7月27日に、「J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」の東北大会が開催されました。64人が参加したこの大会の模様を、参加選手/大会主催者/ゲスト棋士のコメントとともにご紹介していきましょう。

J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会 東北大会

○今年で13回目の「J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」

「J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」は、J:COMと囲碁・将棋チャンネルが主催する小中学生の将棋大会です。共催は日本将棋連盟、協力は白泉社と、多くの企業や団体の尽力のもとに運営されており、2012年の第1回大会から数えて今年で13回目となります。

北海道から九州まで各地で行われる地区大会を勝ち抜いた16人が、11月に東京で行われる全国大会に出場し、全国1位を争います。東北大会は、北海道大会に続く2カ所目の地区大会となります。

主催者の一方であるJ:COM(JCOM株式会社)の田口和博常務執行役員に本大会への思いをうかがいました。

「子どもたちの真剣なまなざしはスポーツでも文化でも変わりません。スポーツの世界は汗と涙のドラマとして取り上げられることが多いですが、文化のほうでも同じように努力がありますし、涙もあります。そこで頑張っている子どもたちを応援したいという気持ちで本大会を続けております。また、将棋は盤と駒があればすぐに始められて、1日中親子で楽しめるゲームでもあります。ネットの時代だからこそ、対面で将棋を楽しむ場を提供したいという思いもあります」とのこと。全国大会に続く道としても、対面で将棋を楽しむ場としても、大きな意味のある大会といえるでしょう。

JCOM株式会社 常務執行役員の田口和博氏

○いきなりびっくり! 広々とした会場

今回訪れた東北大会は、仙台市の卸町駅から徒歩7分のところにある「仙台卸商センターサンフェスタ」の4階で行われました。

会場に入ってまず驚いたのがその広さ。参加する選手は64名でしたが、非常に大きなスペースが用意されていました。対局席、保護者の観覧席、お菓子がもらえるアンケートコーナー、『3月のライオン』の立ち読みコーナー、どうぶつ将棋コーナーなどが並んでいたのですが、全体的にとてもゆったりしており快適な空間でした。また、スタッフの数の多さにも驚かされました。将棋のイベントやアマチュアの大会は、もっと狭いスペース、少ない人数で運営されることが多いので、「サービスが手厚い」というのが本大会の最初の感想でした。

ゆったりした対局スペースは快適

○奨励会での戦いを称え、山川泰熙新四段にJ:COM賞を授与

世の中に将棋の大会は数多くありますが、J:COM杯3月のライオン子ども将棋大会には、本大会だけの特徴がいくつか存在しています。まずは奨励会支援とJ:COM賞です。

奨励会とは棋士の養成機関のことで、正式名称は「新進棋士奨励会」。毎年原則4人しかなることのできない棋士を目指して、厳しい戦いが日々繰り広げられています。見事に棋士になる夢を叶えた奨励会員もいますが、夢破れて去っていった人はその何倍も何十倍もおり、彼らにスポットライトが当たることはありません。しかし、J:COMではそんな表舞台に出ることのない奨励会の戦いを支援しています。プロ棋士の対局をスポンサードする企業や団体は多くありますが、奨励会を支援するのはJ:COMが初であり、現在も唯一の企業です。

また、奨励会支援にも通じるコンセプトで「J:COM賞」があります。これは2021年に創設された賞で、厳しい奨励会を戦いを勝ち抜いた努力と精進を称え、新四段の棋士に贈られます。本大会の開会式では、山川泰熙新四段へのJ:COM賞の表彰が行われました。

宮城県出身の山川四段は、誠実な人柄とわかりやすい解説ですでに多くの将棋ファンの心をつかんでいる棋士です。今回の受賞について「なかなか光の当たらない奨励会での戦いを支援していただいて大変ありがたいです。棋士になるための努力を評価していただいたことに感謝しています」と話していました。仙台には子どもの頃に4年ほど住んでいたそうで、「自然が多くて、よく外でカブトムシやトンボを捕まえて遊んでいた」とのこと。気鋭の若手棋士として前途洋々な山川四段は、「大舞台で対局する姿を見せることで、子どもたちが将棋に興味を持ってくれるように頑張りたい」と力強く語っていました。

田口常務執行役員から山川泰熙新四段にJ:COM賞が贈られた

○いざ、対局開始!

