2012年の創業以来、組織的に不正を行っていたメディファーマ。HPでは、「GCP(治験に関する法令)を順守しつつ医療機関を徹底サポートする」とうたっている(画像:会社公式HPのキャプチャ)

薬の信頼性を根底から覆しかねない不正が発覚した。
 
厚生労働省は10月17日、製薬メーカーなどの治験(臨床試験)業務の支援を手がけるメディファーマ(東京都港区)が、データ改ざんなど最大123件の省令違反を起こしていたと公表した。

「測っていない血圧の数字を記録した」「治験薬が入った冷蔵庫のコンセントが抜けていたことを報告しなかった」「治験の参加基準を満たすため、呼吸機能検査で息の吐き出し方を指導していた」――。

詳細は調査中だが、厚労省はこのような違反事例があったとしている。「不正の可能性が疑われる件数が尋常ではない。前例のない非常に悪質なケースで、日本の治験の信頼性が揺るがされた」と、厚労省医薬品審査管理課の担当者は憤る。

複数の大手製薬メーカーと取引

発覚のきっかけは、厚労省に寄せられた公益通報だった。

厚労省は8月末から数回にわたって無通告の立ち入り調査を実施。その結果、治験データの改ざん、呼吸機能検査の不適切な実施、医師やメディファーマ社員間でのIDパスワード共有とトレーニングの代理受講、治験薬の保管不備の隠蔽などの違反行為が判明した。

新薬の開発では、治験における1人ひとりの患者の症例が、その安全性や有効性の根拠となる。にもかかわらず、こうした不正は2012年の創業時から組織的に行われ、外部からは誰も見抜けない状況にあった。

これまでメディファーマが治験に携わり、承認された医薬品は23製品、医療機器は2製品。これら製品のメーカー名は非公表だが、信用調査会社によれば同社の取引先には外資・内資含め大手製薬メーカーの名前が連なる。

厚労省はメーカー側に聞き取りを行い、メディファーマが不正を行った治験データを除いても、現時点でこれら製品の安全性や有効性に影響はないとしている。

メディファーマのような治験の支援業務を行う会社は治験施設支援機関(SMO)と呼ばれ、製薬メーカーや、製薬メーカーから薬の治験を任された医療機関から業務を受注する。


メディファーマの省令違反に関する厚生労働省のリリース。違反行為は最大123件に及ぶという(記者撮影)

メディファーマは従業員数が約50人と、SMOの中では小規模の会社だ。SMOの市場は大手数社が「8〜9割のシェアを占める」(メディファーマ広報)といい、メディファーマの不正が業界に与える直接的インパクトは限定的だろう。

しかし医薬品開発に関わった経験のある製薬企業の社員は、今回の不正を「氷山の一角で、他社でも十分ありうること」とみる。

実際、2019年にはエムスリーグループの一角でSMO大手のノイエスでも、同様の不祥事が発生した。治験参加者が入力すべき情報を、治験参加者の状態を十分確認しないまま従業員が入力する”なりすまし”ともいえる行為や、時間が規定されている採血や服薬について、本来実施された時間とは異なる時刻で記録するといった行為が発覚している。

医療機関から頼られる存在だが…

そもそもSMOは、治験のルールを定めた国のGCP省令が1998年に厳格化され、治験に関わる業務や手続きが複雑化したことをきっかけに登場した。大規模病院で実施できる治験数が限界を迎え、中小医療機関や診療所などでも治験が行われるようになり、煩雑な作業を専門に請け負うSMOの需要が広まった。

治験参加者(被験者)募集から細かな業務まで請け負うSMOは、人手不足が深刻化する医療機関にとっても、頼もしく便利な存在だ。

治験を行うにはまず、被験者を確保しなければならないが、日本は薬の開発がさかんなアメリカなどに比べて被験者を集めにくいという問題を抱える。医療費が高額なアメリカでは、治験で新薬が投与されることを治療手段としての「チャンス」ととらえる向きもあるのに対し、日本は国民皆保険制度があるため、こうしたメリットを見出しづらいからだ。

一方、被験者を1人でも多く集めようとしたことが、メディファーマの不正の遠因となった可能性もある。

例えば呼吸機能の弱い患者を集めなくてはならない治験では、被験者を絞り込む際の検査でわざと息を弱く吐き出すような指導をしていたという。「被験者が入れば入るほどお金がもらえる」(製薬メーカー社員)というSMOの収益構造も、こうした不正を誘発した理由の1つと考えられる。

一連の不正からは、新薬の承認取得を急ぐ製薬メーカーと医療機関の間で板挟みとなる、SMOの難しい立ち位置もうかがえる。

薬は特許品のため、主成分となる物質の特許を取得してからいかに早く治験を行い、世に出せるかによって、大きく価値が変わってくる。「治験が1カ月遅れるだけで、数千万〜数億円単位の損失となる」(業界関係者)との見方もあるほどで、治験を実施する現場に対する製薬メーカーからのプレッシャーは大きい。

メディファーマが行っていた違反行為の中には、医師が受講すべき治験の説明動画を、メディファーマ社員が代理で視聴していたケースもあった。メディファーマ広報は「代理受講は独自の判断で、過剰なサポートだった」とするが、多忙な医師への“忖度”が働いた可能性も否定できないだろう。

「性悪説にのっとった対応」も必要

一般的に治験の監督責任は製薬メーカー側にあるとされ、薬の審査・承認を行うPMDA(医薬品医療機器総合機構)も、定期的に治験を行う医療機関を査察している。ただ、ある製薬メーカーの社員は「データが手入力の場合、体重などのごまかしは簡単に行うこともできる。現場の査察も表面的調査で、不正を見つけるのは難しい」と明かす。

制度上の課題もある。GCP省令は細かな基準こそ定めるものの、治験を実施する医師やSMOが順守しなかった場合の罰則はない状態だ。前述のノイエスに対しても、厚労省による行政処分などは下されなかった。

メディファーマが不正を続けてきた理由の解明はこれからだが、現行のルールでは再び同様の事例が起こってもおかしくない。厚労省の担当者はメディファーマの件を受けて「性悪説にのっとった対応の議論も必要だ」と話す。

こうした不正行為は薬の信頼を損ねるだけでなく、治験に対する忌避感をさらに高めることにもつながりかねない。治験が滞れば、日本から新たな薬が生まれる可能性を狭めることにもなる。

メディファーマ個社の問題と片付けず、不正を防ぐためのルール見直しなど、行政主導での対応が求められる。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)