アメリカでは銃によって命を落とす人が増え続けている。国際ジャーナリストの矢部武さんは「コロナ以降、アメリカでは銃の購入数が40%増えており、銃による死亡者数も1年で5000人増加している。テレビではほぼ毎日のように銃乱射事件が報じられているが、いまのところ銃規制はまったく進んでいない」という――。
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■連日報道される銃による大量殺傷事件

米国ではここ十数年のあいだに、銃による大量殺傷事件が増え続けている。ABCやCBSなどのネットワーク局では、「またもや悲劇が起こりました……」「銃で撃たれて10人が死亡、13人が負傷しました……」といったニュースがほぼ毎日のように報道されている。

この数週間の間に全米各地で起きた銃撃事件をいくつか見てみよう。

日本ではゴールデンウイーク真っただ中の5月6日、午後3時半ごろのこと。テキサス州ダラス近郊のショッピングモールの駐車場に、殺傷力の高いAR-15型の半自動小銃(ライフル)を持った男が車で到着した。黒ずくめの服に防弾チョッキをつけた彼は車外に出たとたんに発砲を始め、駐車場にいた買い物客らを銃撃し、モールの中へと進んだ。

買い物を楽しんでいた多くの客や店の従業員は、銃声を聞いて必死で逃げた。トイレのクローゼットに隠れた人たちは銃声や叫び声を聞いて、「次は自分たちだ」と思い、祈り始めたという。

事件発生から5、6分ほどして、犯人の男は駆けつけた警察官に射殺されたが、その時にはすでに5歳から61歳の8人が犠牲となり、7人が負傷していた。

33歳の犯人は事件前、SNSに白人至上主義や人種差別、女性に対する憎しみなどに満ちた数百件の投稿をしていたというが、日頃の欝憤(うっぷん)を晴らすために犯行に及んだとみられる。

テキサス州ではその約1週間前にも凄惨(せいさん)な銃撃事件が起きていた。州南東部のクリーブランドで、隣人に「子供が怖がるので、庭で銃を撃つのをやめてほしい」と言われた38歳の男が逆上し、その直後、銃を持って隣の家に庭から押し入り、9歳の男の子と母親を含む5人を殺害したのである。

このように怒りや憎しみを抑えられずに銃を使う人が増えているのに加え、ちょっとした間違いが原因で起こる銃撃事件も頻発している。4月半ばには立て続けに3件も起きた。

■訪問先を間違えただけで銃殺される社会

4月15日夜、ニューヨーク州オールバニ近郊で、訪問先を間違えて別の家の敷地に車で入った女性(20歳)が住人の男性(65歳)に銃で撃たれて死亡した。

彼女は3人の友人と共に車に乗っていたが、入る敷地を間違えたことに気づき、そこを出ようとしたところ、男が車に向けて発砲した。「4人は車から降りたり、家に入ろうとしたりしたわけではなく、誰も脅威になっていなかったのは明らかだ」と、地元の保安官は語った。それなのになぜ、撃たれなければならなかったのか、男は第2級殺人罪で起訴された。

この種の事件は頻発しており、その2日前にはミズーリ州カンザスシティーで、黒人の高校生(16歳)が訪問する家を間違えて玄関の呼び鈴を鳴らしたところ、中にいた白人男性(84歳)に頭と腕を撃たれて重傷を負った。

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白人男性は警察に、「身長182センチくらいの黒人男性が玄関ドアのハンドルを引いたので、侵入だと思った、撃ちたくはなかったが、大柄だったので死ぬほど怖かった」と述べたが、実際は黒人少年の身長は172センチで、ハンドルは引いていなかったという。

この事件も被告の「過剰反応」の結果、起きたものと思われるが、他に人種差別的な要素も絡んでいたようだ。白人男性は第1級暴行罪などで起訴され、有罪となれば終身刑を言い渡される可能性があるという。

■乗ろうとした車を間違えただけで銃撃された女子高生

さらに4月18日未明、テキサス州オースティンのスーパーの駐車場で、女子高校生のチアリーダー2人が男に銃撃された。2人のうち1人が男の車を自分の車と思い、近づいて乗ろうとしたことがきっかけだったとみられる。

彼女は間違いに気づき、自分の車に戻ってから窓を開けて謝ろうとしたが、男は銃を取り出し、2人に向けて撃ち始めたという。1人はかすり傷で済んだが、もう1人は重傷を負い、病院に搬送された。

それにしてもなぜ、このような事件が頻発するのだろうか。その背景には、怒りや憎しみを抑えられずに銃を使ってしまう人が多いことに加え、米国内の銃の数が激増していることがある。

■コロナ禍で銃の購入数が40%増加

銃産業の主要業界団体である「全米射撃スポーツ財団(NSSF)」によれば、2022年現在、米国内には約4億3300万丁の民間所有の銃が出回っているという。筆者が1990年代初めに米国で銃問題の取材をした時は約2億6000万丁と推定されていたので、この30年の間におよそ1.6倍に増えたことになる。

