大坂なおみは「2年前のレベルに戻れたとしても、同じ結果が得られるとは限らない」海外ジャーナリストは復帰戦をどう見たか
「自分について、いろいろな再発見がある。そのプロセスが、とても楽しいの」
2024年1月1日──。
新しい1年の幕開けとともに、大坂なおみの"自身を再発見する旅"が始まった。
復帰戦の舞台となったのは、オーストラリアの東海岸の町、ブリスベーン。1年前にソーシャルメディアで妊娠をファンに報告し、昨年7月に女児を出産した大坂にとって、1年4カ月ぶりとなるテニスコートへの帰還である。それは、厳格なコロナ対策を施行していたこの町に、実に4年ぶりにテニスツアーが戻ってきた時でもあった。
大坂なおみが1年4カ月ぶりにコートに戻ってきた photo by AFLO
母親となった事実は、26歳の彼女に新たな視座をもたらしたという。
「自分の周りに築いていた壁を取り払い、他者とも積極的に触れるようにしている」
そう語る彼女は、「今はヘッドフォンをしないで、会場を歩いているの」とも、恥ずかしそうに打ち明けた。見慣れたはずのテニスアリーナやロッカールームも、今の彼女の目には異なる色彩で映っているという。
ではそんな大坂の姿は、周囲の目にはどのように映っていただろうか?
「プレーの面では、基本的には以前と同じ。"ボールを潰す"ように打つことに関しては、問題はなさそうです。
ただ、長期の休養から復帰したばかりの多くの選手がそうであるように、ボールはしっかり打てても、判断が遅れたり、誤ったプレー選択をしてしまうことがある。また、プレッシャーのかかる場面では、緊張しているように見えました」
そう語るのは、カナダ人ジャーナリストのステファニー・マイルズ氏である。
約30年にわたりテニスを取材し、カナダ国内のメディアはもちろん、英国『ガーディアン』紙や米国『ニューヨークタイムズ』紙などにも寄稿するマイルズ氏は、大坂の復帰戦を現地ブリスベーンで興味深く追ったひとりである。
【大坂なおみの新パートナーは彼女のパワーに驚いた】マイルズ氏が大坂の帰還に深い関心を抱いたのは、大坂のヒッティングパートナーを務めているのが、元カナダ代表メンバーでもあるフィリップ・ベスターであることも大きい。現在35歳のベスターをジュニア時代から知るマイルズ氏は、『チームなおみ』の新メンバーから以下のコメントを引き出した。
「なおみはロサンゼルスで、一緒に練習できるヒッティングパートナーを探していたそうです。その際にテニス仲間から僕の話を聞いたということで、エージェントを介して僕のところに連絡が来ました。
僕が加わった練習初日から、彼女は凛としていました。とても集中し、同時にコート上でたくさん笑顔も見せていました。彼女と僕がうまく噛み合った要因は、おそらくお互いに地に足がついていて、謙虚で物静かな人間性が似ているからだと思います」
さらに、大坂のプレーについては、ベスターは次のような印象を抱いたという。
「彼女のパワーには驚かされました。打つボールは威力があり、非常に爆発力のあるアスリートです。同時に、最初の練習で最も感心させられたのは、彼女の予測能力の高さ。そして、ボールを異なるコースに打ち分ける能力でした」
コーチとしての経験も持つベスターには、大坂自身がアドバイスや意見を求めてくることもあるという。そんな新ヒッティングパートナーがいかに大きな存在であるかは、今回のオーストラリア遠征に帯同していることからもうかがえる。
その新チームの練習の様子を見ながら、マイルズ氏は次のように感じたという。
「チーム内の雰囲気はとてもよく、大坂も、とても明るい表情をしていました。練習では、ボールを打つのと同じくらいの時間を、ストレッチやウォーミングアップに費やしていたのが印象的でした。
またトレーニングでは、まだ不慣れな様子の大坂を見ることもできました。出産はテニス選手にとって重要な体幹の筋肉に影響を及ぼすので、その部分を鍛えることは今後も非常に重要になってくるでしょう」
【16本ものエースを決められて逆転負けした要因】そのうえでマイルズ氏は、2時間14分の熱戦となった2回戦の対カロリナ・プリスコバ(チェコ/31歳)戦を、「大坂はフィジカル的に、よく持ちこたえていた」と見る。
結果的に6-3、6-7、4-6の逆転負けを喫した要因は、体力ではなく、試合勘だろう。この試合での大坂は12度のブレークチャンスのうち、2回しかモノにできなかった。
大坂本人も「ブレークチャンスが勝敗を分けた」と認めたうえで、16本のエースを決められた理由を、次のように述懐もしている。
「試合前に、彼女(プリスコバ)のサーブの傾向......特に重要な局面でどこに打ってくるかのデータは頭に入れていた。ただ、今日の試合では、彼女はデータと異なるプレーをしてきた」と。
そう......対戦相手は大坂を、決して甘くは見ていない。むしろ、休養明けの選手に負けるわけにはいかないと、一層の警戒心と闘志を持って挑んでくるだろう。そしてその点こそが、「興味深い点」だとマイルズ氏は言う。
「大坂には、再びトップレベルに戻るポテンシャルが十分にある。ただ、仮に彼女のテニスが2年前のレベルに戻れたとしても、同じ結果が得られるとは限りません。
彼女は元の状態に戻ろうと努力を重ねているでしょうが、一方で、ほかの女子選手たちは大坂がコートを離れていたその間も、いい選手になるために多くの時間を費やしてきました。ですから、大坂が以前にいた場所に戻るためには、彼女はよりよい選手になる必要がある。そのことを、彼女はこれから学んでいくことでしょう」
たしかに大坂がコートを離れていた1年4カ月の間にも、女子テニスの勢力図はジリジリと書き換えられてきた。
屈強なフィジカルを誇る一方で精神面のもろさが指摘されてきたアリーナ・サバレンカ(ベラルーシ/25歳)は、昨年の全豪オープン優勝を機にひと皮むけた感がある。
さらには、15歳の頃から"次代の旗手"と目され重圧にも苦しんできたココ・ガウフ(アメリカ/19歳)が、昨年の全米オープンでついにグランドスラムタイトルを掴み取った。
そして、それら躍進の時を迎えた才能の宝庫たちに触発されるように、自己研鑽に余念のない女王イガ・シフィオンテク(ポーランド/22歳)が、1位を奪還して昨シーズンを終えた。
これから大坂は、それらのテニス界の変化を感得しながら、ツアーを渡り歩いていくのだろう。そのプロセスも楽しいと思えた時こそが、かつての女王が真の帰還を果たした時だ。