Netflixシリーズ「地面師たち」(全7話)が7月25日に世界独占配信開始された。迫力ある地面師たちを演じる右から小池栄子、北村一輝、ピエール瀧、豊川悦司、綾野剛(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

Netflix日本オールスター感

実話に着想を得た犯罪サスペンスと言えば、Netflixが大得意とするジャンルです。7月25日から世界独占配信が始まったNetflixシリーズ「地面師たち」(全7話)はまさにそれ。100億円不動産詐欺事件を巡って、癖になる面白さと胸糞悪さがある作品に振り切っています。

タイトルにある地面師とは、他人の土地の所有者になりすまし、虚偽の売却を持ち掛け、多額の金をだまし取るいわゆる詐欺師です。複数人で構成されることから、犯罪スペシャリスト集団が主役のハリウッド映画『オーシャンズ11』のイメージに近いのかもしれません。ただし、この「地面師たち」は狂気さが強めの印象です。

演じる役者たちが揃った絵面だけで迫力たっぷりです。物語の主人公で地面師詐欺の交渉役・辻本拓海を綾野剛、大物地面師の風格たっぷりな詐欺グループリーダー・ハリソン山中を豊川悦司が演じています。


同じ犯罪集団でもハリウッド映画『オーシャンズ11』より狂気さ強め。綾野剛(右)は主役の交渉役、豊川悦司は存在感あるリーダー役だ(写真:Netflix)

脇を固める顔ぶれも役柄にハマっています。北村一輝が情報集めの図面師、ピエール瀧は関西弁でまくし立てる法律担当、小池栄子はなりすましの手配師、染谷将太は偽造書類を作成するニンベン師という演技派揃いです。

この騙す側と対をなす騙される側では、カメレオン俳優の山本耕史がこれまたいい味を出しています。詐欺に引っ掛かってしまう大手デベロッパーの心理を演技で魅せます。登場人物の相関図には「追う側」も加えられ、地面師を追いかけ続ける定年間近の警部役にリリー・フランキー、バディを組む巡査部長に池田エライザが配役されています。


地面師詐欺に引っ掛かってしまう大手デベロッパーの平役員を演じる山本耕史の演技にも注目(写真:Netflix)

さらにナレーションをの山田孝之が担当していることもあって、Netflix日本オールスター感もあります。綾野剛(幽☆遊☆白書)にピエール瀧(サンクチュアリ)、リリー・フランキー(パレード)、池田エライザ(Followers)とNetflix日本オリジナルの代表作を演じる役者の名前が連なっているのです。

100億円詐欺の無理ゲーに挑む

先へ先へと展開を追いたくなるストーリーの組み立てが、癖になる理由の1つにあります。強烈なキャラクターたちの個性に頼り過ぎていません。地面師詐欺のイロハの手口を把握したうえで、100億円不動産詐欺という無理ゲーに挑んでいき、難関を1つひとつクリアしていくような感覚を視聴者に起こさせます。


地面師を追いかけ続ける警部役のリリー・フランキー(右)とバディを組む池田エライザ(写真:Netflix)

世界観に酔わせる演出力も加わります。ハリソン山中(豊川悦司)がロックグラス片手に「地面師になりませんか?」「誰かを地獄に落としてみませんか?」と辻本拓海(綾野剛)に引き抜き話を持ちかける序盤の会話シーンから知能犯特有のダークな世界観を表現しています。地面師たちが建設中の高層ビルから100億円の価値がある土地を見下ろす夜景シーンも印象的です。

オープニングで使われる地面師詐欺集団の淡々とした説明ですら飽きさせません。背景に流れるテクノミュージックは飽きさせないどころかアドレナリンが出るような感覚に。電気グルーヴの石野卓球による音楽も気分を高めてくれます。

また犯罪モノといっても不動産取引ですから、ド派手なアクションは当然なし。基本的には地味な現地調査や書類のやり取りが中心です。決済手続きも現実的な銀行振込が選択され、現ナマがドーンと積まれるわけではありません。辻本拓海が変装してターゲットに近づく場面はインパクト大の風俗描写になっていますが、派手さとは別物と言えます。

にもかかわらず、狡猾な駆け引きに魅力を持たせ、動きの少ない会議室のシーンでも臨場感を感じさせるのは大根仁監督の手腕によるところが大きそうです。気骨のある社会派ドラマ「エルピス‐希望、あるいは災い」(カンテレ)やサブカル度たっぷりのラブコメ「モテキ」(テレ東)を代表作に持つ大根監督がNetflixで初めて手掛けた作品になります。


狡猾な駆け引きに魅力を持たせ、臨場感のある会議室シーンが見どころとなる(写真:Netflix)

東京都品川区五反田の土地をめぐる2017年の不動産詐欺事件をきっかけに、大根監督は地面師という存在に興味を持ったそうです。その後、2019年に出版された新庄耕の同名タイトルの小説を読んで「映像化したい」という気持ちが高まり、自ら出版社に交渉までして、Netflixに持ち込んだ経緯があります。熱量の高さは作品からも感じるはずです。

後味の悪い展開と胸糞悪い描写アリ

この作品の魅力は、都度挿入される後味の悪さにもあります。それはほぼほぼ豊川が熱演するハリソン山中の言動によるものです。「クソみたいに狭い土地にクソみたいな人間がひしめき合って生きている」という冒頭の台詞から不穏な空気が流れまくっています。明らかに残虐性を持った人物像です。

ただ不思議なことに単なる憎たらしい極悪人に見えるというわけではないのです。演じる豊川悦司自身が持つ色気にも助けられていそうですが、死に興奮を覚える薄気味悪さが強烈です。後味の悪い展開があるたびにハリソン山中はいったい何を考えているのか、知りたい欲求に駆られてしまいます。

方向性によってはファンタジーに寄せて犯罪者集団をカッコよく描くこともできたでしょうし、不正を正す警察視点で正義感を強めることもできるなか、生易しく俗ウケを狙っていません。狂気の沙汰を打ち出すことに躊躇していないようにも感じます。これによって、地面師詐欺だけではなく、死体がゴロゴロ出る犯罪サスペンスの要素を強めています。

実話に基づく犯罪ドラマが人気

世界水準の犯罪サスペンスに仕上がっているとも言えそうです。そもそも犯罪モノは世界的に人気ジャンルの1つです。実話に基づいた犯罪ドラマが世界全体で増加傾向にあることがスイスのメディア調査会社WITから報告されています。Netflixをはじめとする配信ドラマから次々と犯罪系の新作が投入されていることが影響しています。

Netflixでは非英語の犯罪モノが世界ヒットするケースもあり。その例に挙げられるコロンビアを舞台に麻薬組織とアメリカから派遣された麻薬取締捜査官が攻防戦を繰り広げるスペイン語と英語ミックスの「ナルコス」や、スリナムの裏社会を牛耳る麻薬王の逮捕劇を描く韓国オリジナル「ナルコの神」はいずれも実話ベースの犯罪モノです。

詐欺師という括りでは、実際にあった詐欺事件をもとに作られたアメリカの「令嬢アンナの真実」もNetflix世界ヒット作の1つにあります。

要は「地面師たち」は世界ヒットを期待したくなる作品でもあるのです。近々発表されるNetflix公式グローバルランキングでその結果が明らかになります。あるようでなかった日本の不動産詐欺を巡るサスペンスドラマの新しさと中身の質の高さは数字にも表れる価値ある作品だと思います。


この連載の一覧はこちら

(長谷川 朋子 : コラムニスト)