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特に新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年1月ごろから、社会不安の高まりなどで銃の購入が増え始めた。銃暴力についての研究調査などを行っているNPO団体「エブリタウン・フォー・ガン・セーフティー(EFGS)」によると、2020年に米国人が購入した銃の数は約2200万丁で前年よりも約40%増加した。2021年は1990万丁で前年と比べて減少したが、アメリカ人の銃に対する関心はいまだに高いといえる。

銃規制が緩く、銃購入者の身元調査がきちんと行われていない米国では銃の売り上げが増えると、犯罪歴のある人や社会への怒り、憎しみなどを抱えた人たちの手にも銃が渡ってしまうため、結果的に銃撃事件が増えることになる。

EFGSは全米129の主要都市を対象に、コロナ禍前後の2019年から2020年にかけての銃暴力犯罪の発生状況を調査したが、そのうち4分の3近くの都市で銃による殺人が、約5分の4の都市で銃による傷害が増加したことがわかった。

■銃乱射事件は2年間で200件以上も増加

また、米国では4人以上の死傷者を出した銃撃事件を「銃乱射事件(mass shooting)」と呼んでいるが、これもコロナ禍になって急増。銃暴力に関するデータを収集するNPO団体「ガン・バイオレンス・アーカイブ(GVA)」によれば、2019年に417件だった銃乱射事件は2020年に611件、2021年に693件と激増した。

さらにコロナ禍は銃暴力被害全体の数字にも影響を与え、米国疾病予防管理センター(CDC)の調査では、2020年に銃で命を落とした人の数は殺人・自殺・誤射事件などを含め4万5222人となり、前年の3万9707人より大幅に増えた。

このように米国は世界に類を見ない「銃大国」だが、それはこの国と同盟関係にある日本にとっても他人事ではない。特に米国を訪れる日本人観光客や長期滞在する留学生、駐在員などにとっては生死に関わる問題である。

■日本人の犠牲によって銃規制は進んだが…

実は今から約30年前、日本人留学生が米国の銃暴力の犠牲となる事件が起きた。

1992年10月17日、ルイジアナ州バトンルージュの高校に留学していた名古屋市出身の服部剛丈さん(16歳)はハロウィーンの仮装パーティーに行く途中、訪問先を間違え、別の家を訪ねた。その家に住んでいた白人男性は彼を強盗かと思い、両手に銃を構えて、「フリーズ!(動くな)」と叫んだが、服部さんはそれが聞き取れなかったのか〔「プリーズ」(こっちに来い)と聞き間違えたともいわれている〕、止まらずに男の方に向かって歩き続けたため、撃たれて死亡した。

服部さんを撃った白人男性は傷害致死罪で起訴されたが、裁判では「不法侵入者から身を守るために引き金を引いた」という正当防衛の主張が認められ、無罪評決を得た。何の武器も持っていなかった彼を撃つ必要はなかったことは明らかだったが、裁判が行われたのが米国でも特に銃の所持・使用に寛大な南部の州だったことも影響したようだ。

民事裁判では、正当防衛ではなく、殺意を持って射殺したとして65万3000ドル(およそ7000万円)を支払うよう命令する判決が出された。しかし、裁判所に命じられた賠償金のうち10万ドルは支払われたものの、残り55万3000ドルは現在も支払われていない。被告は自己破産し、行方はわからないという。

その後、服部さんの両親は銃による被害を少しでも無くそうと、米国の銃規制を求める署名活動を始めた。服部さん夫妻は日本と米国で約180万人分の署名を集め、1993年11月に当時のクリントン大統領と面会し、それを手渡した。

写真=時事通信フォト
銃規制の署名簿をクリントン大統領に提出した服部さん夫妻と、剛丈さんの写真を見入るクリントン大統領=1993年11月16日、アメリカ・ワシントン - 写真=時事通信フォト

クリントン政権と議会民主党はその数カ月前から、拳銃の購入者に5日間の身元調査期間を義務付ける銃規制「ブレイディ法」の準備を進めていたが、夫妻が署名を渡した約2週間後にこの法案が可決したため、「署名活動がその後押しになった」とも言われた。

クリントン政権は翌1994年にも殺傷力が高くて銃乱射事件によく使用される半自動小銃など19種類の攻撃用銃を禁止した「攻撃用銃禁止法(AWB)」を制定した。しかし、この2つは時限立法だったため、ブレイディ法は1998年に、AWBは2004年に失効した。

■なぜまともな銃規制を実施できないのか

ブレイディ法が施行された最初の1年間に全米で約4万件の違法な拳銃の購入が阻止されたという。また、攻撃用銃禁止法が施行された1994年からの10年間に銃乱射事件は大幅に減少し、それが失効した後に再び増え始めたとの調査結果も出て、銃規制の効果は実証された。ところがその後米国では、連邦レベルのまともな(効果が十分期待できる)銃規制法は制定されていない。

