賃上げしたにもかかわらず、若い社員から不満が続出してしまった原因とは?(写真:metamorworks/PIXTA)

「優しく接していたら、成長できないと不安を持たれる」
「成長を願って厳しくしたら、パワハラと言われる」

ゆるくてもダメ、ブラックはもちろんダメな時代には、どのようなマネジメントが必要なのか。このたび、経営コンサルタントとして200社以上の経営者・マネジャーを支援した実績を持つ横山信弘氏が、部下を成長させつつ、良好な関係を保つ「ちょうどよいマネジメント」を解説した『若者に辞められると困るので、強く言えません:マネジャーの心の負担を減らす11のルール』を出版した。

本記事では、賃上げしたにもかかわらず、若い社員から不満が続出してしまった原因について、書籍の内容に沿って解説する。

思い切った賃上げでも不満が続出


ある中小企業の社長が、思い切って賃上げを決断し、実施した。

全社員の前で行われた方針発表会で、今後の給与体系の見直しを宣言。目先の「賃上げ」のみならず、来期からは業績連動型の報酬制度へ移行するとも打ち出した。

ベースアップはもちろんのこと、利益が出たら貢献レベルに合わせてしっかり社員に還元するという、とても前向きな施策であった。

ところが、若者から次々と不満の声があがった。「賃上げといっても実際に計算したら微々たるものだ」「もっとできるはずだ」という意見が相次ぎ、社長は困惑した。人事労務の専門家とプロジェクトチームを作り、1年以上もかけて見直しをはかったのに、である。

なぜ賃上げ後に若者たちから不満が噴出したのか、今回はその背後にある「意外な理由」をお伝えする。最後にはマネジャーの重要な役割についても解説するので、ぜひ最後まで読んでもらいたい。

「やりがい」よりも「お金」を重視する若者たち

賃上げの主な目的は「採用」と「リテンション(雇用維持)」である。社長は理解していたのだ。優秀な人財を採用したり、離職を避けるには「お金」を軽視してはいけないことを。

しかし、いまだに「若い人って、お金よりも『やりがい』を重視しますよね」と勘違いしているマネジャーは多い。「やりがい搾取」という言葉があるように、「やりがいさえ感じられたら、多少給与が低くても満足するはずだ」という価値観は古い。こんな考えでは、手塩にかけて育てた部下に離職されても文句を言えないだろう。

統計で確認してみればわかる。「やりがい」よりも「お金」を重視する若者たちが増えているのだ。

「みんなの転職」サイトが調査した結果では、その傾向は20〜30代の若者に顕著だ。その割合は2019年以降に逆転し、ドンドン差が広がっている。

・2017年 お金(45%) やりがい(55%)
・2018年 お金(48%) やりがい(52%)
・2019年 お金(51%) やりがい(49%)
・2020年 お金(52%) やりがい(48%)
・2021年 お金(50%) やりがい(50%)
・2022年 お金(56%) やりがい(44%)
・2023年 お金(59%) やりがい(41%)

「衰退途上国」とまで言われる日本に希望を持てなくなった、ということだろうか。ロマンチストよりもリアリストの若者が増えている。

もちろん、「お金」も「やりがい」も両方を満たしたい。しかし、どちらかを選べと言われたら「お金」と答える人のほうが増えている、ということだ。

それに、誰だって「仕事に求めるものは何か?」と質問されて、「お金」とは、なかなか答えられない。相手の心象や周りの目も気になる。だから、

「私はお金よりも、やりがいを重視したいです」

と部下に言われても、それが本音かどうかわからない。超採用難の時代は今後もずっと続く。若者に対する誤解や勘違いは、会社の存続を揺るがす大きな問題となる。

「賃金」に関わる3つの無理解

今回の賃上げについて案の定、一部の管理職やベテラン社員は勘違いしていた。若者たちが「お金よりも仕事のやりがいを重視している」という誤解だ。だから、

「賃上げよりも、やりがいを優先させる方針をとるべきだったのか」

とある部長が発言したが、社長は一蹴した。

「20代前半の社員全員と面談した。不満はすべて『賃上げが物足りない』だった」

社長はかなり残念そうだった。今回の取り組みに協力してくれた人事労務のコンサルタントは、

「社長は思い切った判断をされました。胸を張ってください」

と勇気づけた。では、いったいなぜこのような事態になったのか。理由は極めて単純なものだった。それが社長と若者との間にある「情報の非対称性」である。

若い社員は、以下の3つの事柄について著しく理解が足りなかった。

(1)賃金の詳細
(2)賃金の水準
(3)賃金の決定プロセス

まず、賃金の詳細である。詳しくアンケートをとったところ、毎月振り込まれる金額(手取り)と、給与所得を区別できない者もいた。賃上げによって手取りが増えるとは限らない。賃上げに伴い、税金や社会保険料も上がるからだ。それを理解できていない若い社員のなかには、

