「氷上の妖精」三原舞依が真価を見せるとき。「一番うれしい」GPシリーズ初優勝からファイナル初出場をかけた戦いへ
GPシリーズ・イギリス大会を制した三原舞依
11月、シェフィールド。グランプリ(GP)シリーズ第4戦のイギリス大会で、三原舞依(23歳、シスメックス)は、自身初のGP優勝を勝ち獲っている。ショートプログラム(SP)で72.23点を記録して首位に立つと、フリースケーティングでも145.20点とトップスコアを叩き出した。
「(今までGPシリーズでは)4位が多く、『このまま4位でいいの?』と自分に言い聞かせて。ショート最下位ぐらいの気持ちで、奮い立たせていました」
「練習は裏切らない」
そう信じられた。そしてスイッチが入った。中野園子コーチからは、「集中力の天才!」とリンクに送り出されている。
「トップスケーターは、自分を限界以上に追い込めます。たとえば、(体調が悪くても)その場だけ"前借り"して、あとで動けなくなるくらいに。そこまでやれるのも才能で、舞依は集中力の天才ですよ」
中野コーチはかつて、そう説明していた。
三原は、『恋は魔術師』の旋律に乗って、冒頭のダブルアクセルから3回転ルッツ+3回転トーループで高得点を叩き出す。スピンは回転速度もポジションも完璧で、後半の3回転ルッツ+2回転トーループ+2回転ループも美しく着氷。見せ場のステップもレベル4で、ロングスパイラルの披露では完全に観客を虜にしていた。
三原は、体調不良でシーズンを棒に振る試練を乗り越え、四大陸女王になるなど鮮やかな復活を遂げている。その可憐さとひたむきさは、「妖精」「天使」「シンデレラ」と形容される。その彼女が、いよいよ真価を見せつつあるーー。人生の苦しさや喜びを観客の心に伝える
2022−2023シーズン、三原は上々の滑り出しを見せている。8月、シーズン前哨戦のげんさんサマーカップで優勝。10月には、近畿選手権も順調に制覇している。
そして同月、京都。西日本選手権のSP、三原は自然体だった。
リンクサイドで大会開幕のファンファーレが鳴って、小さくジャンプする。中野コーチと短く言葉を交わし、小さく笑みをこぼす。6分間練習、ジャンプを丹念に確かめるのだが、その段階でほぼミスがない。滑るたびに精度や強度を上げ、ミリ単位、コンマ単位で調整。氷との対話で、集中力を高める。充実したトレーニングを積む日々が透けて見えた。
その日、三原は国際スケート連盟(ISU)非公認ながらもSPで自己ベストを出している。『戦場のメリークリスマス』の哀切を氷上に表現。3回転ルッツ+3回転トーループからスピンの間で曲調がやや激しくなるのだが、スケーティングで胸に迫るような激情を伝えた。
「(『戦場のメリークリスマス』の)物語は儚いイメージなので。優しく、力強く、と思って滑っています」
SP後、三原はそう語っていた。
「私の好きな曲のリストがあるんですが、『戦場のメリークリスマス』はそのひとつで、(振付師のデヴィッド・ウィルソン氏に)『これを滑ってほしい』と言われて、すごくうれしかったです。最初から最後まで好きな曲で、いろいろな情感がこもっていて。その曲に乗り、人生の苦しさだったり、つらさだったり、喜びだったり、全部包み込んで、見ている方々の心に響く演技ができたら、と思っています」
彼女は単なる競技者の枠を出て、表現者の領域に入っている。
ただ、フリーは苦戦した。大きなミスはなかったが、後半のジャンプで回転不足を取られ、ステップもレベルを落とした。その結果、逆転で優勝を逃している。
「すごく悔しい。(この気持ちを)しっかりGPシリーズにぶつけたいです」
彼女は自らを叱咤するように語ったが、そこまで真摯に自らと対峙できるのが異能だろう。挽回すべく、真っ直ぐ練習に打ち込む。
その生き方が、イギリス大会のフリーで奏功した。短期間でジャンプの課題を克服。SPもフリーもスピン、ステップはすべてレベル4だった。彼女の人生が祝福されたようなGP初優勝だったと言えるだろう。演技直後、氷上でうれしさが弾けるように小さく駆け、「信じられない」と両手で口を覆い、周りに感謝する姿は、すべて地道なトレーニングの成果だ。
ーー氷上で見る最高の風景とは?
「他のスケーターの皆さんも目指す場所で、自分も表彰台に立って笑顔って姿は理想で......」
昨年のインタビュー、彼女は質問にそう答えていた。
「私は、(浅田)真央ちゃんを見てスケート始めました。(彼女のように)誰かを笑顔にできたり、感動を与えられたりするスケーターになれたらいいなって思います。リンクは自然と笑顔になれる場所なので」
11月25日、GPシリーズ第6戦、フィンランド大会が開幕する。12月、イタリア・トリノで開催されるGPファイナル初進出をかけた戦いになる。
「今までで一番うれしい」
GP初優勝後、三原は顔をほころばせたが、その笑顔は次のGPシリーズ、全日本選手権、世界選手権へのプロローグだ。