3秒のセルフ計測により、3D映像や全身18カ所の数値などがわかるワコールの「SCANBE(スキャンビー)」は2023年5月のリブランディング以来、若年層に向けた新たな価値提供を目指している。単なるボディ計測の枠を超え、自分の体を深く理解し「自分らしさ」を実現するための手助けとなるサービスやコミュニケーションに力を入れはじめた。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。 今回は、マーケティング本部のイノベーション戦略室でサービスデザインを担当する高田朋佳氏に、ボディデータを計測・記録できるサービス「SCANBE」のリブランディングのポイントとその上で大切にしていることについて聞いた。

◆ ◆ ◆

DIGIDAY編集部(以下、DD):「SCANBE」とはどのようなサービスですか。 高田朋佳(以下、高田):もともと、2019年に「3D smart & try(スマート アンド トライ)」という名称で、自分のボディデータを3Dボディスキャナーで計測できるサービスとしてスタートしました。これまでの下着売り場での採寸は、裸に近い状態で行われるのが当たり前でした。お客さまにとって販売スタッフと個室で2人きりの状態で採寸されるのは抵抗があるのではないかというのが開発のきっかけでした。2023年5月に「SCANBE」としてリブランディングしてからは、計測したボディデータを当社の公式アプリ「WACOAL CARNET(ワコールカルネ)」に記録していつでも確認することができるようにしました。3D映像や全身18カ所の数値など、自分のボディデータについて詳しく知ることができますし、*過去のデータとの比較も可能です。*[1]3Dボディデータは過去3回分の保存が可能。4回目以降は計測日が古いものより閲覧ができなくなる。[2]アプリサービスを利用する際は、アプリのダウンロードと会員登録が必要。トレーニングをしている方が利用してくれているケースもあり、現状維持できているか確認するのに活用いただいたりもしています。DD:リブランディングのポイントや背景を教えてください。高田:2023年の5月にリブランディングしました。従来のサービスは「3秒で計測できる」「セルフでインナーウェアのサイズがわかる」などの機能的な価値を中心に訴求していたため、サービスの本質的な価値を提供できていないという課題がありました。本質的な価値とは、計測をして自分の体を知る時の情緒的な部分を示すと思っています。また、若年層に向けて、魅力的だと感じていただけるようなコミュニケーションが図れていないという背景もあり、リブランディングしました。「SCANBE」は、「自分を知り、自分を思いやり、お客さまそれぞれがありたい自分でいることに寄り添うブランド」というメッセージを掲げています。リブランディングをきっかけに、自分を知る体験を充実させ、お客さまとコミュニケーションを図っていきたいと思っています。計測データを活用した骨格診断、ブラ診断などの体験コンテンツを拡充し、「自分を知る」価値を提供するブランドとして確立していきたいと思っています。DD:なぜ若年層をターゲットにしたのでしょうか。高田:ペルソナを検討するなかで、Z世代の持つニーズと「SCANBE」の機能の親和性が高いと思いました。ペルソナは2人設定しており、ひとりは中学生から高校生までの思春期、もう一方は社会人になりたての年代を想定しています。他人軸ではなく、自分軸で取捨選択をする世代特有のニーズが、計測をして体や自分を知るという体験と親和性があるのではないかと思っています。

高田 朋佳/株式会社ワコール マーケティング本部 イノベーション戦略室 サービスデザイン担当。2020年に新卒でワコールに入社し、ナイトウェアの商品企画を担当。2022年より現職。趣味は旅行で、手軽に非日常が味わえる船旅がブーム。去年のGWに訪れた小笠原諸島での思い出が忘れられない。イルカと泳ぐという普段味わえない経験をした。ことしは海外で船旅をするのが密かな目標。

