AI時代「子どもが不登校でも"問題"ない」本当の訳
プロデューサーであるつんく♂さんと起業家である孫泰蔵さん、異なる2人のプロフェッショナルによる対談、第2回(撮影:尾形文繁)
音楽家、プロデューサーのつんく♂さん、連続起業家としてさまざまな事業を手がける孫泰蔵さんの対談。
2023年、つんく♂さんが『凡人が天才に勝つ方法 自分の中の「眠れる才能」を見つけ、劇的に伸ばす45の黄金ルール』、孫泰蔵さんが『冒険の書 AI時代のアンラーニング』をそれぞれ刊行。お互いの著書を読み、仕事論からAI時代の話まで、深い話は尽きることなく盛り上がりました。
今回は、「従来型の学び」に疑問を投げかけ、「AI時代に必要な学びのあり方」について語り合います。第2回目(全6回)
*このシリーズの1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
「お金」は世の中を変えるための「燃料」
つんく♂:孫さんのご著書(『冒険の書』)には、「なぜ学校に行かなきゃならないのか?」「なぜ勉強をしなきゃいけないのか?」といった、これまでの常識を問い直すことが書かれています。
孫さんご自身はビジネスでものすごく成功されて、僕なんて足元にも及ばないほどのお金持ちだと勝手に思っています。
なぜ、こういう本を書こうと思ったんでしょうか?
孫:たしかに、僕は普通の人よりも金融資産を持っているといえるでしょうが、僕にとってのお金って、自分のために好きな車や家を買って楽しむものというより、世の中を変えるような、何か新しいものを生み出すために必要な燃料だと思っているんです。
燃料はやっぱり多いほうが、より遠いところへ、より高いところへ行けるので、若いときに燃料をたくさん持ちたいとは思いました。
孫さんが考える資本主義とは?
孫:資本主義って少し過激にいえば、お金を稼ぐゲームなんです。
資本(お金)を投下してうまくいくと、より大きな資本(お金)になって返ってきて、それをまた再投資すると、どんどん資本(お金)が大きくなる。だから、そのゲームをハックしようと思ったんです。
つんく♂:すごいなあ。しかも、孫さんは東大を出ためちゃくちゃ頭のいい方でしょう。学生時代にバンドにのめり込んだ僕とは大違い(笑)。それなのに、本では「学校なんて行かなくていい」「勉強なんてしなくていい」と書かれていますよね。
孫:僕はつんく♂さんと違って、やりたいことがわからなかったんです。もともと勉強なんて大嫌いでしたが、九州の田舎にいると「東京に出て日本のトップとされる大学に行けば、すごい人がたくさんいるんじゃないか。そういう人たちに会いたい」という夢や憧れがあったんですよ。
でも……実際はそうでもなくて、俺は何のために頑張ってきたんだというショックもありました(笑)。
つんく♂:なるほど。東大が期待していたほどのものではなかったからこそ、もっと高みを目指して、ビジネスで成功できたのかもしれないですね。
つんく♂1992年に「シャ乱Q」でメジャーデビューしミリオンセラーを記録。その後は「モーニング娘。」をプロデュースし大ヒット。代表曲『LOVEマシーン』は176万枚以上のセールスを記録。国民的エンターテインメントプロデューサーとして幅広く活躍中(撮影:尾形文繁)
50歳を過ぎても見る「あの頃の悪夢」
孫:というか、僕は本当に受験勉強が嫌いだったんです。いまだに「明日試験なのに全然勉強してない!」っていう夢を見て、ガバッと起きることがあるんですよ。なぜ50歳を過ぎて、こんな悪夢で目を覚まさなきゃいけないんだ!と。
これからAIの時代になると、詰め込み式の受験勉強なんて意味はありません。それなのに、いまだに子どもたちは「つまらない勉強」をさせられている、やりたくもないのに。……という現実を変えるきっかけになればと思って、僕は本を書こうと思ったんです。
つんく♂:素朴な疑問ですが、AIの進化で、いろいろなことをAIがやってくれるようになるわけでしょう。だから勉強しなくていい、努力しなくていい。それで本当に生きていけるものなんですか?
