(イラスト:花園 あずき)

大河ドラマでも話題の『源氏物語』。現代人の感覚からすると、ツッコミをいれたくなるような、コミカルな要素もある作品です。そんな奥深い源氏物語の魅力を解説した『東大生と読む 源氏物語』を上梓した西岡壱誠氏が、4人の男性が集まって女性について語り合う「雨夜の品定め」を紹介します。

みなさんは「源氏物語」に対して、どのようなイメージを持っているでしょうか?

紫式部の波乱の人生を描いた2024年の大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合、日曜20時〜)の放送が始まり、紫式部が書いた世界最古の長編小説「源氏物語」に多くの注目が集まっています。

読んだことがない人はきっと、「壮大な物語なんだろうな」「硬くて難しそう」「文学作品として完成度の高い物語なんだろうな」というイメージを持っていると思います。

実際、源氏物語は人間の恋と愛・男女の本質を描く、奥深くて文学的な小説です。現代の人が読んでも、つい涙を流してしまうような、素晴らしい作品だと言えます。

ですが、54帖にも及ぶ長編の物語なので、実際にはコミカルなシーンもいくつかあります。

4人の男性が集まって「品定め」をする

今回は、僕が源氏物語中屈指のギャグシーンのオンパレードだと思っている、「第2帖・帚木」の一幕である、「雨夜の品定め」をご紹介したいと思います。

このシーンでは、4人の男性が集まって「品定め」をします。「品定め」なんてかっこいい名前が付いていますが、品定めする対象は、女性です。

このシーン、言ってしまえば、男性が集まって猥談しているシーンなのです。

しかもここでの登場人物は、みんな光源氏よりも年上のお兄さんたちです。ということは、「お兄さんたちが、女遊びの基本を教えてあげよう!」という描写なのです。

そんな猥談のシーンに関して、作者の紫式部は4人の会話を評してこんなふうに言っています。

原文:いと聞きにくきこと多かり。
訳:本当に聞きにくい話が多かった。

女性である紫式部が、男4人の会話を直接的に描かず、「聞きにくきこと」と言っているということは、どういうことかわかりますよね?「男たちのどうしようもないスケベ話」が展開されたのではないかと推測できます。

義理のお兄さんが、女遊びを教えている

さて、この「雨夜の品定め」の登場人物の1人に、頭中将がいます。

この人物は、実は源氏物語で頻繁に登場し、光源氏のライバルポジションとして現れる人です。光源氏とは割と仲良しだけど、でも「お前には負けないぞ!」といった、少年漫画のような関係性になります。同じ女の人に恋文を送って恋敵になったり、仲良くしたりもします。

この人物も、「雨夜の品定め」で積極的に「こういう女性がいいよね〜」という話をしている1人になります。

……が、ここで1つ、ツッコミどころがあります。

この頭中将というのは、なんと、光源氏の妻である「葵の上」の実のお兄さんなんです。つまりは、光源氏の義理のお兄さんなのです。

ですから、このシーンは実は見方を変えると、「頭中将」は、「妹の旦那に対して、『妹のことはおいておいて、こういう女の子と遊ぶといいぜ!』と女遊びを教えている義理のお兄さん」になります。

現代的な感覚で言うと、「何してるの!?」とツッコミを入れたくなってしまいますね。

もちろん時代背景的なところで言えば、一夫多妻制が認められていましたから、今とは感覚が違います。それに、妹がツンデレすぎて、夫の光源氏が苦労していることも知っていたので、頭中将としては善意で、「貴族の嗜みとして、軽く女遊びでも教えてあげるか」というようなテンションだったのだとの解釈もできます。


とはいえ、それを差し引いてもドン引きな行動ですね

さて、このシーンではシリアスな過去の恋愛遍歴を語ることもあるのですが、かなりボケが多くて、読者にツッコミを求めていたり、時には筆者が地の文でツッコミを入れているシーンが続きます。

原文:「〜〜はかなきことだにかくこそはべれ。まして人の心の、時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば、 え頼むまじく思うたまへ得てはべる。 そのはじめのこと、好き好きしくとも申しはべらむ」

