菅野こうめい×肉乃小路ニクヨ対談インタビュー 『プリンスアイスワールド2024-2025』は新時代のアイスショー
国内外を代表するトップスケーターたちと公演ごとに招くゲストスケーターが、自由度の高いパフォーマンスや衣裳、照明やセットの演出で魅了する『プリンスアイスワールド』。“氷上のミュージカル”としても人気を博すアイススケートショーの新公演が、いよいよ2024年4月27日(土)より開幕する。
本公演のテーマは『A NEW PROGRESS ~BROADWAY ROCKS!~』。前シーズンで作り上げた世界観をさらにグレードアップし、ブロードウェイ・ミュージカルを中心に、ウエストエンド、ウィーン・ミュージカル、ROCKのビートあふれるナンバーが揃う。
構成・演出を担当するのは、演出家・菅野こうめい。前シーズンに引き続き、アイススケートとミュージカルのコラボレーションを、どのように魅せるのだろうか――。今回、フィギュアスケートやミュージカルが大好きだというニューレディ/コラムニストの肉乃小路ニクヨとの初対談が実現。本公演について、アイスショーの魅力について語ってくれた。
プリンスアイスワールド2024-2025『A NEW PROGRESS ~BROADWAY ROCKS!~』キービジュアル
今年のテーマは「ROCK」 若々しい内面の叫びを表現したい
――対談が始まる前から、和やかにお話をされていましたが……。
肉乃小路ニクヨ(以下、肉乃小路):私はコサキン(小堺一機と関根勤)が大好きで、小学生の頃から『コサキンDEワァオ!』のヘビーリスナーだったんです。
菅野こうめい(以下、菅野):ええー! 小学生の頃からあの番組を聴いていたの? マセてますね(笑)。
肉乃小路:そのラジオで『小堺くんのおすましでSHOW(小堺一機が主演を務める公演)』をやると聞いて。初回はたしかパルコ劇場で、翌年からシアターアプルでやっていて。すごく行きたかったけれど、小学生だったので行けなくて……。悔しい思いをしたのをすごく覚えています。
菅野:僕の演出家デビュー作ですね。
肉乃小路:パルコ劇場での公演は私たちの組合では伝説になっていたりするので。
菅野:うわー、うれしいね! でも、確かに。僕がスタッフで参加していて、同じ劇場で上演されていた『SHOW GIRL』の木の実ナナさんは、「日本のジュディ・ガーランド」って言われていましたからね。そちら方面の方々の注目を集めていたのかも(笑)。
肉乃小路:今日はすごい方とお話できるのですごくうれしいなと思っています。
菅野:ちゃんと真面目に話さなくちゃ!(笑)。
肉乃小路:とても気さくに話していただいて、すごくありがたいです。
――ニクヨさんはフィギュアスケートがお好きとのこと。本公演のリハーサル映像をご覧になったとのことですが、いかがでしたか?
肉乃小路:昨年も素晴らしかったけれど、今年も本当に素敵でした。言わずもがななのですが、音楽の繋ぎ方が本当に素晴らしかったです。意味を考えて繋げていただいている。ミュージカルファンとしてもすごく頼もしいと思いましたし、ちゃんと分かってくれている人がやっているというのが伝わってきました。
菅野:すごく褒めてくれて、うれしいなぁ。
肉乃小路:昨年は「I’d Give My Life For You」から「Tomorrow」に行くところとか泣きそうになりました。今年は「He's My Boy」から始まり「Land of Lola」からの「You Will Be Found」。ちゃんと意味が分かってるって感動しました。
菅野:当たり前じゃん(笑)。
肉乃小路:いやいや。当たり前なんだけれども、観る側の気持ちを汲み取った曲の構成はやっぱりさすがだなと思いました。この構成、私、大好きです!
