独身仲間だった親友に、先を越された夜。結婚報告を受けた女が自覚した、誰にも言えない想い
プレゼント。
その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。
ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。
ラッピングで隠された、誰かの想い。
そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。
▶前回：貞淑な妻が夫にねだった、まさかのクリスマスプレゼントとは…
「お前、そろそろ彼氏作れよ」
冗談交じりに、塁は言った。
「作ろうと思ったらいつでも作れるけど、なかなか私に見合うような人がいなくてさっ」
塁と玲。
名前の響きが似た2人は、大学時代からの親友。2人そろってスタイル抜群の美男美女で、並んで歩く姿は周囲の目を引いた。
『2人、付き合っちゃえばいいのに』
そう言われたことは1度や2度じゃない。
「こいつとは絶対ありえないから！！」
2人が口をそろえて答えるさまも息ぴったり。実は裏で交際しているんじゃないか、と、みんなが疑うほどお似合いだった。
けれど、2人は間違いをおかしたこともない。慶應大学で出会い、それぞれ別の総合商社に就職して8年。
出会って12年の付き合いになる2人は、良き友達だった。
あの日までは…。
『白金Baru』のカウンター席で、おもむろにワイングラスを置いた塁は、深刻そうな表情で呟いた。
「ごめん、俺しばらく玲に会えないわ」
玲はキョトンと、塁の顔を覗き込む。
「え…？」
「だから、俺、しばらく玲に会えない」
しばらくの間があって、玲は噴き出した。
「何よそれ、私たちこっそり付き合ってるみたいな物言いじゃん」
塁も釣られて笑い出す。
「いや、彼女が女友達と2人で飲み行くとかありえないってうるさくて」
「あ〜、またメンヘラ彼女に捕まったんだ」
「そんな風にばっさり切り捨てるなよ。ちょっとナイーブなだけなんだよ…」
少し参った表情の塁を、玲は呆れた表情で見つめる。
「それは別にいいんだけどさ、ここらへん一緒に来れる人いなくなるの、困るんだけど〜」
「そっちかよ、俺に会えなくて寂しいとかないわけ？」
「別に〜」
2人は仲良さそうに、カラッと笑い合う。
恵比寿に住む塁と、広尾に住む玲。
『白金Baru』のある恵比寿3丁目あたりは、どの駅からもちょっと歩くが2人の中間地点。
2人の気に入っている店も多く、よく仕事帰りにふらっと立ち寄るエリアだった。
「早く彼氏作って、一緒にくればいいじゃん」
「またそういうこと言う〜。私は塁みたいに、ほいほい恋人変えるような心変わり早いタイプじゃないの」
「モテない言い訳か？」
「ひどい！」
塁も玲もモテる。2人ともその自覚もある。
塁は、そのモテの流れに逆らわず、来るもの拒まず去るもの追わず。常に恋人がいるタイプ。
玲はその真逆。来るものは拒み、去るものは追わず。たまに出現する好みの男性をどこまでも追いかける。一度付き合うと長いが、別れると独り身期間も長い。
「塁、その彼女と結婚するの？」
「わかんないけど…。それより、お前は自分の心配しろよ」
玲は白馬の王子様に憧れている、とまではいかないものの、“運命”のようなものを内心信じているタイプ。
30歳になる今、恋人いない歴2年だ。
「わかってるよ〜。でも、きっとそのうちいい人現れる気がするんだよね〜」
「お前、正気かよ。現実見ろよ。あのお父さんの形見の時計だっけ？いつまでもしまわれたままじゃお父さんがかわいそうだろ」
「…」
― 形見の時計。
その言葉を聞くと、玲の胸がちくりと痛む。
それは、玲が高校生の頃に亡くなった父からもらったRolex。シルバーメタルのデイトジャスト。
父が生前、大切に使っていたものだ。
自分が使うにはごつすぎる。いつか、いつか自分が結婚するときに、相手に使ってもらいたいとずっと大切にしていたものなのだ。
◆
＜Rui.t：今日会える？＞