2022年6月に28年ぶりに連邦銃規制法が制定されたことは日本でも報じられたが、これは全米ライフル協会(NRA)の影響を受けた共和党議員の反対によって、肝心の銃購入者に対する身元調査の厳格化や半自動小銃の禁止などの項目が除外され、まったく不十分な内容になってしまった。

米国が効果的な銃規制をなかなか実施できない理由としてよく指摘されるのはNRAと、国民の銃所持の権利を保障しているとされる憲法修正第2条の存在である。

NRAは1871年に南北戦争の退役軍人らによって娯楽用のライフル射撃の促進などを目的に設立されたが、現在のように政府の銃政策に影響を与えるようになったのは1975年にロビー活動専門の部署が設置されてからのことだ。NRAの強さの秘密は約500万人にのぼる会員の銃所持に関する権利へのすさまじい情熱と団結力に加え、豊富な資金力を使った政治家へのロビー活動などにある。

■巨額の献金で政治家に働きかけるNRA

NRAは「人を殺すのは人であって銃ではない(銃が悪いのではなく、人間の問題だ)。だから銃規制を強化しても犯罪防止には役立たない」との主張を展開し、銃規制に反対する共和党議員に多額の献金をする一方、銃規制に積極的な民主党議員を落選させるために攻撃する。

米国バージニア州にあるNRA本部(写真=Bjoertvedt/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

ニクソン、レーガンなど共和党の歴代大統領の多くがNRAの会員となり、また現職の有力議員はNRAから多額の献金を受け取っている。たとえば、2016年の大統領選に立候補したマルコ・ルビオ上院議員は約330万ドル(約4億4550万円)を、トランプ前大統領も同じ選挙で約2100万ドル(約28億3500万円)相当の献金を受け取っていたことがわかっている。

その一方で、NRAは銃規制法案に賛成する民主党議員に対し、「国民の銃所持の権利を保障した修正第2条に反する」などと批判し、選挙で落選させるためのキャンペーンを展開する。

しかし、銃規制は本当に憲法違反なのか。

■「銃規制は憲法違反」は本当に正しいのか

まずは修正第2条の規定を見てみよう。

「規律あるミリシア(民兵)の結成は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を所有し、携帯する権利はこれを侵してはならない」となっているが、問題はミリシアをめぐる解釈である。

ミリシアは今から約250年前の建国時代に結成され、イギリスとの独立戦争でも活躍したが、1916年の国家防衛法(NDA)によって各州の防衛軍(州軍)として、「ナショナルガード(州兵)」と呼ばれるようになった。そこで修正第2条を現在の状況に当てはめて考えてみると、武器を所持する権利はミリシア(州兵)に与えられたもので、すべての国民に無制限に与えられたものではないという解釈も可能となる。

実際、この解釈をめぐっては法律専門家の間でも意見が分かれ、2010年に退任したジョン・ポール・スティーブンス元連邦最高裁判事は、「修正第2条は現在の米国社会の状況に合わないので、廃止すべきだ」と発言している。

それにもかかわらず、NRAはすべての国民が銃を所持する権利を強硬に主張しているのである。

■銃所持を野放しにする米国社会の行方

銃の所持を厳しく規制し、銃による死亡者を年間数人程度に抑えている日本と、銃を事実上野放しにしてきた結果、銃があふれ、年間約4万人が銃で死亡している米国の状況を比較してみると、NRAの「人を殺すのは人であって銃ではない」という主張は間違っている、と言わざるを得ない。

なぜなら、銃の氾濫と銃撃事件の多さには関係があると思うからだ。人は激昂したり、恐怖を感じたりした時に銃が身近にあれば使いたくなるし、使ってしまうことが多い。それはこれまで述べた銃撃事件のケースからも明らかであろう。

銃には人を変える力があり、自分は弱い人間だと思っている人でも銃を持つと、強くなったように感じることが多い。これは「銃の扇情効果」と言われるが、筆者も30年前に米国で取材した際、実際に射撃場で銃を撃ってみて、そのことを実感した。生まれて初めて銃を手にしたので、最初はものすごく緊張したが、5発、10発と撃っていくうちに緊張はやがて快感に変わり、「西部劇のヒーロー」のような気分になったのを覚えている。

30年前に筆者が訪れた射撃場に並べられたさまざまな口径・種類の銃(筆者撮影)

銃が身近にあれば使いたくなるのが人間の性(さが)なのかもしれない。だからこそ、事件を起こしそうな人の手に銃が渡らないようにするための身元調査の厳格化など、バイデン大統領と議会民主党が提案している「常識的な銃規制」が必要なのではないかと思う。

今後、米国の銃規制はどうなるのかを予想する上で重要になるのは、2024年の大統領選と議会選挙の結果である。もしバイデン大統領が再選され、上下両院とも民主党が多数派となれば、連邦銃規制法を制定しやすくなる。しかし、トランプ氏が再び大統領に返り咲くか、他の共和党候補が勝利すれば、銃規制を進めるどころか逆に規制を緩める可能性もあるため、銃問題は一層悪化することが予想される。

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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)