開会式が終了していよいよ対局開始です。審判長の先崎学九段が「いつもより少し時間を使って考えよう」とアドバイスして、対局開始を宣言しました。「お願いします」の挨拶とともに元気よく指し始める子どもたち。会場にパチパチという気持ちいい駒音が鳴り響きます。

さて、子どもたちを眺めていると身長がバラバラであることに気がつきます。これが本大会の2つ目の特徴で、この大会には小学生と中学生が参加できるのです。小学生だけ、あるいは中学生だけという大会は多くありますが、本大会は小学生から中学生まで幅広く参加者を募っています。会場にはピカピカの小学1年生から、受験勉強をひかえる中学3年生までいろいろな年代の選手が参加していました。

とはいえやはり小学校低学年の子は勝負では分が悪いのですが、1回戦で敗退してしまった子どもたちにもゲスト棋士の指導対局が受けられるという特典が用意されています。この日のゲスト棋士は審判長の先崎九段、前述のJ:COM賞受賞者である山川四段、そして地元出身の加藤結李愛女流二段の3人。64人の参加に対して棋士が3人もいるというのはかなり贅沢な体制で、この辺りも大会の手厚さを感じました。プロの棋士や女流棋士と対局できたことは、子どもたちにとっていい思い出になったでしょう。

先崎学九段の指導対局

丁寧に指導する加藤結李愛女流二段

熱心に指導対局をしていた加藤女流二段にもお話をうかがいました。

加藤女流二段は自身もこの大会に5回参加しているそうで「J:COM杯は毎年楽しみにしていました。中2のときに決勝戦で負けてしまって全国大会に行けなかったのが一番悔しくて、今でもその将棋の内容まで覚えています」とのこと。しかし、翌年には見事に優勝して全国行きの切符を手にしたのはさすがです。

現在は各棋戦で活躍している加藤女流二段ですが、普及に対しても強い意欲があり「将棋を知っていただく機会は格段に増えたと思いますが、まだ将棋は難しいというイメージがあると思います。指導対局や聞き手をさせていただくときには少しでもプロ棋士のすごさや将棋の奥深さを伝えていきたいです」と話していました。

3人のゲスト棋士の指導対局が続く中、山川四段の指導を受けている一人の少年が目につきました。ひときわ小さく、椅子の上で正座して対局している姿がなんともかわいらしい。お父様に話を聞いたところ4歳で将棋を始めて、現在は6歳、将棋の棋力は7級とのこと。本人にインタビューしてみたところ「将来は棋士になって、将棋の絵本を描きたい」という素晴らしい夢を語ってくれました。山川四段のアドバイスを生かして、また来年もこの大会に参加してほしいと思います。

目線を合わせて真剣に指導する山川四段と、イスの上に正座して聞く6歳の少年

○選べる2コース! 全国クラスと交流クラス

対局が進むと、64人いた選手の数も徐々に少なくなっていきます。

今大会の優勝者が全国大会の切符を手にするわけですが、実は参加者の全員が全国を目指して戦っているわけではありません。「全国クラス」に出場しているのは半分の32人で、残りの32人は「交流クラス」に参加しています。この全国クラスと交流クラスの2つが用意されているのが、本大会の3つ目の特徴です。

全国クラスには当然ながら高いレベルの選手が集まっています。参加選手にとっては全国に通じる夢のある大会ですし、実際に本大会に参加した選手がプロ棋士になったケースもあります。

一方で、将棋は必ずしもプロを目指してストイックに取り組まなければいけないものではありません。現将棋連盟会長の羽生善治九段は将棋のいいところとして、年齢問わず遊べること、一度覚えれば一生のうちでいつでも楽しめることという2点を挙げていました。つまり、将棋を覚えることはいつでも、だれとでも楽しめるコミュニケーションツールを手に入れることになるのです。そこで大切になってくるのが「交流クラス」のように将棋を楽しむ場の存在。棋力は低くても将棋を通じて交流できる場があることで、将棋のすそ野は広がっていきます。

