ビヨンセ(Beyoncé)6年ぶり、7作目のアルバム『RENAISSANCE|ルネッサンス』が遂に解禁。7月29日(金)からストリーミングがスタート。さっそく聴いてみた。

6月に先行リリースされたシングル「BREAK MY SOUL」を耳にして、「あれ? ここ数年のビヨンセとかなり違ってる」と感じた人は多いだろう。クラシックな4つ打ちハウスビートに乗せて、「怒りも、心も、仕事も解放……全部忘れちゃえ!」というメッセージが歌われていて、開放感がハンパないのだ。どうやらニューアルバムは、ミラーボールが煌めくダンスフロア向けの作品になりそう、と予想していたら、実際のところ、その予想はまったく的外れではなかったのだけれど、聴き進んでいくうちに、意外なテーマというのも見えてくる。豪華ゲストやスタッフを紹介しつつ、各曲を順に追ってまいりましょう。

1. IM THAT GIRL|アイム・ザット・ガール

アンダーグラウンドMCのプリンセス・ロコが呪文のように繰り返すラップのサンプリングをバックに、夢と現実が交差するかのようなオープニング曲。ビヨンセの「Single Ladies (Put A Ring On It)」をはじめ数々のヒット曲を手掛けてきたザ・ドリームや、近作の常連マイク・ディーンらが参加。この2人は本作の他の曲でも、あちこちで顔を出す。”un-American”という意味深ワードが繰り返される歌詞には、本作全体のステートメント的な意味合いも込められているようだ。

2. COZY|コージー

ノンストップで続く2曲目は、ここからが本番とばかりに、ダンスフロアが出現する。ディープなアンダーグラウンド・ハウスが打ち鳴らされ、小気味良いリズムに体が動き始める。まるで1980〜90年代のゲイクラブに迷い込んだかのようで、ゲイダンサーたちがボールダンスやヴォーギングしている様子が脳裏に浮かぶ。共作・プロデューサー陣の中にはクィアな黒人DJ、ハニー・ディジョンの名も。そう、冒頭にも書いた意外なテーマとは、このこと。LGBTQテイストが満載なのだ。ビヨンセの歌もクイーン度全開。ハウス界隈からはグリーン・ヴェルヴェットやルーク・ソロモンも参加。

3. ALIEN SUPERSTAR|エイリアン・スーパースター

前曲からそのまま流れる形で、Danube Danceのゲイアンセム「Unique」のフレーズがフィーチャーされ、ハ二ー・ディジョンやルーク・ソロモンも引き続き参加。ライト・セッド・フレッドの大ヒット曲「Im Too Sexy」も引用される。楽曲クレジットには、夫ジェイ・Z、ラッキー・デイ、ラビリンスといったアーティストの名も。「あなたはユニークな存在よ」と励ましの言葉を送るビヨンセ。優しいタッチからビッチ系まで歌唱スタイルを七変化させて、遊び心も満載だ。

4. CUFF IT|カフ・イット

一転して軽快なディスコファンクの桃源郷へと。共作・プロデュースを担当するのは、ビヨンセ作品ではすっかりお馴染みのノヴァウェーヴ。ナイル・ロジャースがギターを弾き、シーラ・Eがパーカッションを叩き、ラファエル・サディーク、ザ・ドリーム、ラッパーのビームもジャムセッションに参加。ビヨンセの歌声も、ひと際伸びやかで陽気だ。フージーズも引用したティーナ・マリー「Ooo La La La」のフックなども登場する。ダフト・パンク「Get Lucky」の続編を思わせる華やかなファンクチューンは、シングルカットされれば大ヒットが狙えそう。

5. ENERGY feat. BEAM|エナジー feat. ビーム

バウンス界の人気LGBTQラッパー、ビッグ・フリーディアが”Energy”と繰り返し、彼女の「Explode」のサンプリングをフィーチャー。スクリレックスやビームがプロデュースで参加する。かねてから噂になっていたファレル・ウィリアムスの参加は、サンプリングの元ネタという形でのみ。ファレル&チャド・ヒューゴがザ・ネプチューンズとしてプロデュースしたケリスの「Milkshake」が、サンプリングされて使われている。

6. BREAK MY SOUL|ブレイク・マイ・ソウル

既にご存じのようにビッグ・フリーディア、ザ・ドリーム、トリッキー・スチュワートらが参加したリードシングル。こうしてアルバム中で改めて聴くと、本作のエッセンスがギッシリ集約された一曲というのがよく分かる。ロビン・S「Show Me Love」の引用については、もはや説明するまでもないだろう。

7. CHURCH GIRL|チャーチ・ガール

ザ・ドリームとNo I.D.がプロデュースに参加。ジェームス・ブラウンがペンを執り、プロデュースも手掛けたリン・コリンズの「Think About It」も引用されている。その他、DJ Jimiによる「Where They At」なども使われている。バウンシーなゴスペル調R&Bという、本作の中ではかなり異色のスタイルと言えそう。

8. PLASTIC OFF THE SOFA|プラスティック・オフ・ザ・ソファ

微風のように歌われる、爽やかなソウルチューン。シンガーのシドやサブリナ・クラウディオらが共作で参加。前者がプロデュース、後者がバックヴォーカルも担当する。アルバム『4』の頃を彷彿とさせるリラックスしたムードに包まれ、生楽器の音色が瑞々しい。

9. VIRGOS GROOVE|ヴァーゴーズ・グルーヴ

本作中、最長の6分以上に及ぶ、ファンキーなR&Bナンバー。乙女座のビヨンセが恋人をじっくり、たっぷり誘惑するという内容。シンガーのレヴィン・カリが曲作りとプロデュースで参加。こんなに自由に伸び伸びと歌うビヨンセは久々という気も。後半は、ほとんどフリースタイルのように舞い上がる。

