【応援に感謝を伝える挑戦】

 12月22日、長野。本田真凜(22歳/JAL)は9年連続でエントリーした全日本フィギュア選手権のリンクに立っている。


全日本選手権SPの本田真凜

「今年は、大学生としての全日本は最後ということで、自分としては特別な気持ちがありました」

 本田は言う。ひとつの集大成だった。

「ブロック(大会)から勝ちとった全日本で9年目になるんですけど、それは自分のなかで毎年頑張ってきたからこそ、大きな舞台にたどり着けている、と誇らしく思うべきことなのかなって。自分のことを知らない人に、たとえ何を言われようとも。応援してくださる方に勇気をもらったので、その感謝を伝えるという気持ちで頑張れました」

 彼女は約束の舞台で、どう戦ったのか?

 本田は自身のインスタグラムで、全日本に入る前に右骨盤を痛めていたことを告白している。大会開幕前の公式練習でもジャンプはセーブしていたし、体調は万全にはほど遠かった。自身2度目の棄権もささやかれたほどだ。

 しかしショートプログラム(SP)の本番で氷上に立った彼女は、果敢に攻めた。冒頭、3回転サルコウを跳んだのは、最大の挑戦の意思表示だろう。最後のスピン、ステップは体力こそ尽きていたが、気迫はこもっていた。かつて「天才的」と絶賛された音をつかむセンス、プロのダンサー顔負けの身のこなしなど、表現者の才能の片鱗を見せた。

 スコアは44.42点で、28位だった。すべてのジャンプに回転不足がつき、得点は伸びず、最下位でフリーにも進めていない。

【悔いは何ひとつありません】

 しかし、本田はいつになく晴れやかな顔をしていた。

「今日(の演技)に関しては、ここをこうしていたら、というのはなくて。スッキリした気持ちです。ここまで頑張れたので、自分に対して言いたいことはないし、悔いは何ひとつありません」

 本田は両手でマイクを手に持って、大勢の記者の前で丁寧に話した。

「6分間(練習)の時から、たくさんの方にバナーを掲げていただいて、『真凜ちゃん、頑張れ』と声をかけてもらったり......。数年前の自分は、こんなたくさんの応援があることに気づけていませんでした。(気づいたからこそ)最後まで勇気を持って戦えたんだと。トリプル(サルコウ)を跳んでフィギュアスケーター、競技者として戦えたことを誇りに思っています」

 11歳にして5種類の3回転ジャンプを習得、音楽が鳴ったら即興で滑ることができた。感覚だけで、大概のことはできてしまった。それだけに世間では「天才・本田真凜のイメージ」が定着し、それに翻弄されてきた。

 だが、彼女はフィギュアスケートをやめなかった。9年連続で全日本にエントリー。派手に輝くメダルを期待されたのだろうが、それも立派なメダルだ。

【フィギュアスケートしかない】

 2019年のインタビュー、筆者はひとつの質問を投げていた。

ーーあなたにとって、スケーターの覚悟とは?

 彼女は小さく笑って答えた。

「自分は小さい時から、ジュニアくらいまでは何も考えず、ただただ競技をしていました。(2018年の平昌)オリンピック選考会があって、一度スケートから離れたいと思ったこともあって。初めて、4、5日くらい(練習を)休みました。もうちょっと休む予定だったんですけど、(自然と)練習に向かっている自分がいて。自分にはスケートしかないってその時に感じたので。そこからは、つらいな、と思うことはあっても、やめよう、という気持ちにはならなくなりました。今は、スケートしかない、っていうのが大きいです」

 世間で何を言われても、彼女はスケートに対して真摯に向き合ってきた。スケートしかない、という覚悟だ。

「17歳(当時)はスケーターとしては若くはないです」

 彼女はそう言って、こう洩らしていた。

「逆算しながら、(自分のスケート人生を)考えています。残り少ない何年かの競技生活で、満足のできる演技を増やしていきたいので。(フィギュアスケートは)長く競技をできない分、将来できることも逆に多いと思いますが。今はやらないといけないことを考えて生活していくつもりです」

【全日本はたとえ何もできなくても出たい】

 その生き方が、今回の全日本で、自分やファンを裏切らない演技につながった。

「(SPの)2分50秒を滑りきることだけを考えてきたので、次のことは考えていません」

 今回の全日本後に本田は言っている。

「2歳からスケートをして、ベテランと言われる年齢になり、思いきって強い気持ちで滑ることができました。公式練習では(ケガもあり)苦しくて何度も心が折れそうになりましたが、今年の全日本はたとえ何もできなくても出たい、というのがあって。最後まで全力で滑る自分を応援してくださった方に見せ、恩返しをしたかったんです」

 演技後、彼女は嗚咽する口元を両手で覆った。万雷の拍手を浴びると、ひざまずいて感謝するように右手で優しく氷をなでた。ひとりのフィギュアスケーターの生きざまが映っていた。

「全日本が終わったあとも、氷には乗り続けたいです。今回もそうですが、いろいろ苦しいこともありましたが、スケートをしていたからこそ自分がいて。それは幸せなことです」

 スケートに愛される彼女は、そう言って笑顔を輝かせた。