菅野:ありがとうございます。
――『プリンスアイスワールド2024-2025』のテーマはどのような経緯で決まったのでしょうか。
菅野:昨年は綺麗に作りすぎちゃったなって思っていて。
肉乃小路:すごくクラシカルというか、20世紀のミュージカルという感じでしたよね。スイング感もあって、すごくジャジーでした。
菅野:まさにそう! でも、今らしさが表現しきれていないなと思って。ちょっとジジイの趣味に終わっちゃったかなと。だから今年は若々しく、内面の叫びみたいなものを表現したいと思いました。時代的にいい加減、世の中に対して声を上げないとダメなんじゃないかという思いもあったし、みんなに叫ばせたい気持ちもあって。それで、“ROCK”が一番いいかなと。ロックミュージカルはたくさんあるし、ブロードウェイのトレンドも入れたくて。目指したのはそういうところです。
肉乃小路:今年のリハの映像からも、21世紀に入ってからのミュージカルのトレンドをしっかり取り入れているのはすごく感じました。ここもちゃんとかゆいところに手が届く感じで、素晴らしかったです。お客さんを置いていかない感じもすごく好きです。
菅野:フルショーでやりたい気持ちもあるけれど、この構成ならいい感じで見せることができるんじゃないかなと思っています。『ジェイミー』から『キンキーブーツ』、そして『ディア・エヴァン・ハンセン』をひとつにしてLGBTQがテーマのブロックを作りました。僕はどこかの政治家みたいに、エンターテインメントを利用して『多様性』とかいうのは絶対にやりたくない。適当にショーをやらせて楽しんだ挙句に『多様性を理解するために』なんて言い出す始末。「ふざけんな!」って思います。そういうことへの怒りの叫びという気持ちも込めたつもりです。
肉乃小路:なるほど。
菅野:ブロードウェイはショービジネスの世界で一番、LGBTQへの理解度が高いと感じていますし。
肉乃小路:当事者がたくさんいますから。
菅野:彼らはそういう環境の中で、そうせざるを得ないというのもあるし、一番に声を上げてきたのもブロードウェイだったような気がするんです。マイケル・ベネットを筆頭に、いろいろな才能がHIVで失われている。そういう歴史を見ても、やっぱり(LGBTQを題材にして)やりたいなという思いがありました。『ヘアスプレー』をやるならママ役は絶対男性に踊ってもらわないといけない。そこは外せないのと同じ。……そうだ! ニクヨさん踊れる? 滑れる? 演る?(笑)
肉乃小路:千葉育ちなんですけれど、千葉の奥地にはリンクがなかったから滑れないです。踊りも踊れない!
菅野:そうなんだ、残念……。でもやっぱりショービジネスとLGBTQの関係って大事だと思っていて。僕が演出していた安蘭けいさんのディナーショーで、彼女が「He's My Boy」を歌ったんです。それが本当に素晴らしかったんですよね。彼女は日本版のオリジナルキャストだから。僕は残念ながら『ジェイミー』の本番は観れていないんだけど……。
肉乃小路:私は行きました!
菅野:本当に? いいなぁ。彼女が歌っているのを聴いて、この曲は絶対にやりたいと思った。そこを軸にしたら、今回のラインナップが浮かんできて。悩む息子が鏡の中に未来の自分を見て対面する。そこから抜け出してくるのがローラだったというストーリー。そして最後に、『エヴァン・ハンセン』の多様性の中にひとつの共通項みたいなものをみんなが共有できるっていう歌でまとめた構成こそが、本当の多様性なんじゃないのっていう思いを込めました。
肉乃小路:それはすごく素晴らしい多様性の訴え方だと思います。享楽的な感じで表現するという方法もあるのかもしれないけれど、やっぱり、多様性を出していくにはまず本人の苦悩を出していくことがすごく大事。多様性のひとつとして存在していく自分のアイデンティティの確認みたいなのってすごく必要じゃないですか。そこをちゃんと踏まえた流れができているから、当事者としてもしっくりくるという感じがして素晴らしいなと思いました。
菅野:何も判ってない政治家の言い訳なんかに利用されたくないじゃないですか。
肉乃小路:確かに。表面的に見ると享楽的な一面もあるにはあるんです。けれどもそこに至るまでのプロセスもしっかりと描いてくれているから、こっちとしても受け入れやすいと感じました。
菅野:要するに、エンターテインメントとしてのアイスショーを作る価値というものもちゃんと作りたい、主張したいと思っていて。町田樹さんともそういう話をよくするのだけど、意見が合うんだよね。ゲストに頼らず『プリンスアイスワールド』でできることを、今年はより色濃くできたという自負があります。
プロフェッショナルにこなすメンバーが誇らしい
肉乃小路:『プリンスアイスワールド』はプロスケーターの団体だからこそ、深みを与えられている感じがします。スケートは競技としてもすごく楽しいけれど、どうしてもジャンプなどの技重視になったりするもの。だけど、リズムが合うとか、群舞とか、滑りの美しさ、技以外にもあるスケートの楽しさを丁寧に見せて欲しいと常々思っていたので、プロ集団が自分たちの技を活かしてスケートならではの表現をするのはとてもいい傾向。昨年からの進化は本当に素晴らしい試みだと思います。
