今回は、三重県伊勢市へ。一度行って魅力に取りつかれた居酒屋に、7年ぶりに再訪しました。

銭湯と酒、酒場を愛するのんべえライター・本郷明美がニッポン各地で見つけた「遠くておいしい店」を巡ります。今回は、三重県伊勢市へ。一度行って魅力に取りつかれた居酒屋に、7年ぶりに再訪しました。

きっかけはタクシーの運転手さん

「ああ、また行きたいなぁ」

仕事の合間、電車を待つ間、ふとした隙にそう思う。おいしかったものを、楽しかった時間を幾度も反芻してはニヤニヤ-なんて店に巡り合うのが、旅の幸せだったりする。簡単に行けないからこそ思いは募る。

私にとってのそんな一軒が、伊勢にある。出会いは7年前の友人とのふたり旅。あてにしていた店が満席で、タクシーの運転手さんに急きょ、いい飲み屋を尋ねた。

「いい店が1軒あるんですけどね。私もよく行くんですが。いやあ、観光でいらした女性客が行かれるような店じゃないかな……」。

照れたように恐縮する運転手さん。そこに愛を感じた。絶対いい店に決まってる。

「いえいえ、そこがいいです!」とお願いし、降ろしてもらった店前。すっきりとした白地の暖簾、いい風合いの銘酒の看板にうれしくなる。年季の入った看板に『一月家(いちげつや)』とあった。

『一月家(いちげつや)』

暖簾をくぐり、白木のカウンターに落ち着く。

隣で飲んでいたおじさんが、「フクダメって知ってる? おいしいよ」と声をかけてくれた。フクダメ、初めて聞いた名前である。「おまちどおさま〜」という声とともに登場したのは、アワビ? いやいや、違うらしい。

「伊勢ではね、トコブシのことフクダメって言うの」。

柔らかく煮付けられたフクダメは厚い身ながら、サクッと噛み切れ、ふわっと磯の香り。伊勢の地酒によく合った。

ああ、おいしかったなあ。また行きたいと思ううち、感染症の流行で旅をしづらい世の中になってしまった。

コロナ禍を経て、再訪

やっと、今年2024年5月、伊勢への旅が実現。宿からタクシーに乗って、「『一月家』まで」とお願いする。

 「2度目なの? 前に行ったとき豆腐は食べた? 豆腐がおいしいんだよ。大きすぎたら、半分にしてくれるから食べてみて。カレーもおいしいよ」。

7年前と同じ運転手さん? じゃない。今回出会った運転手さんの「一月家愛」も熱かった。

「じゃあ、ご主人によろしくね〜」という運転手さんの声に送られ、再び暖簾をくぐった。今回はひとりでカウンターに座る。

いい佇まいである

「フクダメって知ってる?」

あれ、あのおじさん? じゃない。違う方だけれど、あの時と同じように声をかけてくれる地元のおなじみさんだ。

現れたフクダメは、やはりアワビと見まごうような立派なトコブシ! 「ああ、これだこれだ」と思う。変わらない、磯の味わい。旅ができる日常っていいなあ、とちょっと泣けてくる。

奥がフクダメ。手前は自家製さつまあげ、これまた旨い
他の魚介も美味揃い。煮だこはびっくりするくらい柔らかい

カウンターの中の店員さんが、「今日はイワシおいしいわよ」。もちろん、いただく。これがまたとびきりうまい。

鮮度バツグンの感涙イワシ。店員さんオススメには従うべし

7年前に一気に気持ちが戻る。そうだそうだ、なぜまた、この酒場に来たいと強烈に思ったのか。食べ物のおいしさはもちろんだけれど、地元の人たちの、絶妙なお勧めが楽しく、とっても心地よかったのだ。

帰り際、無粋にもお隣さんに聞いてしまった。どうしてみなさん、一見の客をかまってくれるんでしょうか、しかもほどよい距離感で-。

値段表記はなく、食べ終えた器とグラスを下げずに会計するシステム。私の前はこんなことに……カレーもバッチリいただいて大満足!

「昔っから、お伊勢参りの人がたくさん来るからね。『伊勢もん』は、もてなし好きなんだよ」。

「伊勢もん」って響きに、ぐっと来た。

ああ、また反芻してしまいそう。

夜もまたいい雰囲気だ

■『一月家(いちげつや)』
[住所]三重県伊勢市曽弥2-4-4
[電話番号]0596-24-3446
[営業時間]14時〜22時
[休み]水
[交通]近鉄山田線宮町駅から徒歩3分


取材・撮影/本郷明美