ヴィッセル神戸J1初優勝の「始まりは去年の最終節」 永井秀樹SDは「黄金期のヴェルディに似ている」
ヴィッセル神戸スポーツダイレクター
永井秀樹インタビュー前編
当たり前にも、理由はある。
2023年のJ1リーグで、ヴィッセル神戸が初優勝に輝いた。
大迫勇也、山口蛍、酒井高徳、武藤嘉紀らワールドカップ日本代表経験者を揃え、7月まではアンドレス・イニエスタも在籍していた。正GKに定着した前川薫也は、森保一監督が指揮する日本代表に招集されている。
保有戦力や資金力を見れば、優勝争いに加わるのは当然だった。J1王者になったことも驚きではない。
ただ、ほぼ同じ戦力を揃えていた昨年は、序盤に大きく躓いて一時は最下位に転落した。J1残留争いに巻き込まれた昨年を振り返れば、ドラスティックと言ってもいい反転である。
強者となるべきチームは、いかにしてそのポテンシャルを発揮するに至ったのか。現場を束ねる永井秀樹スポーツダイレクター(SD)に聞いた。
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創設29年目でJ1初優勝を遂げたヴィッセル神戸 photo by AFLO
── 昨年3月にSDに就任し、クラブにとって悲願のJ1制覇を成し遂げました。
「クラブに関わるすべての人たちの努力が報われて、ホントによかったと思います。選手の日常を見てきた自分からすると、日々100パーセントで取り組んできた彼らのがんばりが結果につながった。それはやっぱり、うれしいですよね」
── 優勝の要因を挙げると?
「すぐに思い浮かぶのは、積み重ねですね。2004年に現在の体制になってから20年で、ありとあらゆることをやって、トライ&エラーを繰り返して、今年ついに実ったというか。2004年以前の積み重ねも、もちろんクラブの支えになっています。
選手のクオリティについては、みなさんが言うようにすばらしいものがある。それは間違いないですけれど、いろいろなタイミングが重なっての優勝だったと。そのうえでいうと、始まりは去年の最終節、ホーム最終戦ですね」
── 横浜F・マリノスに、目の前でJ1優勝を決められました。
「優勝したF・マリノスの胴上げを、目の前で見させられました。選手、スタッフ全員に、スイッチが入ったと思います」
── 21勝8分5敗の勝ち点71で、連敗は一度もなし。戦いぶりをどう評価しますか?
「やることが整理されたというか、シンプルになりました。大前提として、サッカーには正解がない。攻撃でひと手間、ふた手間かけようとするのも戦術ですが、そうじゃなくてシンプルにゴールへ迫るのがホントにうまく機能しました。
もちろんそれは、大迫という絶対的なFWがいたことが大きく、それに反応できる武藤や佐々木大樹の存在もありました。山口と酒井の存在も大きいですよ」
── 今、名前が挙がった経験豊富な選手たちの存在感は、ピッチ内にとどまらず外でも?
「ピッチの内外を問わず、です。経験値と実績において、大迫、武藤、山口、酒井の4人は必要不可欠で、彼らの高い要求に引っ張られるように、周りの選手が伸びたというか、成長したというか。自分が所属した黄金期のヴェルディに似ているんです」
── 永井SDがプロデビューを飾ったヴェルディは、ラモス瑠偉さん、三浦知良選手(現UDオリヴェイレンセ)、都並敏史さん、柱谷哲二さんらの日本代表を、ごっそりと抱えるスター軍団でした。加藤久さんのような元日本代表の大ベテランも在籍していました。
「オフザピッチを含めて華やかな部分が強調されましたけれど、実際はJリーグ開幕当時の10チームで一番厳しい集団だったのでは。練習中はいつもケンカになる、と言ってもいいぐらいでした。若手が2回ミスをしたら、ラモスさんが激怒する。怒られる側は腹が立つし、悔しいけれど、ヴェルディはそれで勝っていった」
── 練習中は衝突するけれど、試合ではまとまっていました。
「そうです。ラモスさんも試合前の円陣では、『若手のミスは自分が全部カバーする』と言って、そのとおりにプレーしていました。当時のヴェルディは、僕にとってプロ意識の原点です。
高い要求なしにいいチームにならないし、勝利に近づけない。だから、大迫たち4人が高い要求をする気持ちは、僕にはものすごく理解できる。一方で、ラモスさんに叱咤されたこともあるので、言われる立場の若手や中堅の気持ちもわかる。個人的にはもっと激しく要求し合ってもいいんじゃないかな、と思っているぐらいです」
── なるほど。
「プロってそういうものじゃないですか? もちろん、僕の現役当時とは時代が違うので、練習中にケンカになるような世界を知らない選手もいる。そこは難しいところで。厳しく要求し合うことを強制するのも、ちょっと違う。でも、今のヴィッセルは要求して高め合うところのバランスが、よくなってきたと感じます」
── 永井SDも練習中はグラウンドに?