とて、近くゐ寄れば、 君も目覚ましたまふ。 中将いみじく信じて、頬杖をつきて向かひゐたまへり。 法の師の世のことわり説き聞かせむ所の心地するも、かつはをかしけれど、 かかるついでは、おのおの睦言もえ忍びとどめずなむありける。

訳:「〜〜つまらない芸事でさえこうでございます。まして人の気持ちの、折々に様子ぶっているような見た目の愛情は、信用がおけないものと存じております。その最初の例を、好色がましいお話ですが申し上げましょう」

と言って、左馬頭は光源氏に近付いて、光源氏も目を覚ました。頭中将は左馬頭の話を熱心に聞いていて、頬杖をついて正面から相手を見ていた。この様子は、まるでお坊さんが過去未来の道理を説法する席のようで、おかしいが、この機会に各自の恋の秘密が持ち出されることになった。

参加者の1人である左馬頭が、諸々いろんな話をしたうえで、「要するにさあ、女の愛情ってのは信用できないよね!」ということを熱弁し、「光源氏くん、こうなんだよ!!」と寝ている光源氏を起こして語り出しました。

いや、わざわざ起こしてまで語るようなことか!?」と思いますが、頭中将はそれを聞いて「なるほど! 勉強になるぜ!」といった雰囲気で超真面目に聞いています。

作者までもがツッコミを入れる

真面目に話すのはいいのですが、内容は「女ってやつはこうだよな!」という、どうでもいい話でしかありません。

この様子を作者は「なんかもう、お坊さんが世の中の理を説いているような感じだけど、全然そんなことないからね?おかしいことになってるよ?」と地の文でツッコミを入れています。

そしてなんと、「いい機会だ」と各自が今までの恋愛遍歴を語り出します。「自分はこんな恋をしてきた」「こういう女性との恋愛がうまくいった、うまくいかなかった」という話を1人ひとりしていくのです。

内容的には真面目な感じなのですが、よくよく考えると半分は自慢みたいなもので、半分は反省、というようなテンションで話は進みます。

原文:中将、「なにがしは、痴者の物語をせむ」とて、
訳:頭中将は、「私は馬鹿な体験談でも話しましょうかね」と言って、

こんなふうに、話す内容といえば、基本的にうまくいった話ではなくて、「これは失敗談なんだけどさー」というテンションです。

それでも、その中身をよく聞いていると、「こんな女と付き合ったんだよね〜」という、反省風の自慢をしまくっています。

その中身というのも基本的に、「嫉妬深い女の子と付き合っちゃって困った」みたいな話をするのですが、よくよく聞くと、「二股かけてたら1人の女の子からめっちゃ嫉妬されちゃってさー」みたいな話をします。

基本、一途に1人の女の人を愛していればこんな問題は起こらなかったよな、と思うようなことばかりを口にして、「こんな女性がいいよね」というようなことを1人ひとりが話しまくります。

この「雨夜の品定め」は、こんなシーンが大真面目にずっと続き、最後はこう終わります。

原文:いづ方により果つともなく、果て果てはあやしきことどもになりて、明かしたまひつ。

訳:どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちついて、夜をお明かしになった。

いや、あれだけ話しておいて、結局最後は猥談に落ち着くんかい!?とツッコミを入れたくなってしまいますね。

どうしようもない部分をコミカルに描く


女性である紫式部はどんな気持ちでこのシーンを書いているのか、わかりません。

ですがきっと、ちょっと男性たちの「どうしようもないような部分」を、コミカルに描きたかったのではないかと考えられます。

実際、「年上の男性が年下の男性に女性論を熱く語る」「反省風の自慢をする」「よく聞くと男性が悪いけど、それに気付かずに女性のせいにする」というのは、現代にも当てはまることだと思います。

源氏物語にはこのように、ちょっとコミカルに語られているシーンもあります。「硬くて難しそう」と考えず、ぜひコミカルな源氏物語も楽しんでもらえればと思います。

(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)