全国高校サッカー選手権大会でよく見られるのが、前後半で勝敗がつかずに行なわれるPK戦。今年は例年以上にPK戦になる試合が多く、各校のいろいろな対策を含めPK戦にまつわるストーリーがあった。

【例年以上に多かったPK戦】

 全国高校サッカー選手権大会は、準々決勝までは通常よりも10分短い80分で行なわれ、前後半で決着しなければ延長戦なしに即PK戦という理由もあり、これまでも「PK戦までもつれやすい大会」と言われていた。


今大会2度のPK戦を制した近江(滋賀県)がベスト4進出 photo by Takahashi Manabu

 だが、今年は例年以上にPK戦が多い。昨年は11試合、一昨年は7試合だったが、今年は3回戦を終えた時点で13試合ものPK戦が生まれている。準決勝に進んだ4チームはいずれもPK戦を1試合は経験しており、選手権はPK戦に強くなければ勝ち上がれない大会と言えるだろう。

 今大会初出場の名古屋(愛知県)はGK小林航大(3年)の活躍によってPK戦で2勝し、ベスト8まで進出したが、躍進の陰には2016年度と2018年度に青森山田の日本一に貢献した大久保隆一郎コーチの存在が大きかった。

 名古屋産業大のGKコーチとスカウトを務める傍ら、一昨年から名古屋を定期的に指導してきた大久保コーチは、常勝軍団で培ったノウハウを余すことなく伝えてきたという。その一つがPK戦に関してで、県予選の前から練習に時間を割いてきた。

「PKは運ではなく絶対に実力。この舞台で蹴るのは相当なメンタルがないと蹴れない。蹴る方向よりは、自信を持って蹴れるように練習しなさいと言い続けてきた」

 そう話す大久保コーチは、「試合前は、勝ち、引き分け、負けの確率が一緒で、すべて3割3分。でも、PK戦に自信があれば、7割近い確率で勝てる計算になる」とも選手に伝えてきたという。

 延長戦なしで即PK戦というシチュエーションが与える影響も興味深い。今大会はスコアレスの試合が少なく、スコアが動いた状態でPK戦を迎えるケースが多いが、やはり追いつかれたほうはすんでのところで勝利を逃したダメージが大きい。反対に追いついた側は九死に一生を得た勢いが間違いなくある。3回戦までのPK戦13試合中8試合は追いついたチームが勝利している。

「(夏の)インターハイは勝っていれば逃げきれるけど、選手権はそう簡単にはいかない。選手権は"最後だ"という想いが強いから、ラストワンプレーで追いつく。反対に、最後だからと硬くなることもある」

 そう話すのは米子北(鳥取県)の中村真吾監督で、2回戦では勝利目前だったが後半のアディショナルタイムに追いつかれ、PK戦で涙を飲んだ。追いつかれて挑むPK戦の難しさをあらためて感じているという。

「勝ち上がるためには、こういう可能性も絶対にあると思ってPKの準備もしていた。失点を気にせずPK戦に臨めるメンタリティーを持っていたつもりだったけど、選手はピッチにいて興奮状態のなかでプレーしている。『あと1秒で勝てたかもしれない』『もっとクリアを大きくすれば良かった』などいろんな想いがあるなか、PKに集中したり、勝ちを信じ続けるのは簡単ではない」(中村監督)

【「PK職人」と言えるGKがいる】

 選手権で勝ち上がるため、多くのチームにPK職人と言えるGKがいる。彼らの存在はキッカーに勇気を与えているのも確かだ。

 勝負強さに定評のある青森山田(青森県)は12月21日に上京してから、毎日練習の最後にPK戦の練習をしているという。ゴールに立ちはだかるのは189cmの正守護神GK鈴木将永(3年)。昨年度の選手権でも"PK要員"として活躍し、今大会も初戦の飯塚戦で読みを的中させている。

 彼からゴールネットを揺らすのは、味方といえども簡単ではない。主将のDF山本虎(3年)はこう話す。

「将永は練習でもよく止めている。将永相手に決められるなら、どの相手でも決められるだろうなと思っている。試合でも将永は止めてくれるという安心感があるので、PK戦にはすごく自信があります」

 2回戦で四日市中央工(三重県)に勝利した星稜(石川県)は、後半40分にPK戦を見据えて投入したGK佐藤竣基(3年)の活躍によって勝利している。

 佐藤は高校に入ってからはケガが多く、満足に出場機会を得られなかったが、「PKは小学生の頃から止めていて、自信があった。試合中に相手選手の特徴を見て、飛ぶ方向を決めている」と適性は十分。夏休みのフェスティバル大会でもPKへの強さを発揮していた。

 県予選ではコーチ陣から「準決勝と決勝はPKがあるから」と声をかけられて準備してきたが、準決勝で予言が的中。見事セービングを成功させ、勝利に導いている。この試合ではDF倉畑鉄将(3年)が「竣基はセービングがうまくて、毎回PKになったら出てくる。いつも結果を残してくれるので助かっています」と口にしていたように、PK戦になれば勝てるという自信はキッカーの落ち着きにつながっている。

【各チームのPK戦への対策】

 選手権にPK戦は付き物だと各チームが対策を進めているが、それぞれの取り組み方を紹介していこう。

 今年度の夏のインターハイ王者である明秀日立(茨城県)は、日々のトレーニングでPK戦の練習はしていない。本番同様に緊張感のあるシチュエーションで蹴ることが大事だと考え、対外試合などで拮抗した展開となった際に、最後にPK戦を入れていたという。

 惜しくも3回戦で姿を消したが、夏のインターハイ決勝では7人全員のキッカーが成功させるなど、着実に成果は出ている。

 成功だけでなく、失敗も含めた実戦経験がモノを言うと考えるのは近江(滋賀県)だ。前田高孝監督はこう話す。「工夫よりも痛みを力に変えるほうが大事だと思っていた。結局、どんな練習をしようが、選手が重要性を感じていなかったら何も意味がない。次戦で痛みを味わい、方法を考え、力に変えるのは自分次第」

 夏のインターハイは1回戦で成立学園(東京都)にPK戦で敗退。以降はリベンジに向けて、選手それぞれが日々のPK練習で創意工夫をこらしながら成功率を高めていった。

「選手権は40分ハーフで即PKなので、彼らもPKの重要性はわかっていたと思う」と指揮官が話す今大会ではそうした成果が実る。「肝が据わっている。練習の時と試合の時での目つきが全く違い、スイッチを入れられるいい選手」(前田監督)というGK山崎晃輝(2年)の活躍によって、2戦連続でPK戦勝利をおさめベスト4までたどり着いた。

「PKに必要なメンタルの強さは普段の練習で身につけないといけない。トレーニングで失敗してもすぐに切り替えて、次に挑めるか。たくさん走って疲れた後でも、きれいに蹴れるか。普段の練習がモノを言うので、PK戦自体は(次戦に進む勝者を決める)意外と理にかなった決め方かもしれない」

 米子北の中村監督はこう話す一方で、指導者としての本音も打ち明ける。

「監督目線で言わせてもらうなら、延長戦をやらせてほしい。もしくは試合時間を90分にしてほしい。ウチは走っているチームだから、選手に悔いが残らないよう最後まで走りきらせてあげたい」

 今大会も残るは準決勝と決勝の3試合。ここからは試合時間が前後半で90分となり、決勝では10分ハーフの延長戦もあるため、PK戦は減るかもしれないが、試合がもつれた際は各チームのPK戦事情にも注目してほしい。