これは2023年2月、元保険外交員の男が、当時交際関係にあった女性の頭などを鉄製ハンマーで殴り、充電ケーブルで首を絞め殺害、さらに遺体を切断したうえ、遺棄した事件をめぐる裁判を傍聴した記録。

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期間は2024年6月4日から14日まで、場所は静岡地方裁判所浜松支部。

被告の男(32)、入廷。

白い不織布マスクに黒縁のメガネ。髪は丸刈りで、黒色の半袖Tシャツに藍色のジャージズボンを履いていた。

「特にございません」

4日。

初公判。

男は証言台に立っている。

【冒頭手続き 男と裁判長】

裁判長「起訴内容に、違うところはありますか」

男「特にございません」

裁判長「間違いないということでよろしいですか」

男「はい」

男、はっきり答え、自席へ戻り、着席。

【起訴内容】

男は2023年2月21日に当時交際関係にあった女性Aさん(当時33)を静岡市内で殺害、翌22日に沼津市の自宅でAさんの遺体を切断・遺棄したとして、殺人と死体損壊・死体遺棄の3つの罪。

以下、犯行をめぐる記録は、4日から6日にわたる検察と弁護双方の陳述がもと。

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静岡県沼津市に住む男が、約100キロ離れた磐田市に住むAさんと知り合ったのは、2022年1月。5月から交際を始めた。男には妻、そして2人の幼い子がAさんにも2人の子がいた。

犯行前日・2023年2月20日。

男は

「金を渡す」

「プレゼントを渡す」

「最後に行きたいところがある」

とメッセージを送った。

【検察側の主張】

男は嘘をついて、Aさんを呼び出した。Aさん殺害の計画を立てていたということだ。

【弁護士側の主張】

この嘘はあくまでAさんとの関係を終わらせる方便である。

鉄製ハンマーで20回以上 疲れたら左手に持ち替え

犯行当日・21日。

男は自宅から、男の父が所有する鉄製ハンマーと、“おもちゃ”の子ども銀行券102枚を持参。午前11時過ぎ、2人はJR静岡駅北口で落ち合う。

【検察側の主張】

殺害の計画があったから、おもちゃと鉄製ハンマーを持ち出しているのである。

【弁護士側の主張】

鉄製ハンマーは、Aさんを脅すために持ち出したのであって、殺害は切羽詰まった男が衝動的に行ったものだ。

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2人は、Aさんの運転する車で移動。

午前11時53分、男が静岡市駿河区の山中で犯行に及ぶ。

運転席に座るAさんの顔や頭を後部座席から、鉄製ハンマーで20回以上殴った。男は利き手である右手で持ち殴り、疲れたら左手に持ち替えたという。

警察が差し押さえた車内は、天井から床、荷物に至るまで血痕が残っていた。特にAさんが座っていた運転席のヘッドレストが顕著だったという。置かれていた消臭剤は開封してから間もないようで、血痕は付いていなかった。

【検察側の主張】

男が山中に誘導し、いきなり殴っているのがわかる。別れ話のためならば、鉄製ハンマーの持参はもちろん、山道に移動する必要すらなく、明らかに不自然な行動だ。

【弁護側の主張】

現場は、男が指示した場所ではなく、Aさんが、カーナビを設定していた男のスマートフォンを奪い、勝手に運転した結果行きついた場所。計画性はなく、行き当たりばったりな犯行だ。

これに対し、検察、男は捜査段階から供述を変えていて、信用ならないと主張。

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男が運転を代わって、静岡市清水区に移動。林道に車を止め、午後2時30分から午後3時21分の間に車内にあった充電ケーブルをAさんの首に巻き付け、絞め殺した。

【6日 被告人質問 男と裁判長】

裁判長「(21日の一連の犯行は)無策で臨んだのか」

男(即答して)「そうです」

猫砂を使ったトリック

Aさんの遺体はトランクに積み、スマートフォンやタブレットは埋めるなどして、捨てた。

男はAさんの車を運転して沼津市の自宅へ戻る。道中、ドライブレコーダーのSDカードを捨て、通販サイトで酵素漂白剤を購入。商品のページには、『皮脂、油、食べこぼし、飲みこぼし、血液、泥の汚れにこれ1本』の売り文句。

自宅に到着し、Aさんの遺体を男の車へと乗せ換え、血の付いた衣服を洗濯。

午後5時半過ぎ、静岡県三島市内のホテルで開かれた自身が所属する団体の会合に出席、SNS用の動画を3本撮影した。二次会はスナック。

午後11時頃、量販店で袋や消臭剤などを購入。Aさんの車を沼津市内のコインパーキングに移動させておく。

翌朝・22日。

午前10時過ぎ、男は遺体を乗せた車に息子を同乗させて、予防接種に行く。後、一緒にホームセンターに入店。電動のこぎりやレインウェアを購入して、帰宅。

【弁護側の主張】

周到に計画していれば、考えられない行動をとっている。解体の道具を急ぎ購入していることは、殺害の計画を立てていない証明である。

遺体切断について、男は、殺害した夜、眠る直前、「なんとかして隠さなければいけない」という心から思い付いたと重ねた。

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正午から午後3時の間、息子を寝かしつけてから、浴室でAさんの遺体を切断。両刃のこぎりに電動のこぎり、キッチンにあった包丁を使った。男曰く、顔には傷がつかないようにしたという。

