政財界の大物が通う、怪しげな占い師。どハマりしてしまった女経営者は、占い師に言われるがまま…
「あの子…フツーじゃない！」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか？
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…！
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──？
▶前回：駅で見かけたタイプの男性に、声をかけるため…。男の働くビルに入ろうとした女の末路
占う女
自分から発せられた溜め息の大きさに、里美は自分で驚いた。
平日の昼間。
優雅に犬の散歩をするマダムに、いかにも仕立ての良いスーツを着こなすビジネスマン。この辺りは大使館が多いからか、外国人もよく通る。
その誰もかれもが、幸せそうに見えてしまうのだ。
物憂げな表情で、里美は頬杖をつきながら、誰に言うわけでもなく独り呟いた。
「幸せになりたいな…」
里美は、今年で29歳。
25歳のときに一念発起し起業してから、4年が経つ。
会社の運営が軌道に乗っている今、仕事量はそう多くない。家賃30万の広尾の低層マンションで、可愛いポメラニアンと優雅に暮らしている。
同じ経営者の恋人だっている。
それなのに、里美は幸せではないのだ。
その理由は、とてもシンプルだけど、厄介なものだった。
◆
『もっと、もっと上に行きたい』
向上心の強い里美は、常にそんな風に思っている。その野心にも似たような熱い想いが、里美をここにまで連れてきた。
一橋大学を卒業後、大手マスコミに就職。3年後に起業。
会社は軌道に乗り、毎日あくせく働く友人たちを尻目に、1日の労働時間はたったの3時間ほど。それで、エリートといわれるサラリーマンの倍近くの年収を得ている。
ストレスで円形脱毛症になった時期もあったけれど、色んなものと戦いぬき、成功をその手にした。
周囲が認める経営者になれたから、経営者コミュニティーなるものへのアクセス権を手に入れ、そこで出会った素敵な男性が恋人となった。
最初の頃は、そんな風に色んなものを手にしてきた自分と自分の人生が大好きだった。
けれど、人は慣れていく生き物。
1日3時間しかやることがないなんて、つまらない。恋人にも、徐々に飽きてきてしまう。
なんなら、周囲にはもっと稼ぐ、もっと大きな事業に挑戦する素敵な経営者がたくさんいる。
もっと、もっと上へと行きたくなってしまうのだ。
じゃあ、もっと高みを目指せばいいのだけれど、それはそれでしんどい。
いつまで頑張りつづけても、決して満足しない。そんな自分の悲しい性に、里美は辟易としていたのだ。
そんな、ある時のことだった。
「ねぇ、占星術興味ない？」
ちょっと年上のお姉さん経営者が、そんなことを聞いてきたのだ。
「占い…ですか？」
「そう、占い」
「占いとかはちょっと…」
最初は拒否反応を示していた里美だったのだが、その先輩経営者の話を聞けば聞くほど、興味をそそられた。
紹介制だというその占星術の先生のところへは、大物政治家や大企業の社長などそうそうたる面々が相談しにくるとか。
しかも、大きな判断を下す局面において。
「それ、本当ですか？」
「本当よ。だって、地位が上になればなるほど、相談相手っていなくなるものでしょ。内容が内容だから、話す相手も選ぶし、真っ当な回答を返してくれる人も少ない」
たしかに、そうなのかもしれないと思った。
そんな、もはや日本を動かすような決定権を持つといっても過言じゃない占星術師に占ってもらえるのなら、この負のループから抜け出せるかもしれない。
里美は、そこに一筋の光を感じてしまったのだ。
「紹介してください！！」
「おっけー、ちょっと高いけど、いいよね？」
「いくらでも！！」
それから、里美は占星術にのめりこんでいってしまった。
◆
《もしもし？里美？お前、会社にもずっと行ってないんだってな？従業員から俺んとこ連絡あったぞ…。家行ってもいないし、これ聞いたら折り返し頂戴》
《もしもし、社長ですか？ちょっと対応してほしいことが溜まってまして…。とりあえず、さっきメールした件だけはすぐに対応してほしくて…》
里美のスマホには、無限に着信が溜まっていく。
けれど、それに里美が気づくことはない。
「里美さん、ゆ〜っくり深呼吸して〜。そう、そんな感じ。都会で吸った汚れを、ここで全部吐き捨てましょう」
里美は、占星術師と名乗る女性と2人、山小屋にいた。
ここが何県なのか、どこなのか、よくわからない。
「先生、私、これで本当に幸せになれますか？」
「もちろんよ、大丈夫。あなたが幸せになれるように、私が善処してあげるから。…ただし、もっと幸せになりたいのなら、もう少しお金が必要になるけど…、大丈夫かしら？」
「はい、大丈夫です！！」
「そう、ならよかった。あなたは、私がちゃんと幸せにしてあげる」
それを聞いた里美は安堵するような表情で、また深呼吸するのだった。
里美は、先輩経営者から占星術師を紹介してもらったあと、すがるように彼女のもとへと足しげく通った。
「私、幸せになりたいだけなんです…。でも、でも、なぜだかもっと…、もっとって上を目指したくなっちゃって…」
彼女に話をすると、なぜだか涙がとまらなかった。それが何の涙なのか、自分でもわからなかった。
大物政治家とやらが、彼女のもとへと殺到するのに合点がいった。彼女なら何とかしてくれる、そんな確信めいたものを感じてしまったのだ。
里美は、幸せになりたいという切実な願いを、1人の得体の知れない女性に託してしまった。
そして気がつけば、彼女に言われるがままに、財産のほとんどを彼女に渡してしまっていた。
「吸って〜、吐いて〜」
山奥で、女と2人、里美は深呼吸をし続ける。
数ヶ月前までは誰からも羨まれていた経営者が、スピリチュアルモンスターと化してしまうなんて…。
誰が想像しただろう。
▶前回：駅で見かけたタイプの男性に、声をかけるため…。男の働くビルに入ろうとした女の末路
▶1話目はこちら：15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
▶Next：11月8日 火曜更新予定
どうしても結婚したい女はつい…