孫:僕が言いたいのは、つんく♂さんもご著書(『凡人が天才に勝つ方法』)で書かれていたように、自分がやりたいこと、好きなこと、中2のとき憧れていたことをやればいいということなんです。だから、やりたくない勉強なんて、無理にやらなくてもいいと思っています。
つんく♂:とはいえ、僕が今10代のアイドルたちに「学校の勉強が嫌いなんですけど」って言われたら「最低限はやれ」ってアドバイスしちゃうと思います。
孫:それも間違いではないと思います。僕なら「やらなくていいんじゃない?」って言っちゃうと思いますけど……。
孫泰蔵日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中から一貫してインターネットビジネスに従事。その後2009年に「アジア版シリコンバレーと言えるようなスタートアップ生態系をつくる」という大志を掲げ、ベンチャー投資活動やスタートアップの成長支援事業を開始。そして2013年、単なる出資に留まらない総合的なスタートアップ支援に加え、未来に直面する世界の大きな課題を解決するための有志によるコミュニティMistletoeを設立。社会に大きなインパクトを与えるスタートアップを育てることをミッションとしている(撮影:尾形文繁)
「本当に困ったこと」があれば、人は自然と学ぶ
つんく♂:たとえば、うちの子どもたちは、幼い頃からハワイに住んでいるから、英語は話せるけど、漢字が弱い。なので、日本に帰ってきても漢字が読めないから、電車やバスに乗るのが怖いそうです。それを思えば、やはり基本的な学力は必要なんじゃないかと思うんです。
孫:あとからでも、本人が本当に困ったと感じれば、自然と勉強して覚えると思うんです。そのときでいいじゃないかと僕は思うんですよ。
つんく♂:たしかに、学ぶことの目的意識もあるし、やらされるよりは楽しめそうですよね。
孫:本当につらいなと思ったら、絶対、人ってみんな何か工夫すると思います。
「今やっておかないと、あとで大変」は思考停止
つんく♂:あえて意地悪な質問をしますが、勉強なんてしなくていいとサボって、「あとから頑張ればいいや」って思い続ける、そんな人生ってありでしょうか。他の人のように収入が得られず、自立できない人生になってしまったら……って、親は心配しそうですよね。
孫:僕は全然ありだと思うんです。「今のうちに何かやっておかないと、後々ひどい目に遭うかもしれないよ」という考えは、一見、相手のことを思っているようで、そこで思考が止まっているという面もあるような気がするんです。
つんく♂:たしかに、それはありますね。人並みの生き方って、悪くいえば資本主義の歯車になって、税金を払うために、資本家に搾取されるために頑張って働くという側面もありますし。
孫:「あのとき、ああすればよかったのかな」とか「こうやって生きてきたけど、本当によかったのか」なんて、たぶん死ぬときにしか総括できないと思うんです。
たとえば苦しい下積みが長く続いて、20代、30代を闇雲に過ごしてきた人も、40代、50代で花開くかもしれないし、開かなかったとしても、もがいてきた経験や、そこで出会った人たちが人生を豊かにしてくれることもある。それは自分が決めることだと思います。
無責任に「頑張れ」と言えない時代
つんく♂:そうですね。たとえば僕は他人から見れば成功したと言われています。
その自分の経験則から、たとえば売れていない芸人さん役者さんに「もっと頑張れ」と言うことはできます。実際、好きなことなら努力できるし、努力すれば今日より明日のほうがうまくなります。自分自身がそうでしたから。
でも、本当にそれでいいのかという気持ちも、たしかにあります。
僕らの時代は、ミュージシャンならCDが売れれば、実入りもありました。でも、今はYouTubeで100万再生しても、そう簡単に金銭的な成功にはつながらないでしょう。時代が変わっているんだから、無責任に「頑張れ頑張れ」なんて言えない時代だなとも思ってしまいますね。
孫:だから僕は逆説的に「売れる・売れないよりも、好きなことをやっていたほうがよくない?」と思ってしまうんです。
「努力しなくてもいい」わけじゃない
つんく♂:ただ、そこで頑張ること、努力することを放棄していいのかという問題はありますよね。
孫:そこは僕も、つんく♂さんと同じ気持ちです。
僕もつんく♂さんも感じているのは、苦しいこと、つらいことから全部逃げていいと言いたいわけじゃない、ってことだと思うんです。
アメリカのシーモア・パパートさんという教育学者の方が「ハード・ファン」という言葉を使っていらっしゃいました。
つんく♂:「HARD FUN(きつい楽しさ)」ということですか?
孫:はい。たとえばプロ野球選手になりたいとか、歌手になりたいというような高い目標を目指すなら、その過程はきついし、しんどいですよね。
しんどいけど、それを乗り越えられないと突き抜けられない。乗り越えた先があるから楽しめるわけです。難しいことを乗り越えることって、楽しいことでもあるんですよね。
つんく♂:まさに、僕も「努力という言葉には、忍耐や我慢というニュアンスがあるけど、好きなことなら楽しいはずだ」というようなことを本に書いたんです。
孫:僕も「適当でいい」「努力なんていらない」なんて言う気はさらさらないんです。「やりたいと思ってはじめたなら、徹底的にやれ」って、本を書いたあとで、むしろますます思うようになりました。
つんく♂:オリンピックを目指すようなアスリートは、睡眠や食事以外はほぼ練習に費やすわけでしょう。それでも世界ランキングどころか、日本の上位にも入れない人たちはたくさんいる。
トップに立つような人たちの努力は、それこそとてつもないものです。でも、彼らは夢中になっている。やっぱり好きだから、たとえ誰かに止められてもやるっていうのは、たしかにあると思います。
好きなこと、夢中になれることを学べる「場」が重要
孫:同時に「こんなに頑張っているのに、どうして結果がともなわないんだろう」という気持ちも、すごく重要ですよね。
頑張ればどうにかなる世の中なら、そこで終わってしまうけど、そうじゃないからこそのおもしろさもあると思います。
努力でなんでも突破できれば、工夫は生まれませんから。
つんく♂:勉強って、問題だけ解けばいいわけじゃないですよね。学んだことを使って、何をするかが大事なわけで。
孫:その通りだと思います。
だから僕は、究極のところ、学校に行く・行かない、勉強をする・しないも本人の自由だと考えています。
それよりも、好きなことを学べる社会環境づくりのほうが大切だと思っています。
*このシリーズの1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
対談場所:Rinne.bar/リンネバー
お酒を飲みながら、カジュアルにものづくりが楽しめる大人のためのエンタメスポット。廃材など、ゴミになってしまうはずだった素材をアップサイクル作品に蘇らせる日本発のバー。
(つんく♂ : 総合エンターテインメントプロデューサー)
(孫 泰蔵 : Mistletoe Founder)