想される。「総裁選を9月20日に前倒しして、衆院選と参院岩手を同日選にしていれば、悪い印象を薄められたのに」と党関係者は疑問視した。

 なぜ総裁選の日程はこうなったのか。第一に、「政治とカネ」の逆風が続く自民党が、新たなリーダー選びに時間をかけ、党の立て直しに向けた総裁候補の論戦をアピールするためだ。今回の総裁選期間は、現行の公選規定ができた1995年以降で最長の15日間となる。

 さらに、総裁を退任する岸田に「花道」を飾らせるためだという見方もある。日本の首相は9月下旬にニューヨークで国連総会に出席するのが恒例だ。もしも出席前の9月20日に新総裁が選出されてしまうと、岸田の死に体ぶりがあからさまになってしまう。岸田が首相として最後の外遊を終えてから、新総裁を選ぶ。これは3年間の政権運営に苦心した岸田に対する「武士の情け」とも言える。実際、「岸田さんが国連総会に行きたがったから、総裁選はあの日程になった」と証言する議員もいる。


派閥と世代交代

 日程を巡る制約はともかく、新総裁が自民党の求心力と支持率を回復し、政権転落の不安をはねのけられるかどうかが党内最大の関心事だ。前経済安全保障担当相・小林鷹之を皮切りに、元幹事長の石破茂、元環境相の小泉進次郎ら、呼び声の高かった顔ぶれが相次いで総裁レースに名乗りを上げた。

 出馬に意欲を示した議員まで含めれば計11人。立候補者が過去最も多かった2008年と12年の5人を超える可能性が高まり、ある陣営関係者は「乱戦だ。6人か7人は出るのではないか」と予想した。