「できるかぎり、そうしています。神戸を離れている場合も、スタッフから報告を受けています。選手とも適宜、話をします」
── キャプテンの山口選手らと?
「そんなに頻繁ではなく、今話しておかないと、という場面で。山口は寡黙なタイプですが、試合前のひと言に重みがある。我々に何か提案をしてくる際も、具体的で説得力があるんです」
── 自身初の得点王となった大迫選手は、日本代表の活動があるたびに復帰を噂されました。国際舞台でも十分に戦えるレベルを維持していますが、本当に久しぶりにクラブの活動に専念できたことが、シーズンを通して高いパフォーマンスを発揮することにつながったのかもしれません。
「それはあるかもしれませんが、彼の日常を見ていると、日本代表に呼ばれないことに対して、彼にしかわからない気持ちがあると、僕は思っています。試合用のスパイクには、日の丸の刺繍が入っている。そこへの思い入れは、口に出さなくてもあるのだろうな、と。これは僕の想像ですが」
── リーグ2位の攻撃力(得点)がクローズアップされますが、失点もリーグ最少2位です。攻守のバランスにも優れていました。
「GKは去年まで飯倉大樹(現・横浜FM)と前川に競ってもらっていましたが、今年は前川でいこうと。彼に賭けるところはすごく大きくて、彼自身も守護神として守るんだという気持ちを強く持って、パフォーマンスも高いレベルで安定していったと思います」
── DFラインでは、京都サンガから移籍1年目の本多勇喜選手が、マルチな才能を発揮しました。
「彼の活躍はサプライズと言われましたが、自分は東京ヴェルディの監督だった当時から対戦相手として見てきて、J1でも十分にできると確信していました。サイズが大きくないのでCBとしてはどうか、という声もありましたが、僕自身は安心して見ることができていました」
── CBでは、山川哲史選手も評価を上げました。
「自分の立場では言いにくいですが、今すぐ日本代表に呼ばれてもプレーできると思います。CBでも、右サイドバックでも。自分は実際に見てないですが、三笘薫選手(現ブライトン)が川崎フロンターレにいた時に、彼の対策として右SBで出場したと聞きました」
── それは......2021年3月のJ1リーグ第5節ですね。
「三笘選手とのマッチアップで一回もやられなかった、と聞いています。練習を見ていても、1対1ではほとんどやられないですね」
── CBは本多、山川両選手に加えて、マテウス・トゥーレル選手がいました。齊藤未月選手が負傷離脱すると、扇原貴宏選手がスタメンに名を連ねました。
「選手のやり繰りについては、吉田孝行監督がホントによくやってくれています。僕自身はSDとしての経験値があったわけでなく、日々考えながら覚悟を持って仕事をしていきました。
自分の立場で大事なのは、根回しと、交渉と、調整だと思うんです。チームは生きものなので、日々何かしらの出来事が起こる。たとえば、選手は誰もが試合に出たくて、出られなければ不満が生じて、それがいろいろなところへ向かったりする。
その不満が大きくならないように、根回しをしたり、調整をしたり、それ以外にもチームがスムーズに機能するためのさまざまな交渉をする。これはホントに我々フロントの仕事だろうな、と」
── 調整といえば、アンドレス・イニエスタ(現エミレーツ・クラブ)の退団に触れないわけにはいきません。
(後編につづく)
◆永井秀樹・後編>>「なぜイニエスタは移籍した?」「ヴェルディのJ1昇格、どう思う?」
【profile】
永井秀樹(ながい・ひでき)
1971年1月26日生まれ、大分県大分市出身。長崎・国見高から国士舘大(中退)を経て1992年にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)に入団。その後、福岡ブルックス(現・アビスパ福岡)→清水エスパルス→横浜フリューゲルス→横浜F・マリノス→大分トリニータ→FC琉球でプレーして2016年に現役引退。指導者としては2017年に東京Vユース監督からスタートし、2019年から2021年まで東京V監督を務めた。2022年3月よりヴィッセル神戸SDの職に就く。現役時代のポジション=MF。身長174cm。J1リーグ通算191試合32得点。