10. MOVE feat. Grace Jones and Tems|ムーヴ feat. グレイス・ジョーンズ, Tems

クラブシーンの女王グレイス・ジョーンズが、まさかのクイーン・Bとコラボ。いや、クイーン対決と呼ぶべきか。ジャマイカ系のグレイスに加えて、ナイジェリア人シンガーのテムズ(Tems)がゲスト参加し、ナイジェリア系のP2Jがプロデュースを担当。野生的でプリミティブなビートが下半身を揺り動かす。

11. HEATED|ヒーティッド

ドレイクが曲作りに参加していると話題のハウスチューン。セヴン・トーマス、Boi-1da、ジャハーン・スウィートといったドレイクに近しいスタッフも多数関与。ドレイクは6月にリリースされた最新アルバム『Honestly, Neverrmind』で突然ハウスに振り切って驚かせたが、蓋を開ければビヨンセも同じ方向を向いていたとは。ゲイクラブで掛かれば、すぐさまクイーンたちが扇子を振り回して踊りそう。後半の歌詞に出てくるジョニー叔父さんも、どうやらゲイのよう。因みに夫ジェイ・Zの母親も数年前にレズビアンだとカミングアウトしている。LGBTQの人々は身近なところにも存在するのだ。

12. THIQUE|シック

控えめなボーカルながら「ぶっとく、厚く」を提唱する。豊満ボディはもちろん、稼ぎや人生も豊満じゃなきゃ、というわけだ。セクシーでトリッピーなハウストラックは、ヒット・ボーイがプロデュース。

13. ALL UP IN YOUR MIND|オール・アップ・イン・ユア・マインド

Bahことジャバー・スティーヴンスが共作とプロデュースで参加した、マシーナリーなトラップ。ビヨンセのオルターエゴのサーシャ・フィアース、ヨンセの面影がチラッと見えた気も。ジャスティン・ビーバーやレディー・ガガを手掛けるブラッドポップ、チャーリーXCXの盟友A.G.クックが参加。

14. AMERICA HAS A PROBLEM|アメリカ・ハズ・ア・プロブレム

夫ジェイ・Zが曲作りで参加し、ザ・ドリームがプロデュースを担当。ドラッグと愛を天秤に掛けながら歌われていて、歌詞の中には麻薬王トニー・モンタナの名も登場する。彼を主人公にした映画『スカーフェイス』(1983年)で音楽を担当したのは、ラスト曲にもクレジットされているジョルジオ・モロダー。レトロなシンセが、彼へのオマージュのように思えるのは、気のせいだろうか。

15. PURE/HONEY|ピュア/ハニー

ブラッドポップ、ノヴァウェーヴ、ラフェエル・サディーク参加のアンダーグラウンド・ハウス。2部構成で、様々な要素を鏤めながらディープにセクシーに展開。Moi Renee「Miss Honey」から、ケヴィン・アヴィアンス「Cunty」まで、ゲイクラブの鉄板アンセムのサンプリングが登場する。

16. SUMMER RENAISSANCE|サマー・ルネッサンス

おそらくディスコの女王ドナ・サマーに敬意を表して付けられた曲名でもあるはず。ドナとジョルジオ・モロダーの名コンビによる多数のヒットの中でも、ここで引用されている「I Feel Love」は、特にゲイクラブで愛されてきたナンバーだ。数え切れないほど多くのリミックスが作られているが、エレクトロサウンドの恍惚感や浮遊感だけに頼らないこのアレンジは、とても新鮮だ。ノヴァウェーヴ、マイク・ディーンがプロデュースを担当。ラストに相応しい大団円でアルバムは幕を閉じる。

以上、全16曲を駆け足で解説させてもらったが、ビヨンセは「このアルバムを聴いて、楽しんで、とにかくみんなに体を動かしてほしいの」と語っている。LGBTQコミュニティの人々が抑圧されながらも、アンダーグラウンドのゲイクラブで発散してきたように、コロナ禍で我慢を強いられてきた我々も、再び生きる喜びを満喫しようではないかと。つまり、(全3部作の第一幕となる)このアルバムはコロナ禍からの”ルネッサンス”=再生/復興であり、新たな出発点なのだ。ステージからパフォーマンス、インスタまで常に完璧主義の彼女が「完璧主義から開放されましょう」と提言しているのには驚いたが、アルバム全編には、いつになく伸びやかで開放的な歌声が溢れている。

(文:村上ひさし)


ビヨンセ
『RENAISSANCE|ルネッサンス』
2022年7月29日(金)世界配信・輸入盤発売 *国内盤追って詳細発表予定
アルバム音源再生リンク:https://smji.lnk.to/BeyonceRenaissance

【収録曲】
1.I`M THAT GIRL|アイム・ザット・ガール
2.COZY|コージー
3.ALIEN SUPERSTAR|エイリアン・スーパースター
4.CUFF IT|カフ・イット
5.ENERGY feat. Beam|エナジー feat. ビーム
6.BREAK MY SOUL|ブレイク・マイ・ソウル
7.CHURCH GIRL|チャーチ・ガール
8.PLASTIC OFF THE SOFA|プラスティック・オフ・ザ・ソファ
9.VIGRO`S GROOVE|ヴァーゴーズ・グルーヴ
10.MOVE feat. Grace Jones, Tems|ムーヴ feat. グレイス・ジョーンズ,Tems
11.HEATED|ヒーティッド
12.THIQUE|シック
13.ALL UP IN YOUR MIND|オール・アップ・イン・ユア・マインド
14.AMERICA HAS A PROBLEM|アメリカ・ハズ・ア・プロブレム
15.PURE/HONEY|ピュア/ハニー
16.SUMMER RENAISSANCE|サマー・ルネッサンス