ジョージ・ラッセルがトップでチェッカードフラッグを受け、F1初優勝を飾った。ウイリアムズで初ポイントを挙げた時と同じように、いやそれ以上に、ラッセルの目にはあっという間に涙があふれていた。

 カート時代にキャンピングカーでともに各地を転戦して支えてくれた両親のことや、下位カテゴリー、F1デビュー後も低迷期のウイリアムズで苦労を重ねてきた。

「あんなにすぐに泣いてしまうなんて思わなかったよ。フィニッシュラインを通過してターン2に入る頃には、もう涙があふれてしまっていたからね。最初に思い浮かんだのは家族のことだった。

 いろんな感情が沸き起こり、これまでにサポートしてくれたすべての人たちに感謝してもしきれなかった。何度も、何度も、ずっとこの瞬間を夢見てきたんだ。そんな感情が一気にあふれ出して、感情的なウイニングランだったよ」


81戦目でF1初優勝を遂げた24歳のジョージ・ラッセル

 サンパウロGPでは、レッドブルがマシンセットアップに失敗してタイヤをうまく扱えなかったのに対し、メルセデスAMGはロングランで圧倒的なパフォーマンスを見せた。

 土曜日のスプリントレースでマックス・フェルスタッペンを抜き去って首位に立つと、先頭グリッドからスタートした決勝では安定したペースでライバルにつけ入る隙を与えなかった。

 唯一の脅威であったチームメイトのルイス・ハミルトンが、フェルスタッペンとの接触で10位まで後退を余儀なくされたのも大きかった。ハミルトンは右リアにダメージを負い、デフのセットアップ調整でマシンバランスを修正するなど、妥協を強いられながらのレースになった。

 それでもハミルトンは2位まで挽回し、最後にはセーフティカー導入で緊迫の戦いになった。それでもラッセルはミスを犯すことなく、最後まで冷静沈着な走りで首位を守りきった。

「ルイスは恐ろしく速かったし、セーフティカーが出た時には『これはかなり厳しいレース終盤になる』と思ったよ。ものすごいプレッシャーを浴びせられたけど、ミスを犯すことなく力強い走りを続けて、こうして勝利を収めることができて本当にうれしいよ。とてもうまくレースをマネージメントすることができたし、すべてをコントロールすることができたんだ」

F1初優勝を逃してから2年

 レース中盤からラッセルのマシンには水漏れが起きており、水圧の低下度合いから計算すれば残り4〜5周でリタイアとなってしまう可能性があったという。しかし、チームはパワーユニットを失うリスクを覚悟のうえで、最後までレースをさせることを決めた。それも、ラッセルには何も知らせず、余計な不安は与えないように徹底していた。

「状況についてチーム内で話し合い、仮に水漏れが進行しても最後まで走り続けさせることで全員が合意していた。冷却面でやれることはすべてやって、最後まで走りきれるようトライしたんだ」

 レース前も緊張はしなかったというラッセルは、「やるべきことをやれば勝てるとわかっていた」という。

 16歳でメルセデスAMGのジュニアプログラムに起用され、GP3、FIA F2をデビューイヤーで制してF1に昇格を決めたエリート中のエリートは、確かなドライビング能力と知性でここまでやってきた。2020年サヒールGPではハミルトンの欠場で急きょメルセデスAMGに乗ることとなり、ピットミスとタイヤトラブルで後退するまでは首位を快走して見せた。

 あの時、目前で失った勝利をようやく取り戻した。16歳ながらスーツにネクタイ姿、パワーポイントで自己プレゼンをして「メルセデスAMGの育成プログラムに入れてくれ」とアピールしたラッセルを見出し、そこからずっと育ててきたトト・ウォルフ代表もようやく肩の荷が下りた気分だった。

「これを贖罪と呼ぶべきかどうかはわからないが、あのサヒールGPでも彼は勝利にふさわしかったと思うし、あの時は我々のせいで彼を落胆させてしまった。2年前に勝つことができていたはずなだけに、今日の勝利はなおさらうれしいよ」

 メルセデスAMGは一貫して、ランキング2位を獲るよりも「1勝」にこだわってきた。勝利なきランキング2位よりも、シーズン開幕時点の苦境から頂点まで舞い戻ってきたという証拠のほうがほしかったからだ。自分たちの注いできた努力が正しかったという事実は、来季型マシンの飛躍を裏づけてくれる。

来季の勢力図はいかに?

「バーレーンでは予選9位で、イモラでは僕もルイスもQ2で敗退した。シーズン序盤の頃の僕らは、アルファロメオやハースと争っていた。フェラーリが圧倒的に速くて、僕らはそこから1秒落ちだったこともあった。

 ポーポシング問題を解決するのに多大な時間を失ってしまったし、そのせいでマシン開発は大きく遅れてしまった。だけど、だからこそ(問題を解決した)シーズン後半戦からのこの8戦で、僕らは大きくパフォーマンスを向上させることができた。パフォーマンスを向上させることに集中することができた証だ」(ラッセル)


ワンツーフィニッシュを飾ったメルセデスAMG

 予期せぬポーポシング対策に10カ月を要し、そのぶんだけマシン開発に後れを取った王者が、シーズン終盤戦に入り本来の開発ペースでマシン改良を進め、ここまで追いついてきた。それがこの「1勝」という結果の表わす意味だ。

 グランプリウィナーとなり、ジョージ・ラッセルは名実ともにトップドライバーに名を連ねた。そして来季はチームもさらなる躍進を遂げる。

 もちろんレッドブルも、そしてシーズン後半戦を捨てて来季に賭けるフェラーリも対抗してくる。エキサイティングな2023年シーズンの新たなチャプターがひと足早く開いたことを感じさせる、メルセデスAMGとラッセルの圧勝劇だった。