J:COMの田口常務執行役員は「全国クラスで頑張る子どもはもちろんですが、この交流クラスに参加する子どもも増やしていきたい」と語っていました。強くなければ将棋ができないというのでは、将棋界は縮小してしまいます。むしろ負けても楽しかったと思ってくれる人を増やすことが大切で、そうすれば将棋の輪はどんどん広がっていくことでしょう。

交流クラスに参加した2人の女の子にも、話を聞くことができました。「岩手から来ました。楽しかったのでまた来年も出たいです」「将棋の目標は初段。好きな棋士は深浦先生、顔が好き」と笑顔で答えてくれました。将棋を心から楽しんでいる様子が伝わってきて、話を聞いていてうれしくなりました。

また、対局の合間にはゲスト棋士との記念撮影会や付き添いの方も参加できる親善対局スペースなど、将棋を楽しむさまざまな工夫がなされていました。

棋士との撮影会

リラックスした雰囲気の親善対局コーナー

○「藤井聡太を倒したい!」

そしてトーナメント戦もいよいよ大詰めです。ベスト4までくると将棋のレベルもぐんと高くなります。アマチュア四段、五段の中学生が居並ぶ中で、一人奮闘している小学生がいましたが、惜しくもこの準決勝で敗退となりました。しかし、ここまで勝ち上がっただけでも立派です。対局後に話を聞いたところ「将来は棋士になって藤井聡太を倒したい!」という力強い言葉が返ってきました。何年か後に棋士になって藤井聡太竜王・名人に挑戦しているかもしれません。今から楽しみです。

あとは決勝戦を残すのみ。最後は中学生同士の対決となりました。決勝は壇上で行われ、その横で棋士が大盤を使って解説します。プロの「将棋日本シリーズJTプロ公式戦」で採用されているスタイルで、緊張感が高まります。残っていた選手や保護者の方も観客として対局を見守る中、最後の対局が始まりました。

決勝戦は棋士のリアルタイム解説つき

戦型は角換わりというプロの間でも流行している形に進みます。後手番の三浦寛人君が中盤でややリードを奪いますが、先手番の遠藤大暉君も粘って、一進一退の終盤戦に。お互いに時間がない中でも好手の応酬が続き、解説の先崎九段も「プロの将棋と言われても不思議でないほどレベルが高い」と絶賛するほどの攻防が続きました。遠藤君がかなり追い込みましたが、最後は三浦君が逃げ切って勝ちとなりました。

三浦君は中学3年生。最後のチャンスをものにして、全国大会への切符を手に入れました。

見事に優勝を果たした三浦君ですが、プロを目指すつもりはなく将棋は趣味の一つとのこと。「プロの世界で活躍できるのは藤井聡太竜王・名人をはじめ、ほんの一握り。自分は棋士は目指さずに、勉強を頑張って違う世界で活躍したい」ということでした。

確かに、藤井聡太竜王・名人は中学3年生のときはすでに棋士でした。そう考えると、プロの世界で戦うのは厳しいというのは現実的に正しい判断かもしれません。

しかし、これまで将棋によって培われてきた集中力や論理的な思考力、先を読む力はきっとこれからの人生で役立つことでしょう。これからは受験勉強に注力するとのことですが、研鑽を積んできた将棋の集大成として、11月2日に行われる全国大会で三浦君がどんな活躍を見せてくれるか、とても楽しみです。

優勝した三浦寛人君(右から2番目)

○夏の日の思い出に……

今回、丸一日かけてJ:COM杯3月のライオン子ども将棋大会の東北大会を見学させていただきましたが、厳しい真剣勝負もあり、優しい指導もあり、和やかに将棋を楽しむ雰囲気もあり、大変素晴らしいイベントだと感じました。

将棋の棋力や、将棋に対するスタンスに違いはあれど、将棋が好きな子どもたちが集まって一日将棋を楽しんだこの日が、彼らの夏のいい思い出になることを願っています。