三重・昴学園は第2の『下剋上球児』を実現できるか 南雲脩司のモデルとなった熱血教師と因縁のライバルが強力タッグ
『下剋上球児』第2章〜昴学園監督・東拓司の挑戦(後編)
前編:南雲脩司のモデルとなった熱血教師は「免許持ってんの?」と問われる日々はこちら>>
「ここは白山より山奥やけど、それをプラスに換えなあかん。三重の県立で全寮制はここだけやし、野球をする環境としては強みになるんやから」
冨山悦敬はそう言って、グラウンドの部員たちに視線を向けた。時に拡声器を構え、気になることがあれば選手に指示を飛ばす。その姿は、とても来年で古希を迎えるとは思えない。
69歳の冨山は現在、昴学園の野球部でコーチを務めている。監督の東拓司とは、かねてより因縁があった。
かつて三重大会決勝で戦った東拓司氏(写真左)とコーチを務める冨山悦敬氏 photo by Kikuchi Takahiro
2018年夏、三重大会決勝戦を戦ったのは白山と松阪商だった。白山は2016年まで10年連続で夏の三重大会初戦敗退だった弱小校。一方の松阪商は春2回、夏2回の甲子園出場を誇る古豪。白山が菰野、海星といった強豪を撃破して勝ち上がったのに対し、松阪商は同年春のセンバツベスト4に進出した三重や、シード校のいなべ総合学園を倒して決勝戦に進出していた。
松阪商を指揮したのが冨山だった。当時64歳の冨山にとって、この試合は監督として甲子園に出場する最大のチャンスと言ってよかった。だが、試合開始直前に主将で精神的支柱の大野凌児(前・徳島インディゴソックス)が腰痛のため負傷退場。浮き足立った守備陣のミスも響き、試合は2対8で敗れた。
当時、冨山は達観した様子でこう漏らしている。
「俺にとったら最後の甲子園のチャンスやろうけど、まあそういうもんやで。2年前は大人と子どもくらい差があったのが、少しずつ差が縮まってきて、『そろそろヤバいな』と感じとったから。白山の3年生は経験値があるし、突如強くなったわけではない。みんな奇跡と言うやろうけど、こういうことが起きる要素はあった。それに『東くんでよかった』という思いもありましたよ。進学校から底辺校に来て優勝するんやから、考えられへん。そら祝福するわね」
一方、白山監督の東にとって冨山は、赴任当初の弱小時代から練習試合を受けてくれた恩人だった。白山が20点差で負けようと、冨山は嫌な顔ひとつせず胸を貸し続けてくれた。東が率いる白山は実戦経験を重視しており、松阪商のようにハイレベルなチームとの練習試合は大きな糧になっていた。東からすると「松商にはずっと負けていたのに、最後だけ勝ってしまった」という実感があった。
翌夏を最後に冨山は松阪商の監督を勇退。その後は外部コーチとして松阪商や白山の指導にあたった。冨山は白山町に自宅があり、よく白山のグラウンドに顔を出していたのだ。当時、冨山は「東くんとは野球に対する考え方も似てるしな」と語っていた。
今年4月に東が昴学園に異動すると、冨山もまた野球部のコーチに就任した。2018年夏の三重大会決勝戦を戦った両監督が今やタッグを組み、深い森に覆われた昴学園で甲子園を目指しているのだ。
【秋季大会ベスト16と躍進】冨山にとって昴学園がある大台町は故郷でもある。現在は廃校になった宮川高校を卒業しており、今も実家が大台町にある。
「生徒が授業を受けている午前中は、宮川の川べりで椅子に座って本を読んでるんや。頑張ってる選手を見ていると、元気をもらえますよ」
前編でも触れたとおり、昴学園は全国唯一の公立で全寮制の総合学科高校。1学年あたりの定員は80名と少ないものの、寮生活を通して強化できるメリットがある。
県外からの越境入学生も多いとはいえ、そのレベルはまだ高いとは言えない。主将で正捕手を務める2年生の青木大斗は愛知・知多東浦シニアの出身だが、中学時代は2番手捕手だった。青木は「今も昔も野球の技術に自信はありません」と苦笑する。
昴学園の部員の気質に関して、冨山はこんな感想を漏らした。
「まだまだ白山高校のほうが野球のうまい子は多い。昴の子はまだ気持ちの爆発力がないというのかな。でも、『寮に入って、野球を頑張りたい』という覚悟を持った子が多いから、ひと冬越えたら戦えるようになると思います」
今年に入って、昴学園は着実に成果を上げている。前任の高橋賢が監督を務めた今春は地区予選を勝ち上がり、開校以来初の県大会出場。今夏は三重大会で17年ぶりの勝利を挙げた。監督が東に交代した今秋は地区予選で2位と躍進。県大会では2回戦で宇治山田商に2対9で敗戦したものの、ベスト16に進出した。エースの河田虎優希(こうき)をはじめ1年生の主力選手も多く、地元の期待も高まっている。
補食の納豆ご飯を頬張る青木大斗主将
それでも、冨山は「冷静に見ればまだまだ」とチームを分析する。
「白山の子たちは負けるなかで、どんどんたくましくなっていった。昴学園は監督が東くんになったからといっても、まだ時間が経っていない。あとは辛抱せなしゃあないでしょう。できやんだら、できるまで練習するしかないです」
選手を見ていると、「また監督をしたい」という思いは湧いてこないのか。そう尋ねると、冨山は豪快に笑ってこう答えた。
「今のほうが面白いんですよ。東くんにブレーキをかけたり、『こいつのほうがええぞ』と言ったりするほうが面白いし、元気をもらえる。この立場になってみて、チームを客観的に見られるようになったし。来年70になるけど、頭は今が一番冴えてるで」
『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)を原案としたドラマが放送され、三重県内ではその話題で持ちきりだ。冨山は部員に対して厳しく接する東に、冗談めかしてこんな助言を送っているという。
「みんな(鈴木亮平が演じる)南雲先生のイメージで来るやろうから、ちょっと言動を考えなあかんぞ」
日が暮れると、あたりに街灯がない昴学園では夜空に浮かぶ星が鮮明に見える。昴学園の校名は牡牛座にあるプレアデス星団の和名「昴」にちなんでいる。1995年の開校式には歌手の谷村新司氏が訪れ、自身の代表曲である『昴』をアカペラで歌ったという逸話が残っている。
いつか昴が甲子園で輝く日がくることを信じて──。自然豊かな大台町で『下剋上球児』の第二章が始まっている。