文武両道の裏側 第16回 
五十嵐カノア(サーフィン)

 東京五輪では銀メダルを獲得し、今夏のパリ五輪・サーフィン男子で金メダル候補に名乗りを上げる五十嵐カノア(26歳/木下グループ)。そんな五十嵐は現在、五輪に向け練習に励むかたわら、昨年9月にはアメリカの名門ハーバード・ビジネス・スクールに進学し、経営学を学んでいる。インタビューで、文武両道のモチベーションを聞いた。


帰国時にインタビューに応じた五十嵐カノア

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【勉強は自信がないところもあったけど...】

ーーパリ五輪で金メダルを狙う五十嵐選手は、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学を学んでいます。

五十嵐カノア(以下同) 僕はチャレンジするのが好きです。サーフィンの世界では努力の成果が見える時もありますが、勉強は自信がないところもあって、どこまでできるのか、あらためて挑戦してみようと思いました。思ったより勉強でも頑張れそうだって感じているところです。

ーーとはいえ、ハーバード・ビジネス・スクールがあるマサチューセッツ州は東海岸。サーフィンのイメージが強い西海岸とは真逆ですが、そのあたりのギャップはありますか?

 ハーバードがあるボストン近郊は、サーフィンをしている環境とはまったく異なる世界で、海も全然ないし、キャンパスでもサーフィンのことを知っている人はほとんどいないです。自分もサーフィンのためにハーバードへ通っているわけではないので、異なるフィールドで、本気で頑張りたいなと思っています。

 勉強はリモートでもできるので、サーフィンをしていない時は勉強して、勉強をしていない時はサーフィンをして、という感じ。たとえば、冬は暗くなるのも早いので、練習を早めに切り上げて、夕方5時半とか6時から寝るまでの間は、夜ご飯以外は勉強するという日もあります。

ーー「文」と「武」が両立できていますね。

 ハーバードに入学する前は、サーフィンのトレーニングをしていない時は、携帯をちょっといじったり、友達と一緒にいる時間がたくさんあったのかな。もしかしたら、そういう時間はちょっと少なくなったのかなとも思うけど、サーフィンと勉強の両立は、一生続くことではないので、ちょっとした時間に集中して、今一番大切なサーフィンとその次に大切なハーバードでの勉強の両方を、頑張っていけたらと思っています。

ーー両方やっている相乗効果はありますか?

 すごく自信が出てきています。前は努力する対象がサーフィンだけだったけど、それ以外の勉強に対しても努力できているっていう自信です。


photo by SHISEIDO

【五輪前だから「こうしないと」はない】

ーー今年の夏はもうパリ五輪本番です。ビジネススクールに入ったのは昨年の秋ですが、なぜこのタイミングで?

 五輪前だから「こうしないといけない」ってことじゃなくて、パリ五輪前でも、いつもどおりにやっていきたいです。「五輪だからもっと頑張らないと」というのではなく、日常的に、これ以上頑張れないというところまでやっているから、ルーティンをしっかりとできていれば、自然といい結果が出る。1日3時間くらい勉強したからと言って、五輪の結果は変わらないと思います。

ーー進学に対する周囲の反応は?

 みんなビックリしていました。たぶんできないって思ったかもしれない(笑)。両方やるってことは、サーフィンやトレーニングの時間も大切にしつつ、勉強の時間も大切にする。それに、勉強はトレーニングのリカバリーにちょうどいい感じです。

 たとえばですが、みんながテレビや映画を見ている時間に自分は勉強しています。勉強で体は疲れないので、体はすごくリラックスできます。たまにお風呂に入りながら勉強したり、朝ちょっと早く起きて勉強してからサーフィンへ行ったり、夜ごはんを食べている時に勉強したり。朝3時まで寝る時間を削って勉強しているわけじゃないので、本当にいいバランスがとれています。

 これが違うスポーツとの両立だったら、体にとってヘビーになるけど、勉強は頭を使うことだから、思ったよりもヘビーじゃないと感じています。

ーー勉強とスポーツは五十嵐選手にとってすごく合っているんですね。

 相性がいいと思います。もちろんどちらにも時間が必要なので、一日中サーフィンのトレーニングをやって、横になって寝たいなという日もありますが、ルーティンができていて意識しなくても、今はできるようになっています。

ーーパリ五輪で結果を出して、ハーバードでも結果を出したら「カノア、大丈夫?」と思っていた友だちも「おおっ、すごいじゃん!」って感じになりますね?