菅野:やっぱり45年の重みというのかな。観客席を作る関係で通常のリンクよりも小さい中で、30人近い人間がひとつのフォーメーションを作り上げ、シンクロナイズドのスケートをするというのはよっぽどの技術がないとできないことですから。スケートって近くで見ると風は吹いてくるし、スリルとスピードを感じられるもの。ありきたりな言葉だけど、それを最大限に活かして、でも凄さを見せずに「スケートは楽しいもの、面白いもの」と見せたい。今年は特に、そういうところも意識しました。僕たちは点数を競い合っているわけではないし、誰も採点しないから。
肉乃小路:ですよね。
菅野:技術がある人たちが本気で遊ぶとこのくらい楽しいんだよ、というのが今回の大きな見どころかなと思っています。
肉乃小路:ハーモニーというのをすごく大事にしている印象があります。本物の技術を持った人たちが集まって奏でるハーモニーはすごく楽しいし、素晴らしいもの。そういうスケートのハーモニーを見せたいという気持ちが感じられて、本当に素敵だなと思っています。
菅野:僕がメンバー全員に言っているのは、“すべてにおいてプロフェッショナルじゃなきゃいけない”ということ。ローラもメイクをしてカツラをかぶってドラァグクイーンになりきっているけれど、それはプロフェッショナルの仕事としてやらないとダメ。そのキャラクターは覚悟を持ってこの道を生きるんだと決めているのだから、その覚悟が見えないとやる意味はない。ニクヨさんがおっしゃったように、分かっている人がやるのと分かっていない人がやるのとの差ってそういうところから生まれると思うんだよね。
肉乃小路:まさにそう。でも、この話を聞いたら、ローラ役の人のプレッシャーはすごく大きいんじゃないかなって。
菅野:責任はすごく重いです。リハの初日はうまく噛み合わなくて全然ダメだった。だから僕はローラというキャラクターをこのシーンに登場させる意味をちゃんと説明した。すると、数日後にやった2回目のリハでは、しっかりローラを自分のものにしてきてくれました。さすがだと思ったし、『プリンスアイスワールド』に関わる全員がそういう根性を持っている。じゃないと、これだけのものは作れないと思っています。僕は『プリンスアイスワールド』の会社の人間でもないし、演出を担当するという立場だけど、メンバーのことをすごく誇らしく思っています。演出家がパフォーマーを愛せないと絶対にいいものは作れません。僕はメンバーが本当に愛しいし、誇らしいからこそ、彼らをもっとよく見えるようにするには何をすればいいのかを一生懸命考えられる。そういう時間はすごく楽しい。だからこの『プリンスアイスワールド』の仕事が本当に楽しくて仕方ないんです。
肉乃小路:いい循環ができているんですね。
リハーサルの様子
リハーサルの様子
肉乃小路:ちょっと伺いたいんですけれど、床の上でイメージしたもの、振り付けなどを氷の上に落とし込むってすごく大変そうですよね。
菅野:すごく大変。床の上でできることが氷の上ではできない、その逆もある。ミュージカルのダンスシーンを担当するコレオグラファーと、氷の上でのことを担当するスケーティングディレクターと、僕が集まってディスカッションを繰り返しました。今年は昨年以上に密度の濃いコミュニケーションが取れたので、より磨きがかかったものができた自信があります。
肉乃小路:昨年はミュージカルに比較的忠実な振り付けという印象があったけれど、今年は「ROCK」ですから、自分の魂の発露みたいなものも必要ですよね。演出では自由な部分を作りながらも、役をしっかりと理解して、演者自身で(その自由な部分を)埋めるようなことを試みているようにも感じました。
菅野:まさにそう。だから、スケーターが声を出してもいいんだよ、叫んでいいよって言ってます。今回はいろいろな声が聞けるのを楽しみにしてください。
肉乃小路:それはすごく面白いですね。
菅野:ROCKは心の叫びなんだから、叫びがなければROCKにならない!
肉乃小路:スケーターに叫ばせるなんて、新しい!
菅野:ROCKがテーマだからつまりは「叫び」。スケーターから飛び出す実際の叫びをリアルに聞いてほしいです。
肉乃小路:昨年までとは違ったスケーターの新たな進化が見られるのですね。より個性が出てきそうで楽しみです。
――スケートと叫びは結びつかなかったです。
菅野:でしょ? 競技でもまず声を出す人はいないから。僕たちのショーでは、来年は歌い出す人も出てくるはず。
肉乃小路:アイスショーは照明や舞台装置も含めてすごく総合芸術感があるけれど、そこに声が入ったらもっと総合芸術になりますよね。
菅野:来年は歌うよ、ってチームメンバーにはもう言ってありますから(笑)。
――みなさん、求められるスキルがどんどん増えていきますね。
菅野:最終的にはスケーターが自らの声で歌い、芝居をして、滑るというのはどうかな? いずれはそういうのもやりたいと思っています。
肉乃小路:斬新! 21世紀って感じがします。
菅野:スケーターが歌い出したらカッコイイ! って思わない?
肉乃小路:見てみたい!
菅野:でしょ?!
