元カレと4年ぶりの再会。「未練はない」と確信していたのに、彼の“ある言葉”に動揺し…
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
怪しいDMに書かれていた、想太のLINEアカウント。意を決して連絡を入れてみると、すぐに『会いたいね』と返事が来て…。
深夜のキッチンに立ち、希依はスマホを凝視していた。
画面に表示されているのは、想太からのLINEメッセージだ。
『想太：げんき。会いたいね』
― 「会いたいね」だって…。まさか、こんな展開になるなんて。
深呼吸をして、もう一杯、ミネラルウォーターを飲む。
― 私だって、そりゃ会いたいよ。
これは別に、未練ではない。希依は自分に言い聞かせる。
今この瞬間だって、寝室から漏れる夫・正介の寝息を愛しく感じるのだ。だから、これは未練ではない。
― だったら、別に会ってもいいよね。後ろめたいことはなにもないし。
希依は、息をひそめながら返信を打った。
『希依：会いたい。いつか会えるかな？』
返事は、すぐに来る。
『想太：いつでも会えるよ』
◆
土曜の昼すぎ、希依は不思議な気持ちで身支度を整えた。
ベージュのニットワンピースに、正介からもらったDiorのピアスを合わせる。
― 本当に、想太に会えるのかな。
正介は、昨日の深夜からまたフライトに出ていて、不在だ。
「行ってきまーす」
希依は玄関で、誰もいない部屋に向かって叫ぶ。昔から、防犯のためにそうすると決めているのだ。
そんな用心深い自分が、怪しいDMに導かれて想太と再会しようとしていることを、希依は不思議に思う。
― LINEの相手が想太じゃなかったら、どうしよう。
なにかの罠だったら怖いと思い、今日は、咲と顕彰に立ち会ってもらうことにしていた。
広尾駅前で咲と顕彰と合流し、タクシーに乗り合わせ、想太の最寄り駅だという阿佐ヶ谷に向かう。
15時。
3人で指定のカフェで待っていると、数分経ったところで「お待たせ」と声がした。
「おう想太、久しぶり！」
「久しぶり！ようやく4人揃ったね。大学時代みたいだね」
顕彰と咲が感激した様子で声をかけた。
その様子を、希依は、ぼうっと見つめる。想太の見た目は、信じられないくらいあの頃から変わっていない。
「想太、元気にしてたか？今なにしてんの？仕事は？」
居心地悪そうに何度も座り直す想太に、顕彰は、遠慮なく質問をぶつけはじめる。
「元気だよ。今はね、人材系の会社で経理をしてる」
「え、お前、いつの間に転職したんだよ」と、顕彰が食いつく。
「まあ、ちょっと前にね。顕彰は？新卒からずっと代理店にいるの？」
「うん。今は華のビールメーカー担当なんだぜ。俺、優秀だからさ」
腕を組んで偉ぶってみせる顕彰を、咲がふざけて叩いた。それから咲は「私は、今ね」と続ける。
「化粧品メーカーのマーケティング部なの。転職魔になっちゃって、今は4社目」
「化粧品か。いいね、咲っぽくて」と想太はうなずいた。
希依は黙ったまま、想太をぼんやり見つめた。
想太が新卒で大手保険会社に入社し、営業職として頑張っていたことを思い出す。当時、仕事帰りに会うといつもスーツ姿で、それがよく似合っていた。
― 私も、あの頃勤めてた出版社を退職して、ライターになったよ。
想太に伝えたい言葉が、胸の中に次から次へとあふれた。でも、緊張してしまい、声に出せない。
大好きだったあの頃の想太が、目の前にいる。
そのことに、希依は頬を赤らめた。
モジモジする希依をよそに、顕彰はテンポよく質問を続けた。
「で、お前結婚は？」
「まだしてないよ」
想太は、眉をハの字にして笑う。そのあと小さな声で「彼女はいるけど」と付け加える。
希依はとっさにマグカップに手を伸ばし、飲みもしないのに口に近づけた。
想太の口から出た「彼女」という言葉に、なぜか動揺してしまったのだ。それを隠したかった。
― 彼女…いるのか。想太はいま、幸せ？
思いを込めて想太を見つめると、数秒間目が合う。
想太は一瞬目をそらしたが、そのあと、まるで希依の心の声が聞こえたかのように「ま、そこそこ幸せにやってるよ」と柔らかな声で言った。
わずかな沈黙が訪れる。
それをきっかけに、咲が口を開いた。
