谷晃生インタビュー(後編)

◆前編:谷晃生がベルギーで「想像していた以上」の過酷な日々>>

 初めての海外移籍を実現して約4カ月半。時間が経つにつれて、ベルギーという国やチームが置かれている環境を素直に受け入れながら、適応してきた谷晃生だが、「いい意味で目新しい世界を新鮮に感じなくなった」昨今は、その胸にこれまでとは違う葛藤が渦巻くようになっていると話す。

 公式戦への出場機会に恵まれていない状況について、だ。ビザの問題やケガもあって、出遅れたのは事実とはいえ、彼がベルギーに渡ってからの約4カ月間半で公式戦のピッチに立ったのは、FCVデンデルEHでのデビュー戦になったカップ戦のKVコルトレイク戦と、前編で記したリーグデビュー戦のスタンダール・リエージュ16FC戦のみ。もちろん、どのリーグ、チームにも競争があることは覚悟していたとはいえ、自身が置かれている現状に気持ちがざわつかないはずはない。

「現時点(12月24日現在)でのチームのリーグ戦での成績は7勝6分3敗ですが、自分がケガから復帰してからは1敗しかしていないことを考えれば、メンバーが大きく変わらないのはある意味、サッカー界では当然のことだと思っています。選手を選ぶのは監督だし、その基準や考えは人によって違うと考えても、そこに対する文句もないです。

 それに、この世界に生きていれば、試合に出られない時間があるのは不思議じゃないというか......もちろん出られるに越したことはないけど、出られない時間も絶対にある。そういう意味では......強がりでもなんでもなく、試合に出られないから、ここにきた意味がないとはまったく思っていません。そもそも、自分のキャリアに対する答えは、すべての結果が出てから、つまりは引退後にしかわからないと考えても、その意味を今の時点で求めるのは違うと思いますしね。

 ただ、毎日時間が過ぎていくのは事実なので。現時点での目標に描く世界5大リーグでプレーするとか、日本代表としてワールドカップに出場することから逆算しても、『試合に出なくても学べているからいいか』とはやっぱり思えないというか。試合に出なきゃ感じられないとか、つかめないこともたくさんあるなかで、その部分が今年の自分からは欠落している現実にも、しっかり目を向けなきゃいけないと思っています」

 思えば今シーズン、デンデルへの期限付き移籍を決断する直前には、ガンバ大阪でも思うように試合に絡めない状況に置かれていた谷だが、その時以上の危機感を覚えているとも言葉を続ける。

「ガンバ時代は、J1リーグの開幕戦からチャンスをもらっていたにも関わらず、自分が結果を残せずに出場機会を失いましたが、こっちでは練習試合も控えGKふたりで常に45分ずつだし、どのチームもそうであるように、GKはフィールド選手と違って途中出場するチャンスはほぼないですからね。この先、自分が置かれている状況が劇的に変わる可能性はそう高くはないのかなとは覚悟しています。

 ただ、まだまだ自分にやれることはあるはずだし、今試合に出ていなくても2〜3年後に出ていたら、それが正解と言われる世界だと考えれば、今試合に出ていないことがすべて悪とは言いきれないというか。実際、ここまで話してきたように、デンデルに来たから得られていることもある。

 でも一方で、サッカー界において試合に出ない限りはステップアップを図れないのは事実で......。冷静に、湘南ベルマーレで1年間に30〜40試合を戦っていた3年間と、今年1年を比べても、プロサッカー選手として、新しい環境に飛び込んで新しい発見ができてOK、日々の生活を通して人としていろんな成長を見出せているからOKと、納得するのは違うな、と。

 W杯まであと2年半しかないということ考えても、置かれている現状と、自分の将来ということのふたつは常に自分のなかで戦わせて、キャリアを考えていかなければいけないと思っています」

 いずれにせよ、この状況に真正面から向き合い、考えることには「意味がある」と谷は言う。"今"を懸命に過ごす先にしか将来はないと考えているからだ。

「周りからは、まだ加入して半年では何もわからないだろうと言われることもあるし、それも一理あるとは思います。でもだからといって、1年、2年と経てば答えがあるのかと言えば、そんな保証もない。

 だからこそ、大事なのは、いろんなことを時間軸で考えず、先を見すぎずに、その時々で肌身で感じたいろんなことをしっかりと自分のなかで噛み砕いて、どう行動に移していくか。それを、自分自身が正解にしていくかだと思っています」

 すべては、自分が描く目標に辿り着くため。どんな道順を辿ったとしても、必ずそこに。

「今シーズンは自分で言うのもなんですけど、ガンバでもデンデルでもすごく苦労した1年でした。特にこのベルギーに来てからの半年は、自分がサッカーをしてきた15年くらいの間に味わった悔しさを遥かに上回る悔しさを味わったし、いかに自分が恵まれてサッカーをしてきたのかも思い知らされました。

 そのことが、自分にとってどういう意味を持つのかは、正直まだわかりません。今は遠回りをしているように感じていることも、のちのち、キャリアを積み上げていくなかでは近道だったという結論になるかもしれないし、いつか『あの経験がワールドカップにつながったよね』と言えるものになるかもしれない。

 だからこそ、自分にできることは、やっぱり自分の決断に責任を持って、今を懸命に過ごすことでしかないと思うんです。アスリートは結果を残せばそれが正解になる世界だと考えても、どんな道を辿ろうと、遅かれ早かれ、最終的に自分が行き着きたいと思える場所にいられたらそれでいい。

 じゃあ、今の自分にとってその行き着きたい場所は? と考えると、やっぱりまずは2年半後のW杯出場なんです。というか、出場するだけじゃなく、W杯を戦いたい。

 そのためにも、今はとにかく試合に出ることを考えなければいけないし、そのためには自分が選んだ選択にしっかりと向き合って、全力で戦い続けるしかない。それさえできていれば、なるようになるというか、なるようにしかならんというか......そう思えるだけの自信を持っていられる過ごし方ができていればいいのかなと思っています」

 18歳でプロキャリアを歩み始めて6年目。2021年の東京五輪での活躍が認められ、同年には20歳で日本代表に初招集されるなど、順風満帆にキャリアを進めてきた谷は今、さまざまな葛藤のなかで戦いを続けている。彼の言葉を聞く限り、キャリアにおいて特別なシーズンを過ごしているのも間違いないだろう。

 でもだからこそ、明確になったビジョンや"今"があるのも事実だ。そのことがこの先の"谷晃生"を作り上げていく要素のひとつになっていくことも。

 雨が降り注ぐ、閑散としたスタジアムで声を張り上げて戦う彼の姿が、それを教えてくれた。

(おわり)

谷晃生(たに・こうせい)
2000年11月22日生まれ。大阪府出身。ガンバ大阪のアカデミー育ちで、高校1年生の時に二種登録され、2017年3月にはJ3リーグデビュー。同年12月には飛び級でのトップチーム昇格が発表された。2020年、湘南ベルマーレに期限付き移籍。2022年までの3シーズン、不動の守護神として活躍。2023年、ガンバに復帰するも、同年夏にはベルギーのFCVデンデルEHへ期限付きで移籍した。世代別代表では、2017年U−17W杯、2021年東京五輪に出場。2021年8月、日本代表にも初めて選出された。