「なぜ、後輩のほうが給与が高いのかわからない。学歴の差か?」

と文句を言う者もいた。また、社会保険料については会社側が社員の見えないところで半分を支払っているため、実は社員が見えている額以上に「賃上げ」は行われている。しかし、それを理解できていない若者が大半だったのである。

残念ながら、このような無理解は若者だけではなかった。調べてみると管理職も同じで、

「中小企業なんだから我慢しろよ」

と言うだけで、

「結局いくらになるのか、と思って計算したら微々たるものだった。話にならない」

と嘆く若者に対して、先輩や上司もキチンと説明できなかったのである。

社長が賃金をどのように決めているのかへの無理解

次に給与水準である。若者たちは業界における水準をまるで知らなかった。だから「十分なのか/不十分なのか」の判断ができなかった。感覚的に、

「物足りない」

と言ってしまっただけなのである。

恥ずかしながら、これは私も経験がある。私が20年以上前まで勤めていた日立製作所では、当時のシャープやソニーと比較して給料が低いという不満があった。しかし、東芝や三菱電機など、同じ総合電機メーカーと比べると決して低いものではなく、リーディングカンパニーとしての水準は保っていた。

その後、中小企業のコンサルタントになってからは、日立製作所の平均収入が実に高い水準にあったことを思い知らされた。当時の私は「井の中の蛙」だったのだ。

この企業の賃金水準も決して低いものではなく、むしろ今回の見直しによって水準以上になっていたのだ。

最後は、賃金の決定プロセスだ。これはとても重要なポイントだ。この企業は成熟ステージにあり、生産性が上がらないことが経営課題となっていた。労働生産性分析をしてみると、1人当たりの付加価値は業界平均を下回っている。したがってコンサルタントからは、

「生産性が上がってから賃上げしてはどうか」

と指導されていた。まっとうなアドバイスである。

しかし社長は、

「生産性を上げてからでは遅い。先に賃上げをするんだ。私は社員を信じたい」

と英断した。まずは労働分配率を上げることを決めたのである。専門家としては、賃上げの背景に、社長のこうした心意気があったことを社員全員が理解すべきだと思う。

なぜ若者たちは「社長に謝りたい」と言ったのか?

現代の労働環境では、「心理的安全性」が重要視されている。多様な意見を受け入れることが生産性アップに繋がると信じられているからだ。

とはいえ、正しい知識、理解がないまま発言を許すと組織が混乱する。若者たちは率直な意見を言っただけだ。しかし人事労務コンサルタントによる勉強会が開催されたあとは、誰ひとり不満を言わなくなった。講師が、

「どんな意見でも受け止めます。何でも言ってください」

と促すと、

「社長に謝りたい」

「この会社のことが、いっそう好きになりました」

「もっと経営について勉強します」

と謙虚な発言が相次いだ。いっぽう管理職の面々は自覚が乏しい。

「最近の若者は、勉強せずに発言しますからねェ」

「心理的安全性が大事とはいえ、なんでも言えばいいってもんじゃないよ」

と、他人事のように言っている。若者たちのように謙虚に受け止めていないため、さらなる勉強会の追試をすることになった。

今後、賃金は業績連動型の色を強くし、貢献度合いによって報酬が変動するのだ。評価者であるマネジャーたちの責任は重い。

最後にまとめたい。外部環境が激変していく時代において「情報の非対称性」は大きな誤解を生むマイナス要素だ。経営陣のみならず、中間管理職はもちろんのこと、若者も経営や組織についての最低限の知識を身につけるべきだろう。

そうしないと、社員としての「責任・権限・義務」それぞれを正しく理解できなくなるからだ。このことは、新刊『若者に辞められると困るので、強く言えません』に詳しく書いているので、ぜひ参考にしていただきたい。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)