「想太さ、社会人2年目の冬、なにがあったの？希依を急にふって、LINEごと消して。
心配して3人で家に行ってみたこともあったけど、引っ越してたし。なんで音信不通になったの？」
想太は顔をふせて、「そうだよね」と答えにならない返事をした。
「…でもさ、希依はどうして僕の連絡先がわかったの？」
想太の目が、希依をとらえる。
質問を質問ではぐらかされてしまいモヤッとしたものの、希依は、例のDMを想太に見せた。
「私のエッセイを呼んで、知らない人がDMしてきたの。想太、なんか心当たりない？」
本当に久しぶりに、想太の名前を呼んだ。
「…心当たりなんてないよ。
エッセイって？希依が書いたの？そのエッセイに、僕のことが書いてあったの？」
希依は、ソワソワした。
「そんなかんじ。実は私、ライターになったの。それで仕事で、昔の思い出を書いたの。…許可もとらずごめんね」
「そっか、ライターに。で、僕が出てくるエッセイを…。でもごめん、DMについては本当にわからない」
再び、沈黙が訪れる。気まずさに耐えかねた咲が「あ、そうだ」と笑顔を見せた。
「想太にサプライズがあるの！私いま、顕彰と付き合ってるの。一応報告しとく」
「え、そうなの？おめでとう」
突然の報告に、想太は目を丸くした。
そのとき、想太のスマホがテーブルの上で鳴った。
電話の着信だ。同世代くらいの女性の写真が、画面に表示されている。
「あ、ごめん。ちょっと外す」
「えー？お前、彼女？」
顕彰がニヤニヤする。想太は「うん。心配性なんだ」ととても優しい声色で言い、カフェの外へと出ていった。
「心配性なんだ、だって」
顕彰は、想太の声色を真似したあと、「俺さ、わかったかも」と言った。
「なにがわかったの？」と咲が間髪入れずに聞く。
「希依にDMしてきた人の正体。想太の彼女なんじゃない？」
咲は首をかしげながら「…なんで？」と言う。
「だって、心配性なんだろ？だから、どこかで想太の過去を知って、希依についても知って。
それで、今回のエッセイを読んで、想太を試したくてDMしてきたんじゃない？」
今度は、希依が首をかしげる。
「試す？」
「そう。元カノの希依から連絡をもらったら、自分の彼氏は反応してしまうのかっていうモニタリング」
ガラス越しに、スマホを耳に当てている想太が見える。
「だからあいつ、今電話で叱られてるんだと思うよ。『元カノに会ってるんでしょう』って詰められてるよ」
顕彰は、テーブルの中央に置かれたクッキーに手を伸ばし「俺、名推理じゃね？」と言った。
― そうなのかな。
急に、申し訳ない気持ちになる。
「どうしよう、もしそうだったら。想太にも彼女さんにも、申し訳ないな、私」
うなだれると、テーブルの上で咲が包むように手を重ねてきた。
「今のは顕彰の憶測だから。それより、なに？さっきの希依のかんじ」
「え？」
「希依、想太の前でモジモジしすぎだって。想太に未練あるの？しっかりしなよ、希依には大好きな旦那さんがいるんでしょう？」
希依ははっとする。動揺したことが、バレていた。
「…別に、未練じゃないよ。懐かしすぎただけ。うん…正介のことは愛してる」
「もう…」と咲はあきれ顔になった。
スマホを片手に戻ってきた想太は、「ごめん、僕もう行くわ」と言った。
「みんなはもう少しここに残る？」と聞いた想太に、3人は首を横にふる。
「俺ら3人は近所だし、頻繁に会ってるからね。今日の主役は想太だったから」
「そっか、ごめん」
「お前、彼女に呼び戻されたってかんじ？なんかあったんだろ？」
自称・名探偵の顕彰がしたり顔で聞く。
しかし想太は、「心配性なんだよ、とにかく」としか言わなかった。
会計を済ませ4人で店を出る。
「じゃ、想太。またな」と元気よく言う顕彰に続いて、希依も別れの言葉をかけた。
「元気そうでよかった。またね」
「うん。また…」
顕彰がタクシーを止める。手を振りながら、咲と一緒にそれに乗り込もうとした、そのとき―。
「希依」
想太が、あの頃のような澄み切った目で、見つめてきた。
「ちょっとだけ、時間ない？」
「え…どうしたの？」
「2人で話したい。あの冬のことについて」
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想太が希依に語った、あの冬の真実とは…