 なると思いますよ! 最初、友だちに言った時に「ホント、大丈夫なの? 絶対できないでしょ!」って言われていましたが、僕のルーティンを見ながら、ちゃんと努力しているとわかってきてくれて、今はみんなからリスペクトしてもらっています。

ーー五十嵐選手自身の手ごたえはどうでしょうか?

 アスリートは、みんなすごく努力をしていると思うんですが、スポーツだけではなく、他にも努力することは大切だと思っています。人間としてもバランスがとれて、より魅力的になれると思うんです。

【毎日1パーセントずつでも夢に近づく】

ーー五十嵐選手は、SDGsにも興味を持ち海洋保全活動もされています。そういったこととビジネススクールでの学びをリンクさせていく考えですか?

 ハーバードではビジネスのことを勉強していて、海洋保全活動やその方法についてアイディアはいっぱい出てきているけど、まだ勉強中なので、もっともっと勉強して、しっかり考えをまとめていけたらと思っています。会社やお金の流れとか、これまでに知らなかったことを学べて、おもしろくなってきたところです。


ビーチでの美化活動にも取り組んでいる photo by SHISEIDO

ーー文武両道を目指す人々へアドバイスをもらえますか?

 本当にバランスがすごく大切だなって思います。努力しているスポーツも大切ですし、それ以外の勉強の時間も大切だし、家族との時間も大切だし、友達との時間も大切だし、自分の仕事の時間も大切ですし、バランスを一番大切にしていくのがいいと思います。

 勉強をしないといけない、というより僕は知識欲が深い。知識が深まれば、そこから、いろんなことが広がっていくイメージで、一日一日楽しんでいます。楽しみながらネバー・ギブ・アップの気持ちで、毎日1パーセントずつでも夢や目標に近づいていくことが大事だと思っています。

ーー最後に、2024年の目標、さらには将来の夢をお願いします。

 2024年の目標は、パリ五輪の金メダルとWSLチャンピオンシップ・ツアーでの世界チャンピオンになることです。試合やトレーニングで世界各地を巡っているなかで、大会に勝つだけではなく、海を守ることも大切だと強く思うようになってきています。

 将来的には環境を守るために、ペットボトルを少なくしたり、海に行った時にはゴミを拾ったり、そういうちょっとした心がけをより多くの人が持つことで大きな変化を起こせると思います。そんな影響を与えていきたいという夢があります。夢はひとつだけじゃなくてたくさんあります。


昨年12月に開かれた、海洋保全活動「SHISEIDO BLUE PROJECT」のクリスマスイベント photo by Sportiva

【プロフィール】
五十嵐 カノア いがらし・かのあ 
1997年、アメリカ生まれ。3歳の時、父親の影響でサーフィンを始める。11歳の時、NSSA主催の大会で、1シーズン中の最多勝となる30勝を記録。14歳の時、USA チャンピオンシップ U-18を史上最年少で優勝。2016年には史上最年少かつアジア人選手で初めてプロサーフィン世界最高峰のWSLチャンピオンシップ・ツアーに参戦。翌2017年、地元ハンティントンビーチで開催されたWSL VANS US オープンで優勝。2021年には東京五輪で銀メダル。2022年にはISA ワールド サーフィン ゲームスを制し、ワールドチャンピオンに輝く。木下グループ所属。