日本がバーレーンを3−1で下した試合の前日。同じアジアカップ決勝トーナメント1回戦で行なわれた、サウジアラビアvs韓国を取材していた時のことだ。

 隣の席に座ったサウジの記者は、試合開始直後から1プレーごとに大声を出して一喜一憂。サウジが1点を先制したあとは、時折スマホを片手に(おそらく)試合とは無関係の動画を眺めながら、韓国の拙攻を嘲笑する余裕を見せていた。

 ところが、である。

 後半アディショナルタイムに韓国が同点に追いつくや、態度は一変。ピッチに向かって罵声を浴びせ、記者席の机をドカドカと叩きまくった。

 はたして彼は、1−1のままもつれ込んだPK戦でサウジのキックが2本連続で止められると、勝敗が決する瞬間を見届けることなく席を立った。

 自国のチームの試合を見ながら、あれほど素直に感情をあらわにできるのは、ある意味でうらやましい。しかしその一方で、およそ2時間半に渡ってこれを隣の席でやられるのは、なかなかのストレスでもある。

 今回のアジアカップでは、ピッチ上に目を移すとなお、似たようなストレスを感じることが少なくない。

 相手に対しては危険なファールを平気で仕掛けてくるのに、自分たちは少し後ろから押されただけでもファールをもらおうと大げさに倒れこむ。ついでに過剰な演技で芝の上を転がり、体の痛みをアピールするのもお手の物。そんな選手の姿を頻繁に目にするからだ。

 こうした行為は、多くのサポーターのあと押しを受け、今大会を"準ホーム"で戦える中東勢に特に目立つ。今に始まったことではないとはいえ、今大会で日本が苦戦している一因と言えるのかもしれない。


危険なタックルもいとわず、ファールをもらえば大げさにアピールする中東勢。photo by Sano Miki

 外から見ているだけでも「またかよ」と言いたくなるシーンの連続なのだから、ピッチに立つ選手たちにとっては、さぞかし大きなストレスになっているに違いない。ひいては、試合に対するモチベーションの低下にもつながりかねないのではないだろうか。

 冒頭に記したバーレーン戦にしても、そんなことを想像しながら見ていたのだが、「それもサッカーなので」と意に介さなかったのは、MF守田英正である。

 対戦相手のズル賢いプレーにも苛立つことはないという守田は「逆に僕らがやらなすぎ」だと言い、こう続ける。

「相手はカード覚悟できてましたけど、(日本の選手は)誰もほとんど抗議しないでやっていた。もしかしたら、選手生命に関わるケガをすることもあるし、強く抗議することで次のプレーで(相手選手に)2枚目の(イエロー)カードが出るならそのほうがいい。あくまで得られるアドバンテージは得ないといけない。(抗議しないことを)日本人らしさとか言って、それを美化するのは、僕は違うと思う」

 守田は年代別日本代表に選ばれたことがなく、A代表に定着したのも2021年からとあって、すでにワールドカップには出場しているものの、これが初めて経験するアジアの大会である。

「アジアカップというものが改めて難しいなって感じる。その難しさっていうのは大会が始まってから気づいたというか......」

 最長でおよそ1カ月にもおよぶアジアでの戦いにどっぷりと浸かってみて、そう振り返る守田が、今大会での日本の苦戦を語る。

「僕たちがワールドカップでドイツやスペインにやったように、(日本の対戦相手は)相当な準備をして僕たちに挑んでくる。そこに(相手の)リスペクトを感じながらも、それでも自分たちが上だよっていうものをしっかり見せないといけない。そういう気持ちが先行してしまって、(ただ勝つだけでなく)勝ち方みたいなことにもこだわらないといけないっていうふうにチームで思っていた部分が、たぶんグループステージではあったと思う」

 今大会と同じくカタールで開かれたワールドカップでは、日本が歴史的勝利を手にしたがゆえ、それにふさわしい王者の貫禄を見せなければならない。そんな思いが、選手たちの足かせになっていたのかもしれない。

 守田は「結局は目の前の相手にしっかり勝ちきることが大事」だと自戒を込めて語り、こう続ける。

「(アジアカップ前の9試合で)複数得点を重ねて勝ってきていたからこその余裕なのか、スキなのかわからないが、それまでは守備をしっかりとやったうえで、カウンターで(得点が)決まっていたのに、そこのプライオリティを見失っていた」

 アジアを舐めていた、と言われれば、そうかもしれない。

 だが、生きた人間がやる以上、すべての試合に同じように高いモチベーションで臨むのは難しい。言い換えれば、緩む試合があるからこそ、ここぞという大事な舞台で特別な力を発揮できるのだとも言える。

 幸いにして、と言うべきか、準々決勝で対戦するイランをはじめ、ここから決勝までの3試合では(順当ならば)一昨年のワールドカップに出場した国との対戦が続くことになる。

 いわば、同格相手との対戦。そこでは、これまでの試合とはひと味違った戦いが見られるはずだし、そうならなければいけないはずだ。

 ここからの最大3試合で、日本代表の真価が問われる。本気でワールドカップ優勝を口にするのなら、大会を通じて徐々にギアが上がっていく様を見せてほしい。