日本語歌詞で構成することのこだわり
肉乃小路:今は一流のミュージカル俳優さんが歌っていますが、日本語歌詞にこだわりがあるのでしょうか。
菅野:あります。僕は日本語でミュージカルをやることを仕事にしてきたので、やっぱり観客のみなさんに伝わりやすい言葉でお見せするというのはとても大事だと思っています。
肉乃小路:なるほど。
菅野:海外ミュージカルのオリジナルに慣れているファンはいいけれど、日本語で聴けたら、伝わり方も表現の仕方も絶対に変わると、この仕事をお受けした時から思っていたので、日本語歌詞で構成することは最初から決めていました。
肉乃小路:ようやく合点がいきました。英語でも分かるファンはすごく多い気がしているのですが、演者にはどういう意味を持ってこの表現をしているのか、そしてお客さんにもより歌詞や歌の世界を理解してもらいたいという両面への想いがあるからこそのこだわりなんですね。
菅野:同時に、本物のミュージカル俳優に歌ってもらうこともひとつの大きな目的というのもあって。普段、彼らは日本語でミュージカルを演じている。初めてレコーディングする曲でもヴォーカリストとして表現しやすいだろうと。それに、そのほうがキャストも集めやすい(笑)。それができる友達全員にLINEして出演の相談をしました。
肉乃小路:すごく豪華なメンバーをLINEで。さすがです!
菅野:いいよって言ってくれた人がたくさんいたので、「スケジュールが空いてたら、会場で生で歌ってね」ってお願いして(笑)。
肉乃小路:最終的にはオーケストラまでいきそう!
菅野:昨年は全部フルオーケストラで音源をレコーディングしたので、いずれはオーケストラも氷の上に登場させたいとも思っています。
肉乃小路:贅沢ですね。
菅野:だから今回はシンフォニックロックも取り入れたりして、僕が音楽のすべてをコントロールしました。曲を並べさせたら日本一なんで、僕。
――かっこいい!
肉乃小路:素敵!
菅野:ショーって結局は楽曲の並べ方とアレンジなんですよ。僕はその両方が得意だし、持ち味だと思っているので、存分に力を発揮させてもらいました。
肉乃小路:ミュージカルやクリスタルルームでのキャバレーショーの演出なども含めて、さまざまな経験が蓄積されているから、こうめいさんにしかできない技、技術があると思うし、それを見させていただけるアイスショーになっているんだなってワクワクします。
菅野:この年になってやっと自分の持ち味が分かるようになったので、そこを活かして思いっきりやろうかなって。
肉乃小路:マエストロじゃないですか!
菅野:そうかな。つい先日、高校の同級生達と会った時には「お前いつまで仕事を続けるの?」なんて訊かれたけれど。彼らのほとんどがリタイヤしているからね。
肉乃小路:もうずっとやり続けてくださいね。
菅野:そうしたいです。
肉乃小路:本当に楽しみ。
――では最後に。『プリンスアイスワールド2024-2025』に行ってみようかなと興味を持っている方へのメッセージをお願いします!
肉乃小路:スケートはものすごくスピードが感じられるもの。こうめいさんもおっしゃっていたけれど、本当に風を感じます。そしてすごくいい香りもします。生で見れば風と香りが楽しめますし、会場の音響や照明はその場に来ないと体感できない。スケートは生で見たぶん、感動も深まります。アイスショーの魅力を最大限に感じられる現地で五感で堪能してほしいですね。
菅野:氷の粒も飛んでくるからね。
肉乃小路:現地の醍醐味ですよね。それに、プロスケーターは体の作りがやっぱり違う。アスリートであることも実感できます。衣装を着ると映えるスケーターの姿も見ていただきたいです。
菅野:見ちゃうよね、カラダ。みんな華麗に見えるけれど、いろいろなところの筋肉をコントロールしているから。僕的にはフィナーレにも注目してほしいです。昨年よりも一層、メンバーとゲストの一体感が感じられる演出にしているので、観客のみなさんのゲストスケーターの見方も変わってくると思います。
肉乃小路:アイスショーによくあるソロナンバーを中心に構成されている感じではなく、ハーモニーとして観られるのは本当に素敵なこと。日本のフィギュアスケートのエンタメ性みたいなものが上がれば、もっと人気にもなると思うので、競技者でもあるスケーターにとってはスケジュールなどに限界はあると思うけれど、ぜひともさまざまなハーモニーでこれからも楽しませて欲しいと願うばかりです。
菅野:僕も、がんばります!
肉乃小路:期待しています!
『プリンスアイスワールド2024-2025 A NEW PROGRESS~BROADWAY ROCKS!』横浜公演は、KOSE新横浜スケートセンターにて、2024年4月27日(土)~29日(月・祝)、5月3日(金・祝)~5日(日・祝)に開催。チケットはイープラスほかプレイガイドで販売中。
取材・文=タナカシノブ 撮影=大橋祐希