若年層へのターゲティングとコミュニケーション

DD:ワコールの商品は高価格帯のものが多いイメージなので、もう少し上の層がターゲットだと思っていました。高田:リブランディング前の「3D smart & try」の利用者も約7割が20〜30代で、若い世代との接点が作れていましたが、若年層が求めているものに親和性があると感じていたため、今回はより若年層にフォーカスしたサービス設計にしました。DD:若年層にはどのように認知を図っていますか。高田:まだまだ途上ではありますが、ボディデータを活用したコンテンツの拡充に注力しています。たとえば、「わたしに合うブラ診断」 は3Dボディスキャナーで計測した結果に基づき、体に合うブラジャーの選び方を10分でアドバイスしてくれるコンテンツです。コンテンツを増やしていくことで、ブランド全体の一連の「自分を知る」体験として、お客さまとのコミュニケーションにより深度が出ると考えています。3月には3Dボディスキャナーを使って骨格診断ができるようになりました。お客さまの骨格がナチュラル・ウェーブ・ストレートのいずれかを診断することができるものです。この「わたしを知る骨格診断」に関しては、利用者の約半数が10〜20代の方で、ターゲット世代の方から好評をいただいています。

リブランディングとコミュニティの形成

DD:このサービスを利用したお客さまの反応はいかがでしょうか。高田:「SCANBE」の旗艦店である東急プラザ表参道「オモカド」店では、お客さまにコメントやメッセージを書いていただいています。リブランディング前と比べてコメントの内容が変化しているのを感じます。かつては「正確ですごかった」などの機能的な部分に対するコメントが多かったのに対し、今では「体験自体が楽しかった」「自分の知らない一面を見ることができた」など感情にフォーカスしたコメントが増えてきています。お客さまのコメントやメッセージが書かれたメモは店内の壁に貼っているのですが、このアナログな取り組みは、ファンコミュニティサイトのような側面もあると思っています。計測後に、ほかの人の意見やコメントを見たお客さまが、気持ちをシェアしたり、前向きになれたりすると思います。DD:さまざまなコンテンツがありますが、それぞれ企画を設計する時に重視することはなんでしょう。高田:顧客起点で考えることを大切にしています。たとえば骨格診断は、3D計測をしたお客さまが、ご自身のボディデータを見た際に「自分はウェーブだ」など、骨格に関するお話をされていることが多く、それが開発のきっかけになりました。お客さまの声が起点となったサービスです。デジタル上でのサービスは、技術的に実現が難しいこともありますが、お客さまの声をできる限り反映できるようにしています。

顧客の声を活かしたサービス開発

DD:では実際にどのようにお客さまの声を集めているのでしょうか。高田:たとえば、新しいサービスを開始する前には、まず簡易版のサービスを作っています。そのサービスを実証実験としてお客さまに体験いただき、その後インタビューを実施しています。お客さまのニーズに基づいてサービスを開発していますが、簡易版サービスを実際に体験したお客さまの声を聞くことで、新たな発見や気づきを得られることがあります。価格に関する意見や診断結果に求めるものなど、我々が提供するサービスにどういった価値を求めているかを知ることができます。また、アンケート調査やSNSのエゴサーチでもお客さまのニーズはある程度見えますが、文章だけでは気づくことができない本当の気持ちを汲み取れることも多いため、インタビューはサービス開発の過程において非常に重視しています。

選択肢の提案と自分らしさの後押し

DD:お客さまとコミュニケーションを図る上で、どういったメッセージを発信していますか。高田: 我々はお客さまの「自分らしさを実現すること」を後押ししたいので、まずは自分のことを受け止めていただけるようなメッセージを発信するよう心がけています。お客さまのなかには、たとえば3D計測の「平均値を知りたい」という意見や、自分の骨格に「似合わないものを教えてほしい」という要望をいただくこともあります。お客さまの声を取り入れる際には、それが自分らしさを後押しすることにつながるかどうか、ブランドの指針と照らし合わせて検討するようにしています。我々は提供するサービスを通して、お客さまに「こうなってほしい」「こうあるべき」といった理想の提示はしていません。あくまで選択肢や提案を増やし、お客さまにより選びやすく自分らしさに近づける後押しをしたいと思っています。今後はより多くの方に「SCANBE」を体験していただくために、ターゲット層であるお客さまが来店しそうなエリアへの出店も広げていきたいと思っています。また、ボディデータを起点にしたコンテンツの拡充を目標にしていきたいです。イノベーション戦略室のメンバー。高田氏と課長代理の南智沙氏(写真右)。東急プラザ表参道「オモカド」の店内には、顧客からのメッセージが書かれたメモが壁に貼られている。Written by 坂本凪沙 Photo by 三浦晃一