しばらく2人では会えないと言われた矢先のことだった。
＜玲：会えるけど、どうしたの？＞
＜Rui.t：いや、ちょっと。19時な！＞
束縛の激しい彼女が今日は家にいなくて、飲みたかったのかな。玲はそのときそんな風にしか考えていなかった。
しかし、その日の19時。
『バー トナリ』の個室の扉を開けると、広いソファ席に、塁にぴたりと寄り添って座る女の姿があった。その距離感は2人の関係を物語っていた。
なぜ塁に呼び出されたのか、察しがついた。
― 結婚、しようとしてるんだ…。
塁が彼女を紹介してくるのは初めてだったから。
「あ、彼女のみく」
そう言って塁が紹介すると、女はペコリと小さく頭を下げた。
その日、玲はほとんどの会話を覚えていなかった。塁の上海赴任が決まり、それを機に結婚を決めたという報告以外──。
◆
女の勘というものは凄まじい。
形式上は礼儀正しく振る舞っていたものの、みくが玲に向ける視線、表情、仕草…。そのすべてからは“私は塁の女“という強いメッセージが発せられているような気がした。
玲が自分ですら気づいていなかった気持ちに、みくは一瞬で勘づいたようだった。
きっと、塁は未だに気づいていない。
はじめて見る、塁の男らしい振る舞いや気遣い。それらがすべて自分ではない女性に向けられているのを目の当たりにした今夜。玲ははじめて、どうしようもない気持ちになってしまったのだ。
胸をぞわぞわと巡る違和感。
それが恋だといまさら自覚するのが、怖くてしょうがなかった。
◆
慌ただしく人々が行きかう羽田空港国際線ターミナル。非日常感が漂う中で、玲は塁と向き合っていた。
「別に見送りなんてよかったのに」
塁が飛び立つまでの間、仕事が手につかなかった。
どうしたらいいのか、どうするべきなのか、何度も何度もいろんな思考が脳内を駆け巡った。
「ううん…」
そして、玲は決意したのだ。3ヶ月もの時間をかけて…。
「なんか、お前今日…。どうした…？」
玲の胸が、ばくばくと鼓動を打ちつづける。
これ以上鼓動が速くなることはないんじゃないかというほどに、ダダダと心臓から音がする。
「塁、これ…」
そして、玲はおもむろに小さな紙袋を手渡した。
「ありがとう。何これ？」
「餞別！大したものじゃないから、向こうで落ち着いたら開けて！」
「おう。わざわざありがとう」
「うん。元気でね…」
いつも通りの笑顔で。いつもとおりのトーンで。
「じゃ、そろそろ行くわ。また連絡する！日本戻ってきたとき、また飲もうぜ！」
「うん…！」
玲は、しばしのお別れを塁に告げる。
塁はくるりと玲に背を向け、キャリーケースを引いて去っていった。寂しそうな顔も、名残惜しさも、なにもないままに。
そんな姿を見送りながら、玲はようやく緊張から解き放たれた。しかし、今度は同時に寂しさと不安が押し寄せる。
塁が海の向こうであの箱を開けたとき、何を思うのだろう。想像するだけで、怖くてたまらない。
玲が渡したのは、お父さんの形見の時計。
玲なりの、一世一代の告白だった。
塁と結ばれることは、きっとないだろう。それなのに告白した。ただただ友人関係を壊すだけの作業。なんて自分はバカなんだろうと、心から思う。
でも─。
それでも、塁のことを本気で大切だと思ってしまった。そう気づいた自分の気持ちを、なかったことにすることはできなかったのだ。
“ずっと、ずっと探し求めていた王子様は、すぐそばにいましたとさ。”
御伽噺のラストのような展開が自分の身に振りかかってきたというのに、めでたしめでたしとはならなかった。
白馬の王子様はもう別の女と婚約して、異国の地へと旅立ったのだ。
現実はシビアだ。
― でも、それもまた運命なのかもしれない。
玲はそう思った。
「本当に好きなんだよ…」
静かに頬を伝う涙をぬぐいながら、玲は小さく呟く。
寂しさと切なさと不思議な清々しさを感じながら、玲は見えなくなるまで塁の後ろ姿を見送った。
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