切断した遺体は5つの袋に分けた。消臭のため、猫砂も一緒に入れ、自宅3階のバルコニーにあるコンテナに4袋、男の車に1袋隠した。

【男の元妻 供述調書より】

「夫は理系っぽくて変わっています。かつて、猫砂を使った殺人事件のトリックについて、夫と話したことがあります」

これに対し、弁護士、本件の「殺意を裏付けるもの」ではないと主張。

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午後9時過ぎ、警察が自宅にやってきて、男は逮捕された。

犯行の一連が語られた。男はひじをついて、手を組み、額にあてていた。

「とにかく黙らせないと」

弁護側は、Aさんにも落ち度があったと主張を展開。

【弁護側の陳述】

「Aさんには罪悪感というものがなく、不誠実だ」

Aさんから交際を持ち掛け、男の妻に関係が知られた後も、謝罪など妻からの要求には応じず、さらにAさんの脅迫めいた行動や言動が男を追い詰めたと主張。

男は犯行当時、車内でのAさんの暴言に耐えられず「とにかく黙らせないと」と考えて、ハンマーで殴ったと話した。

殴って、Aさんは初めて謝ったという。

Aさん「ごめんなさい」

男「いままで許してくれなかったよね」

【検察側の陳述】

確かに、Aさんの言動は事件と無関係ではない。しかし、それは被告人が関係を続けるための身勝手であいまいな態度に原因があるのであって、被告人の犯行が強い非難に値するのに何ら変わりない。

【被告人質問 男と裁判長】

男「私からは、Aさんとの縁を切ったり、別れたりはできないと思っていました。Aさんから(脅しで)『別れる』と言ってきた時には、会社、家族全部失うと思って…。ただただ、先延ばししていただけだった、と思います。我慢していれば、いつかは終わるんじゃないか、と思っていました」

裁判長「…いつかって?」

男「…わかりません」

裁判長「Aさんに対して好意はありましたか?」

男「女性として好き、という気持ちはなかったんじゃないかと思います。怒らせてはいけない、という、恐怖心がありました」

「あなたのせいでめちゃくちゃ」

男とAさん双方の肉親に聞く。

6日。男の父親。

初公判から傍聴している。裁判長に呼ばれ、証言台の前に座った。耳が遠いと言い、声も張り上げるように話す。

【男の父親による情状】

「(息子は)正義感のある、思いやりのある、やさしい子です。

(息子は)12月に離婚が成立しました。

(母はすでに亡くなっていて、ほかに子どももいないので)親一人子一人です。

ずっと見守ってやろうと思います。

(息子は)反省していると思います。

(これから息子が)どこへ行くのか全然わかりませんが、行ける範囲なら行こうと思っています」

男、動かない。

10日。Aさんの母親。

初めての出廷。とても傍聴できない、という。確認できるのは声のみで、衝立のために姿は見えない。話し始めた途端、みるみる涙声に変わった。

【Aさんの母親の糾弾】

「本当に私の娘なのかと、(遺体となった)娘の顔は見れたものではありませんでした。痛かっただろう。苦しかっただろう。げんこつでも痛いのに、ハンマーで殴るなんて…

私たちは、『普通の暮らし』ができなくなってしまいました。

(娘の)葬式には友人や会社の人を呼べません。娘が悲惨な姿なので、身内だけでやりました。

あなたのせいでめちゃくちゃです。

孫たちの面倒を見なくてはいけないので仕事に行けず、これからの生活も不安です。

(叫ぶように)全部、あなたのせいです。

(孫たちの)母の代わりになるので、少しでも若く見えるよう、明るい髪にしています。きょう着ている服は、娘の服です。

あなたにはずっと刑務所にいてほしいです。

(息を整えて)孫たちは、あなたと会ったことがあるからです」

Aさんの母親、退出。

男、うつむき、ボーっとしていて動かない。

「取り返しのつかないことをしてしまった」

最後の主張。

【検察 最終論告と求刑】

「被告人の行為は、強い非難に値します。被告人を、懲役18年に処し、糸鋸の持ち手1個、糸鋸の刃2編、両刃のこぎり1本、電動のこぎり1箱、鉄製ハンマー1本、包丁1丁を没収するのが相当」

【弁護士 最終陳述】

「被告人は追い詰められた末に突発的に犯行に及んだ。Aさんにも責められるべき点がある。総合的に鑑みて、懲役13年以下がふさわしい」

【男 最後の懺悔】

「取り返しのつかないことをしてしまったと思っています。本当に、申し訳ありませんでした」

これですべての審理が終了。

「感情的になって人生を棒に振るのは」

14日。

判決の言い渡し。

男が、証言台に立った。深呼吸をひとつしていた。

以下、静岡地裁浜松支部の判決理由を抜粋。

男の犯行、殺人は「強い殺意をうかがわせる危険なものであり、容態は残忍で悪質」。死体損壊・死体遺棄は「死者に対する宗教的感情や畏敬の念を大きく害する残酷で悪質な犯行」である。

男がAさんから暴力や暴言を受けたり、脅されたりしていたことについては認め、考慮するものの、「高い危険性や切迫性があったとは認められず、本件当時、被告人が被害者から追い詰められていたとまではいえない」と判断した。

「犯行の計画性」の見解について、男が金を払うと嘘をついてAさんを呼び出し、鉄製ハンマーなどを用意して合流、犯行に及んだことから、「殺害することをまったく想定していなかったわけではないと考えられ、計画性があったとまではいえないが、突発的な犯行であったともいえない」とした。

裁判長の話】

「時間は誰にでも平等です。自分のやったことを受け止めて、どう行動していくか。重大な犯行の一部始終をよく振り返り、遺族に何ができるか考えてください」

男に、懲役18年の判決が下りた。

男、小さい溜息。

閉廷。

男は控訴せず、刑は確定した。

【男の元妻 供述調書より】

「夫は以前、殺人事件のニュースを見て、『感情的になって人生を棒に振るのはアホだよな』と、話していたことがありました」